日本には「知のコロシアム」がある。その名はHyper-Editing Platform[AIDA]。ここは、松岡正剛座長と多士済々の異才たちとともに思索を深め、来たるべき編集的世界像を構想していく場だ。2022年10月に3シーズン目を迎えた[AIDA]では「日本語としるしのあいだ」をテーマにかかげ、全6回のライブセッションが開催された。リアル講義の模様は「月刊あいだ」というタブロイドに再編集されて評判を呼んだ。遊刊エディストでは、「月刊あいだ」に掲載されたボードメンバーへの独占インタビューを特別公開していく。(全6回、毎月第一金曜日更新予定)
言葉は文字だけではない。文字偏重のインターネット社会は、いまは「声」を持とうとしている。ルビや縦書きなど、特殊なルールをもつ日本語が、今後グローバル空間のなかで果たすべき役割とは何か。AIDA season3 第1講の終了後、AIDAボードメンバーにしてデジタル庁顧問の村井純氏にインタビューを行った。
聞き手:吉村堅樹
村井純
1955年、東京都生まれ。工学博士(慶應義塾大学・1987年取得)。84年、東京工業大学と慶應義塾大学、東京大学を接続する日本初のネットワーク間接続「JUNET」を設立。日本で初めてネットワークを接続し、インターネットの技術基盤を作った。88年、インターネット研究コンソーシアムWIDEプロジェクトを立ち上げ、日本におけるインターネットの普及の先頭を走ってきた。その後もネットワーク上で日本語をはじめとする多言語を使えるようにするなど、日本での運用・普及に貢献してきたことから「日本のインターネットの父」と呼ばれる。2011年、日本人初の「IEEE Internet Award」を受賞。13年、インターネット協会(ISOC)が「インターネットの殿堂(パイオニア部門)」に選出。2019年フランスの「レジオン・ドヌール勲章」受章。
――前期は「メディアと市場のあいだ」というテーマを掲げていましたが、今期のテーマ「日本語としるしのあいだ」はどのように受け取られましたか。
村井 マーケティングの考え方でいえば「人類の何%が話しているから、この言語には価値がある」と判断するのかもしれませんが、ぼくらはすべての言語がインターネットで使えるべきだと考えてきました。
「しるし」というところからお話すると、いまでは言葉を文字としてコンピューターディスプレイに表現するのはうまく行きました。しかし、音声としてこれを読み上げる仕組みはまだ途上なんですね。世界的な機運としては、イントネーションは発声、発話者の位置情報なども含め、言葉をいかにして自然に表現していくかを追求するほうへ向かっています。いまとてもおもしろい時期に来ていますよ。
――どんなフォントを使うかということにこだわっていた「文字の文化」に加え、いまや「声の文化」が発展しようとしているんですね。
村井 障害のある人のアクセシビリティを確保するためにも、インターネットの文字情報の読み上げは大事になっています。すでに電子出版の取次・メディアドゥは、日本語用の電子書籍の読み上げシステムを図書館に配布して、「電子図書館」システムを作っています。
――自動翻訳やAIスピーカーなど自動音声はいまや身近ですが、まだロボットっぽい不自然さが残っています。その開発はこれからどう進むんでしょうか。
村井 じきに、かなり精巧な音読ができるうようになると思いますよ。文字を音声にするときには、さまざまなメタデータが必要になるんですね。その素材としては映画が有効だと考えられています。映画の台本に、俳優がさまざまな表現を付加しているわけですよね。そのデータを使えば、かなり自然な発話ができることが期待されます。
このように映画って、かなり技術の発展が見込まれる分野なんです。というのも、映画って作って終わりではなくて、映画館や家庭で再生する装置が必要なんですね。だからコモディティ化が進むんです。
――映画ではドルビーアトモスなどの音の三次元表現なども可能になっていますね。
村井 まさにそうで、すでに音声で三次元空間を表現できるようになっているんですこのAIDAだって、そのような技術を使って録音すれば、いくつかのスピーカーによって、誰がどこに座って発言したかということまで音声で再現できるようになります。
この技術はすでにオーケストラでは使われていまして、そうすると「オーボエの音だけを聞く」とか「この劇場の2階席の1番前に座ったときの音を体験する」という再現が可能になるんです。このような技術は教育にはとくに効果的に使えるでしょうね。
――エンタメといえばメタバースにも村井さんは注目しておられましたが、その理由は。
村井 商業ベースにのると、技術は発展するんですよ。ゲームがなければAIはこれほど発展しなかったでしょう。たとえばスマホも、ものすごく高性能のカメラやGPS機能、スピーカーも一気に普及しました。コモディティ化が進むと、新たな発明が生まれやすいんです。実社会のなかでたとえば「ベビーカーが通れる道」などがわかる仕組みを作ろうと思うと、エンタメなどのジャンルから生まれる動向が大事になってきます。
――そのような新たなテクノロジーの発展に日本語はどのように寄与しているのでしょうか。
村井 AIDA第1講当日にも話があったように、縦書きやルビなどは、ほかの言語ではあまり見られないものです。だから、コンピューターで日本語ユーザーである我々がそれに対応した仕組みを作ると、ほかの言語の人たちが助かるんですよ。
日本語をビットマップで表現する場合、ローマ字入力をして漢字変換しますね。つまり入力のときには、まず音に変換する。そして同じ読みをもついくつかの漢字のなかから適当なものを選ぶ。つまり、アルファベットという表音文字で打ち込んで、漢字という表意文字に変える。この方法は日本発。このやり方が他の言語でも使われているんです。
――いまやインターネットが多言語に対応しているのは、村井さんが日本語の重要性を強調したからだと言われていますよね。
村井 よく「村井先生がインターネット上での日本語を守った」と言われるんですが、それは正しくありません。ぼくだけでなく、マーケットもエンジニアもこの日本語を愛している。だからベンダーも開発を進めるんです。
そのいい例がマイクロソフトの「Word」です。これ、じつはメイドイン調布なんですよ。日本人の技術者が開発したんです。95年に調布の研究所やシアトルに移ってしまいますが、技術的には「松」や「一太郎」というワープロソフトを土台にして、各国語のワープロになるようにマイクロソフトが発展させたわけです。
――これから日本語が担うべき役割とはどんなものだと思われますか。
村井 日本はテクノロジーでも最先端ですし、言語に対する誇りもあります。私たちの日本語に対するリスペクトが、コンピューターのユーザーインターフェースを変えています。だから、日本語に対するリスペクトが、これからの未来を切り開くわけです。つまり日本語の特殊性が普遍性になっていくんです。日本語話者である我々がリーダーシップをとるのはあたりまえ。その責任を一人ひとりが持っていることが重要ではないでしょうか。
▲「月刊あいだ」はAIDA座衆に配布された。オモテ面には前回の内容のダイジェストが、ウラ面にはボードインタビューが掲載されている。ボードメンバーの発言を生かした4コマ漫画もあれば、電子版タブロイドには動画も埋め込まれている。メディアをまたぐハイパーな仕上がりが評判を呼んだ。
タブロイドおよびアイキャッチデザイン:穂積晴明
タブロイド撮影:後藤由加里
インタビュー構成:梅澤奈央
「月刊あいだ」編集長:吉村堅樹
シリーズAIDA BOARD INTERVIEW(全6回)
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梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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