1月25日は松岡正剛校長の誕生日。校長の思い出話がイシス中で飛び交うなか、世田谷豪徳寺の本楼では42[花]敢談儀が行われた。昨年10月に師範代養成コース花伝所に飛び込んだ「入伝生」が8週間の演習を了えて「放伝生」となり、花伝所の締めくくりとして顔を合わせる場だ。この42[花]には田中優子学長も一学び手として入伝した。
敢談儀のはじまりはいつも花伝所長の田中晶子がマイクを握り、花伝所や放伝生への思いを語る。今回は世阿弥が組み立てた稽古の順序に触れた。学習のプログラムというと易しいものから徐々に難易度を上げることをイメージしがちだが、世阿弥は違った。最初は中くらいの芸の稽古から入って、やがて上位に達し、最後に下位の芸を習得する。これによって「是風が非風を包みこめる」ことを世阿弥は示した。「却来」ともいうこの方法に松岡校長は感銘を受け、花伝所に取り入れたのだ。
実際に中くらいの芸から始めることには思いもよらない困難を伴う。今期の入伝生たちもそれを痛感したはずだ。しかし「難しいからこそみなさんは【型】を身につけていこうと思ったはず」と田中。型によって師範代という「代」になれば「未知のことをイメージし、マネージもできる。放伝で止まらずに師範代となって【まねる、うつす、わたす】というところまで進んでほしい」と放伝生たちを激励した。
半日かけてさまざまな交わし合いをした後、敢談儀のおわりはいつも放伝生全員がマイクを握る。敢談儀を振り返って「心に残ったこと」と「これから」について言葉にする。今回、多くの放伝生たちが印象に残った言葉として取りあげたことのひとつが「他力のデザイン」。もうひとつは「師範代というのは、完璧な自分になることではない。」という話だった。
「他力のデザイン」は人気ポッドキャスト・おっかけ千夜千冊、略して「おつ千」の敢談儀スペシャルLIVEで語られた言葉だ。おつ千では千冊小僧としてお馴染みのデザイナー穂積晴明が松岡校長から手渡された言葉で、「他者の力があってこそ完結する、菩薩的なものが大事」なのだという話に多くの放伝生が頷いていた。
もうひとつの言葉は、ようそこ先輩(ようこそではない)というコーナーにゲスト登壇した得原藍師範が語ったもの。放伝生にとってすこし先をゆく先達師範代や師範が編集道を語るこのコーナーで、得原師範は自身の経験を振り返り、師範代をやってみて気づいたことに触れた。「師範代というのは、完璧な自分になることではない。師範代の奥には師範や番匠や学匠がいて、不足を埋めてなお余りあるようになっている。それも校長が作った仕組み。」自分に師範代が務まるのかと不安を感じる放伝生たちを大いに勇気づけた言葉だった。敢談儀で交わされた数々の言葉を思い返しながら、放伝生たちの振り返りは続く。放伝生の半数ほどが話し終えたあと、次にマイクが回ったのが田中優子学長だ。イシス編集学校のあらゆる講座を受講してきた優子学長にとって唯一残っていたのが花伝所だった。教員として長年現場で教えてきたプロとしては、教える人を育てる花伝所のプログラムはそれほど難しいものではないと思っていたらしい。しかし実際に花伝所へ入ってみると、自分のやり方は”添削”で、イシス編集学校の師範代が行う”指南”はそれとはまるで違う方法だと気づかされたという。花伝所の指導陣から厳しい指導を受け、松岡校長が仕組んだ師範代というロールの凄みを身をもって感じた優子学長。ただ、自身の過密なスケジュールを考えると師範代登板は難しそうだった。
ところが優子学長は最後にこう言った。「わたし、迷っています。師範代をいまこのタイミングでやるのは難しいと思っていた。松岡校長が亡くなったいま私の役目だと思うことが他にあって、それとの両立は厳しいと思った。でも今日みなさんの話を聞いていたら、師範代をやるというのもなんだか面白そうだなあと…」
学長のまさかの発言に歓声が上がり、拍手が湧き起こった。優子学長が花伝所の同期ということだけでもまたとない経験だが、もし師範代同期になったら…。他の放伝生たちも嬉しそうだ。ひょっとしたら5月に開講する55[守]は歴史的な期になるのではないか。予想外の展開に、誕生日の松岡校長も微笑んでいるかもしれない。
本楼の外へ出ると、お隣のお庭に膨らんだ蕾。あとは咲くのを待つだけだ。
福井千裕
編集的先達:石牟礼道子。遠投クラス一で女子にも告白されたボーイッシュな少女は、ハーレーに跨り野鍛冶に熱中する一途で涙もろくアツい師範代に成長した。日夜、泥にまみれながら未就学児の発達支援とオーガニックカフェ調理のダブルワークと子育てに奔走中。モットーは、仕事ではなくて志事をする。
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