【工作舎×多読ジム】蟲メガネでじっと見つめた先(高宮光江)

2022/11/22(火)08:24
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多読ジム出版社コラボ企画第二弾は工作舎! お題本はメーテルリンク『ガラス蜘蛛』、福井栄一『蟲虫双紙』、桃山鈴子『わたしはイモムシ』。佐藤裕子、高宮光江、中原洋子、畑本浩伸、佐藤健太郎、浦澤美穂、大沼友紀、小路千広、松井路代が、お題本をキーブックに、三冊の本をつないでエッセイを書く「三冊筋プレス」に挑戦する。優秀賞の賞品『遊1001 相似律』はいったい誰が手にするのか…。

 

SUMMARY


 ぬめぬめ、もぞもぞ、ぞろぞろ。紙魚(しみ)の好物である書物の上で、這いずる蚯蚓(みみず)のごときくずし字。上方文化評論家福井栄一は、軽妙に語りだす。蟲に関わる妖談奇譚。現在の生物学的分類体系では収まらぬ虫篇。蚯蚓の吸物を食べさせられるのか、盲目の姑。
「これ(蟲)もムシって読むんですけど、意味は昆虫限定じゃありません。私が好きなのはそういうムシたちです!」珈琲色の肌をした転校生山口アビゲイル葉奈は科学部に入部してきた。いつも手にするルーペはおばあちゃんの形見。ボウフラ騒ぎから部存続のためにミジンコで挑む。
 「虫の気持ちになったことがありますか」里菜のおばあちゃんは、生命科学者の柳澤桂子。中学生の孫娘へ宛てた手紙で、イノチのはかなさと繋がりに驚嘆する感性で見つめる。思春期は、ちょうど幼虫が美しい蝶に脱皮
する時。蟲メガネを手にして、何を見出す?


 

〇ムシできない虫篇
 何某の嫁は姑を忌み嫌い疎んじるあまり、刻んだ蚯蚓(みみず)を具にして吸い物を作り、盲目の姑に食べさせた。さあ 姑は蟲を喰らうか。
 『蟲虫双紙』は、現在の生物学的分類体系では収まらぬ虫篇の妖談奇譚。
 ぬめぬめと無脚の蛞蝓(なめくじ)が這いずり、ぞろぞろと多脚の百足が蠢く。章立ては脚の数。芋虫は子時代は多脚だが、親に従い六脚の章に潜む。紙魚(しみ)が好きな書物にのたうつ蚯蚓のような崩し字から、上方文化評論家の福井栄一は軽妙な噺の糸を引き出す。蟲嫌いも虫好きも健在だ。

 

〇蟲ガール快哉!セカイを救う
 珈琲色の肌をした転校生山口アビゲイル葉奈が科学部に入部してきた。
 蟲と大きく書かれた文字を、ピッと指さした。「これもムシって読むんですけど、意味は昆虫限定じゃありません。爬虫類とか両生類、甲殻類なんかも含む、小さな生きもののことなんです。クモやザリガニも、カエルもヘビもイモリも、全部含んでいるんです。私が好きなのはそういうムシたちです!」
 中学校理科室に生物班が出来、ヤモリをはじめ虫がどんどん増える。だが、ボウフラ脱走事件で廃部の危機を
迎える。「わたし何度でも立ち直ります。この三十七兆個の細胞 にかけて」。
 葉奈が大事にしているルーペは、おばあちゃんの形見。ルーペを持った手をぐっと突き出し、レンズ越しにじっと見つめた。「葉奈、ちょっと見てわかった気になっちゃダメ、よく見て、よく考えて、本質を追究するんだよ」。
 『セカイを科学せよ!』を書き上げた安田夏菜は、大阪天満宮繁盛亭上方落語創作で入賞するほどの落語好き。安田が子ども時代に言えなかった思いを、葉奈に喋らせた。ああ、すっきりした!

 

〇葉の穴から覗いてみる
「里菜ちゃんへ 今日も元気ですか?あなたは虫の気持ちになったことがありますか?虫が葉っぱを食べているとき、どんな気持ちだったのかな。もし向こう側から葉っぱを食べているうちに、おばあちゃんの部屋の中が葉の穴から見えてきたとしたら、どうでしょう。虫はおばあちゃんを見ていたでしょうか?それとも食べることに夢中で、何も見なかったでしょうか」。
 中学生の孫娘里菜に宛てた手紙を通じて、驚異する感性を伝えるのは、生命科学者の柳澤桂子。
 だが、里菜のおばあちゃん、虫好きと思いきや芋虫嫌い。特に、アゲハ蝶の幼虫がグロデスクで大っ嫌いだ。それでも、やがて変態することを知っている。
「思春期の子供たちは、ちょうど幼虫が美しい蝶に脱皮するときのようなものです」思春期特有のイライラしたり、自意識過剰で揺れ動く気持ちに寄り添う。
 柳澤桂子『すべてのいのちが愛おしい』が出版された当時、実は孫娘は5歳だった。文庫版ではまだ小学4年生。きっと今頃、立派な大人に成長しているだろう。だが、本の中では、永遠に瑞々しい中学生のままだ。

 

〇胡蝶の夢
 荘周は夢を見た。己は蝶と化し百年もの間、百花咲き乱れる園で存分に舞い遊んだ。ほんの片時の微睡だった。『蟲虫双紙』での蟲との戯れも、生命の歴史でもほんの一瞬。この世界、全てが実は夢なのかもしれない。
 嫌いでも好きでも良い。驚嘆する感性を忘れず、蟲のちいさなイノチにファンタジアを重ね、奇蹟のような日々を愛おしみたい。

 

Info


⊕アイキャッチ画像⊕

∈『蟲虫双紙 ちいさなイノチのファンタジア』福井栄一/工作舎
∈『セカイを科学せよ』安田夏菜/講談社
∈『すべてのいのちが愛おしい』柳澤桂子/集英社

 

⊕多読ジムSeason11・夏

∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ
∈スタジオ♀ポート(増岡麻子冊師)


  • 高宮光江

    編集的先達:中村桂子。自転車で古墳を巡り、伝統芸能、茶の湯、総合芸術、苔を愛するライブラリアン。科学と絵本をつなぐ語り手を自認し、イシス歴は10年以上、多読ジムを現在も継続中。良き出会いをもたらすネットワーカーで、文楽の吉田玉男と編集学校の縁も繋いだ。