寝ても覚めても仮説――北岡久乃のISIS wave #53

2025/06/02(月)08:40
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コミュニケーションデザイン&コンサルティングを手がけるenkuu株式会社を2020年に立ち上げた北岡久乃さん。2024年秋、夫婦揃ってイシス編集学校の門を叩いた。北岡さんが編集稽古を経たあとに気づいたこととは?


イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
イシス修了生によるエッセイ「ISIS wave」。今回は、北岡久乃さんの「仮説」をお届けします。

 

■■「好きなことは何?」


「編集」は誰もがしていることだけど、私にとっては「好きなこと」であった。


編集学校の入門コース[守]の卒業式となる感門之盟に参加して、10日ほどたったころ。一緒に[守]を学んだ夫に、柿の種の袋を開けながら「好きなことは何かと聞かれたら、なんて答えるの?」とたずねた。
これまで同じ質問をされたときに、相撲をみる、和菓子を食べるなど、好きなカテゴリーを並べていたが、最近、そう答えることに虚しさや違和感を感じるようになった。山ほどあって全部いえないからだ。夫はどうしているのか気になった。

 

「考えること、になる」
夫は短い空白のあと、そう答えた。
「本を読む、音楽を聴く、美術館にいく、美味しいものを食べる、そういうのはもちろん好きだけど、なんのためかといえば『そこから何かを考える』のが好きだからだと思う。時々質問されることがあるけど……結局、そう答えている」
なるほどと思った。そして私も同じだ、と思った。


[守]には38の稽古があり、回答すべてに師範代からの指南がある。ある時、私の回答に師範代から「仮説を立てて考えている」というコメントがあり、その後も時々登場するようになった。

ふと「私ってそんなに、仮説、考えているのかな」と思い、回想すると、結構な頻度で仮説だしをする自分に気づいてしまった。
電線のカラスをみて「コンビニの前で食べている人のパンを狙ってるな」、駅前のパチンコ屋を覗き込み「在宅勤務者のサードプレイスに加わったかも」、朝に抹茶を一服し「コーヒーより覚醒作用高いのでは」、ハニワ展では「古墳を作っていた土師氏の祖先は相撲の神様か……もしかして古墳のモデルは土俵!?」


商品開発・戦略づくりが仕事なので、仕事の中で考える時間は長いし、仮説をつくる機会も多い。ただそれは、仕事としてやることだと思っていたし、普段の生活で意識したことはなかった。しかし私は、朝から晩までやっていたし、少々度を越しているとも思った。
夫も私も、考えること、仮説をつくることが好きで、日常になっているのだろう。そして考えること、仮説をつくることは「編集」そのものなのだから、夫も私も「編集が、好き」といってもよさそうな気がする。


柿の種は一粒も残ってなかった。「私たち、考えるのが好きだから結婚したのかな」という私の微妙な問いに「そう、かもしれない」と夫は真面目に答えてくれた。
これからは、好きなことも、結婚した理由も、すっきり答えられそうだ。

▲2024年11月、山口情報芸術センターで開催された「Yamaguchi Seasonal 2024 without records」を訪れた久乃さんの夫君、菅原洋平さん(54[守]生成りなのに教室)。美術展でも「考える」。

 

考える自由を自ら機械に明け渡しているかのような昨今、北岡夫妻の宣言が清々しく響きます。考えずにはいられない「葦」であるわれわれに、方法という型を授けたのがISISの女神でした。なかでも3A(アナロジー、アフォーダンス、アブダクション)のひとつ、アブダクション(仮説形成)には例外性や意外性をとりこめる「飛躍力」があります。葦でさえ雁になって飛んで行くのかも? 「考えることが人間の尊厳のすべてなのだ」というブレーズ・パスカルの言葉を思い出しました

文・写真/北岡(菅原)久乃(54[守]サルサしかかり教室、54[破]はばたけ御伽衆教室)
編集/チーム渦(羽根田月香、角山祥道)

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

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コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-06-20

石川淳といえば、同姓同名のマンガ家に、いしかわじゅん、という人がいますが、彼にはちょっとした笑い話があります。
ある時、いしかわ氏の口座に心当たりのない振り込みがあった。しばらくして出版社から連絡が…。
「文学者の石川淳先生の原稿料を、間違えて、いしかわ先生のところに振り込んでしまいました!!」
振り込み返してくれと言われてその通りにしたそうですが、「間違えた先がオレだったからよかったけど、反対だったらどうしてたんだろうね」と笑い話にされてました。(マンガ家いしかわじゅんについては「マンガのスコア」吾妻ひでお回、安彦良和回などをご参照のこと)

ところで石川淳と聞くと、本格的な大文豪といった感じで、なんとなく近寄りがたい気がしませんか。しかし意外に洒脱な文体はリーダビリティが高く、物語の運びもエンタメ心にあふれています。「山桜」は幕切れも鮮やかな幻想譚。「鷹」は愛煙家必読のマジックリアリズム。「前身」は石川淳に意外なギャグセンスがあることを知らしめる抱腹絶倒の爆笑譚。是非ご一読を。

川邊透

2025-06-17

私たちを取り巻く世界、私たちが感じる世界を相対化し、ふんわふわな気持ちにさせてくれるエピソード、楽しく拝聴しました。

虫に因むお話がたくさん出てきましたね。
イモムシが蛹~蝶に変態する瀬戸際の心象とはどういうものなのか、確かに、気になってしようがありません。
チョウや蚊のように、指先で味を感じられるようになったとしたら、私たちのグルメ生活はいったいどんな衣替えをするのでしょう。

虫たちの「カラダセンサー」のあれこれが少しでも気になった方には、ロンドン大学教授(感覚・行動生態学)ラース・チットカ著『ハチは心をもっている』がオススメです。
(カモノハシが圧力場、電場のようなものを感じているというお話がありましたが、)身近なハチたちが、あのコンパクトな体の中に隠し持っている、電場、地場、偏光等々を感じ取るしくみについて、科学的検証の苦労話などにもニンマリしつつ、遠く深く知ることができます。
で、タイトルが示すように、読み進むうちに、ハチにまつわるトンデモ話は感覚ワールド界隈に留まらず、私たちの「心」を相対化し、「意識」を優しく包み込んで無重力宇宙に置き去りにしてしまいます。
ぜひ、めくるめく昆虫沼の一端を覗き見してみてください。

おかわり旬感本
(6)『ハチは心をもっている』ラース・チットカ(著)今西康子(訳)みすず書房 2025

大沼友紀

2025-06-17

●記事の最後にコメントをすることは、尾学かもしれない。
●尻尾を持ったボードゲームコンポーネント(用具)といえば「表か裏か(ヘッズ・アンド・テイルズ:Heads And Tails)」を賭けるコイン投げ。
●自然に落ちている木の葉や実など放って、表裏2面の出方を決める。コイン投げのルーツてあり、サイコロのルーツでもある。
●古代ローマ時代、表がポンペイウス大王の横顔、裏が船のコインを用いていたことから「船か頭か(navia aut caput)」と呼ばれていた。……これ、Heads And Sailsでもいい?
●サイコロと船の関係は日本にもある。江戸時代に海運のお守りとして、造成した船の帆柱の下に船玉――サイコロを納めていた。
●すこしでも顕冥になるよう、尾学まがいのコメント初公開(航海)とまいります。お見知りおきを。
写真引用:
https://en.wikipedia.org/wiki/Coin_flipping#/media/File:Pompey_by_Nasidius.jpg