目に見えない物の向こうに――仲田恭平のISIS wave #52

2025/05/23(金)08:10
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イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
仲田恭平さんはある日、松岡正剛のYouTube動画を目にする。その偶然からイシス編集学校に入門した仲田さんは、稽古を楽しむにつれ、やがて「編集の拡張性」に気づき……。
学衆が綴るエッセイ「ISIS wave」。52回目は、仲田さんの壮大な野望を紹介します。

 

■■インフラと私を編集する

 

私たちの日常を支える、目に見えないけれど確かな存在があります。お風呂の湯気、コンロの炎、快適な室温を保つエアコン。病院での治療や工場の溶接作業まで。それはガスというインフラです。当たり前すぎて、意識しなければ気づきにくい存在ですが、私の勤める企業はまさにその「当たり前」を担い、地域に根ざした快適な暮らしを提案し、支え続けています。


私が編集工学を学ぶきっかけとなったのは、勤める企業の伝統の積み重ねと、このままではいけない、という危機感の間に生まれた問いからでした。そんな時に、偶然YouTubeで松岡正剛校長の動画に出会い、その言葉に直感的に何かを感じたのです。好奇心に駆られ、『千夜千冊』を読み漁り、イシス編集学校の内容を調べました。そこで私は気づきました。これは正解を求めるものではないのだと。気付きが私の背中を押し、イシス編集学校入門と基本コース[守]の受講を決めました。ネット上で行われる画面越しのお題を介した稽古は、対面を得意としない私には丁度良かった。気がつけば何度も回答を送り、繰り返し挑戦することさえ楽しみに変わり、15週間の[守]の学びに没頭していました。


卒門後、実務はどう変化したのか。その変化はいくつかの思考の転換として現れました。

一つ目は、事業と事業の間に、「他に何ができるか」という思考の仕組みを挟むようになりました。既存の中だけに囚われず、他の可能性を見つけるようにしています。

二つ目は《注意のカーソル》の置き方を変えたことです。自社の利益を中心にしている視線の向きを変え、顧客側からの視線を考えるのです。例えば工具一つ、給湯器一つを提案するにしても、「自社の利益」の《地》を「顧客の満足」に移せば選択肢は変わります。

三つ目は、事業の形を編集稽古《コップは何に使える?》と照らし合わせ、可能性を見出す。用途は限るのも良いのだから広げても良い。例えばガス容器スタンド。置き物で充分、と思いがちな所にいや待てよ、と足を止めて可能性を探ります。それは最早業務をこなすだけではなく、業務そのものを編集していたのです。

▲仲田さんの仕事道具。道具の選び方も「編集可能」だという。


今後は、編集の「型」を事業の一つであるリフォーム計画に組み込みたいと考えています。《ルール・ツール・ロール》を明確に定め、住む人の《地》に立った、円滑かつ美しい「空間の着替え」を実現させたいのです。さらには、企業の在り方も編集し、地域との繋がりをより強固に結びつけていきたい。
ところで、興味深い偶然として、私の勤める企業は『千夜千冊』第1112夜で取り上げられた田中清玄の創業によるものです。この縁にも何か意味があるのではないか、そう考えます。

電力&ガスといったインフラ企業は、自由化の流れで最近は変化が求められています。しかし、安定企業は、成功体験に基づく確立された方法が存在するため、大きな変化を起こすのはとても難しい。でも、編集的に見れば、既存の方法から別の新たな可能性が見えてきます。いままさに仲田さんはその編集的世界観を得、組織や事業を編集する楽しさを感じているのでしょう。ぜひ、「当たり前」から「次の当たり前」をつくっていってください。

文・写真/仲田恭平(54[守]モウソウ縁子さん教室、54[破]サルサかかりっきり教室)
編集/チーム渦(柳瀬浩之、角山祥道)

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg