【ISIS BOOK REVIEW】ノーベル生理学医学賞『ネアンデルタール人は私たちと交配した』書評〜おしゃべり病理医の場合

2022/10/25(火)08:43
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評者: 小倉加奈子
おしゃべり病理医、イシス編集学校 世界読書奥義伝[離] 析匠

 

■人類学者がノーベル生理学医学賞?

 

 2022年のノーベル生理学医学賞には、スバンテ・ペーボ博士が輝いた。受賞理由は、「絶滅したヒトのゲノムと人類の進化に関する発見」である。これだけだと、ペーボ博士の功績があまり伝わってこないのだが、「古代ゲノム学」という学問領域を確立したということがすごい。そう考えると、松岡校長も、「編集工学」という新しい学問領域を確立したということでもっと評価されていいと思う。と、いきなり話が脱線してしまったが、なんといっても人類学の領域から、ノーベル生理学医学賞を受賞する研究者が登場したことがとっても画期的なのである。

 

 2012年に山中伸弥先生がiPS細胞の生成方法の確立で、2018年には本庶佑先生が、新しいがん治療につながるPD-1遺伝子の同定が理由で同賞を受賞しているが、このふたりの受賞理由はいずれも非常に医学的かつ実用的である。様々な疾患の治療に応用できる研究であるという点が特に評価されている。でも、今回のペーボ先生の受賞理由は、ちょっと異なる。ペーボ先生の受賞は、人類学という学問そのもののアプローチの仕方、つまり「方法」を変えたことに大きな理由があるのだ。ひとつの画期的研究ではなく、ペーボ先生の30年以上にわたるこれまでの研究者としての歩みそのものが評価されたといってもいいかもしれない。ノーベル賞の審査員もやるじゃないかと思ってしまう。方法を学ぶイシス編集学校のメンバーとしては、ペーボ先生のすごいところを方法的に理解し、もっと喜んで話題にすべきなんじゃないかと思う。

山中先生と本庶先生の本。『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』講談社+α文庫&『がん免疫療法とは何か』岩波新書。

山中先生が整形外科医時代「ジャマナカ」と呼ばれていたというエピソードは有名に。「本庶先生はとても厳しかった。弟子は全員1日も早く辞めたいと思っていました」と、にやにやしながら話していたのは、本庶先生のお弟子さんだった大阪大学名誉教授の仲野徹先生。

 

 というわけで、ペーボ先生のご著書『ネアンデルタール人は私たちと交配した』を参考に、どうすごいかについてお話したい。ちなみに本書は、ちょっとタイトルで損をしているように思うのだが(だって、あまりに直接的、そのまんまという感じのタイトルだと思いませんか?)、目次が秀逸で、23の章タイトルとヘッドラインからも、ペーボ先生の波乱万丈クロニクルが垣間見える。私生児だったというやや複雑な生育環境(密かに二つの家庭を持っていたお父様も実はノーベル賞を受賞している)、男性の恋人がいたがその後、魅力的な女性研究者を友人から奪った略奪婚の経緯、研究のために世界各国を渡り歩く精力的な研究者である一方で、禅に関心を持つナチュラリスト。ベーポ先生は自身の自伝的な内容の本書を、2013年、広島の西光禅寺に数か月滞在している間にまとめたという。

 

■ミイラのDNAからすべてがはじまる

 

 ペーボ先生は、実はドクターでもある。父親もドクターで著明な生化学者であり、前述のようにプロスタグランジンを発見した功績により1982年にノーベル賞を受賞している。プロスタグランジンとは、人間の体内で非常に重要な働きを持つ不飽和脂肪酸で、これを知らない医者はもぐりだろうというほど、臨床でも治療薬として活用する機会も多い。複雑な出自だったとはいえ、父親の研究的な素養を遺伝子レベルで引き継いだように思われる。


 母国スウェーデン大学のウプサラ大学医学部を卒業後、臨床医をしていた時期もあったし、山中先生や本庶先生のように、免疫を研究して遺伝子をいじっていた時期もある。しかし、幼いときに、エジプトのミイラを見て古代の物語に想いを馳せた時の感動や興奮が忘れられずにいたペーボ先生は、「ミイラからDNAを抽出することは可能なのだろうか?」と、ある日こっそりスーパーで子牛のレバーを買ってくる。そして、研究室のオーブンで数日かけてかりかりに焼き、“ミイラもどき”の子牛をこしらえて、そこからDNAの抽出に成功する。


 その経験からすべてがはじまったとペーボ先生はいう。エジプト学を分子生物学で追究する道を選択したのである。あまり接点のなかった分野同士を重ねてみる試みをスタートしたのである。まさに編集学校の名物お題、“ミメロギア”っぽい。

 

 ペーボ先生がこの試みに挑戦しはじめたのは1980年代で、当時、革命的な遺伝子解析法として登場したのが、PCR法であった。コロナ禍で誰もが知るようになったあのPCRである。PCR法とはキャリー・マリスが発明した、連鎖的にDNAを増幅する拡散合成法である。どんなに微量なDNAであっても、そこに結合するプライマーがあれば、DNAポリメラーゼを使ってDNAを複製して、可視化することができる。DNAが二重鎖であり、熱をかけるとその鎖がほどける性質を利用した実に鮮やかな手法なのである。マリスが、恋人とドライブ中にこの手法を思いついたというエピソードは有名である。マリスは、1993年にノーベル賞を受賞した。

マリス博士の人生が気になった方はこちら。『マリス博士の奇想天外な人生』ハヤカワ文庫

 

 ワトソンとクリックがDNAの二重螺旋構造を証明したのが1953年であるが、そこから約30年後にPCR法が確立してから、遺伝子解析技術は飛躍的に進歩する。PCR法が普及していく水面下で発明されたのが、次世代シーケンサーだった。
 次世代シーケンサーは遺伝子の配列の最小構成単位である塩基の一つ一つを読み取る解析機械のことである。塩基には,アデニン,チミン,グアニン,シトシンの4種類があり,その3つの組み合わせによって特定のアミノ酸が構成される仕組みになっていて、体のあらゆる成分を生成するための暗号になっている。変異によって、この塩基がひとつでもなくなってしまったり、違う塩基に置き換わってしまったりすると全く異なるアミノ酸がコーディングされることになり、それががんの要因にもなれば、長い目で見ると環境に対応する進化の過程として見られることにもなる。

 

セントラルドグマとは、遺伝情報は「DNA→(転写)→mRNA→(翻訳)→タンパク質」の順に伝達される、という、分子生物学の概念。この動画は、そのプロセスがとてもよくわかる。

 

 

 このシーケンサーを使ってヒトゲノムを全て解読するプロジェクトが1991年に開始され、2003年にはついにその計画が完了する。その2年後の2005年には次世代シーケンサーが発売となり、PCR法のように急速に普及していった。現在では、がんのゲノム解析で臨床的にも次世代シーケンサーが活用されるようになり、それぞれの患者さんのがんの特性によって治療薬も選択されるようになっている。


■人類学と分子生物学と医学と

 

 この目覚ましい遺伝子解析技術の進歩と医学における分子生物学という学問領域の重要性が大きくなっていく最中、ペーボ先生は研究者としてのキャリアを積んでいった。ペーボ先生は、PCR法から次世代シーケンサーへと最新の分子生物学の手法を人類学のフィールドにどんどん取り込み、次第に、分子生物学の学問自体もリードしながら人類学と分子生物学と医学を重ねていくような取り組みをしていくのである。ペーボ先生の研究の流れを追えば、分子生物学の進歩のプロセスが見えるじゃないか。『ネアンデルタール人~』を読んでいちばん驚いたのがそこだった。ペーボ先生、すごすぎる。

 

 人類学における分子生物学応用の難しさは、なんと言っても遺伝子の量と質に起因する。ネアンデルタール人のDNAを獲得するための苦労はすさまじいものがあり、閉鎖的な雰囲気のある博物館員を説得し、上層部に働きかけないと、貴重なネアンデルタール人の遺骨の一部を研究用として分けてもらうのさえ困難である。また、無事サンプルをゲットできたとしても、3万~4万年前に絶滅したネアンデルタール人の骨に含まれるDNAは、微生物や宇宙から降り注ぐ紫外線などの影響により大きなダメージを受け、散り散り、ばらばらとなっているし、その骨を採掘する際に、現代人のDNAによってかなり汚染されている。特にPCR法を活用していた時代は、その抽出したDNAが本当にネアンデルタール人のものなのか、それを抽出した研究者自身のものなのかさえわからない。PCR法は、感度が高いため、わずかなDNAの断片も鋭敏に反応して増幅することが可能である分、汚染物質を増幅して検出することも少なくない。当時、ペーボ先生が細心の注意を払いながら抽出したDNAが汚染によるものではないことを証明している間に、恐竜のDNA抽出に成功した!というようないかがわしい研究が次々と発表し、世間の脚光を浴びていた時期もあった。ペーボ先生はそういった派手な研究が発表されるたびに、その手法の杜撰さを指摘する追加研究を行っていた時期もあるのだが、次第に、自身が追い求めるべき研究に集中していく。

 

 ペーボ先生が多大な研究費を獲得して自分の研究者としての人生を懸けて取り組んだ次世代シーケンサーによる遺伝子解析は、PCR法に比べて厳密さが格段に増した一方で、わずかなDNA量から再現可能な検査結果を得ることが難しかった。でも、厳しい条件下での次世代シーケンサー開発者との試行錯誤の中で、シーケンサー自体も洗練されることになっていった。ペーボ先生の分子生物学の進歩における功績は、人類学に対してのものと同じくらい大きいのである。

 

 ペーボ先生は、自身の研究が差別や優生学的な問題につながる危険があることも重々承知していた。ネアンデルタール人という言葉自体のイメージもネガティブなものが多かったため、人種によってネアンデルタール人のDNAを受け継ぐ比率が異なってくる研究結果が出れば、それによって勝手な解釈が生まれることもあるだろうと予測していた。実際に強烈な反論にもさらされた。特に分子生物学に頼らない人類学者の重鎮ほど、ペーボ先生の取り組みにアレルギー反応を示すひとも少なくなかったようである。


■たくさんのペーボ先生

 

 様々な逆風にも負けずに、地道に研究を積み上げてきたペーボ先生に、私はイシス編集学校でおなじみの「たくさんの私」という言葉をささげたい。

 

 編集学校では、ありとあらゆるものを「情報」として捉え、それをインプットしてアウトプットしていく思考のプロセスをトレースする稽古を繰り返す。自分の思考のクセを確認しながら、情報編集の方法を学んでいく。見慣れた情報であっても、ちょっと見方を変えれば異なる側面に光が当たるし、一見異なる情報同士の類似性に気づくことができれば、それらの情報を組み合わせた新しい情報の扱い方を獲得できる。

 

 自分自身も情報として捉えるとまさに「たくさんのわたし」が見えてくる。ペーボ先生のようなサイエンス的な側面で自分自身の身体について考えるとなおさらそう思えてくる。私たちの遺伝子には先祖がどんな環境の中、どんな人や病原体と出会ってきたか、その痕跡が刻まれている。私たちの遺伝子の多くはレトロウイルス由来であることもわかっている。ペーボ先生が研究を始めた当初に注目したミトコンドリアは、母系の遺伝情報のみを受け継ぐ特殊な細胞内小器官で、もともとは別の生物として古代に生きていたものが共生した結果である。私たちが哺乳類として進化してきたのは、ウイルスから受けた遺伝子によって胎盤を形成することができたことが大きい。

 

 情報はひとりではいられない。私たち人間もひとりではいられない。わざわざ福岡伸一が「動的平衡」と言わずとも私たちは、絶えず、揺動する情報体である。つねに偶然を必然化していく中で変化していき、他者とのインタースコア、相互編集の痕跡は私たちの身体と心、そして遺伝子に刻まれていくだろう。

 

 ペーボ先生のこれまでの歩みを見ていると、ペーボ先生率いる研究チームがまるでひとつの生命体のようなエネルギーを発しているように見える。ペーボ先生のまわりにはいつも人類学の研究に情熱を燃やした素晴らしい研究者たちが集まり、ひとつのプロジェクトに向かってそれぞれの役割を担う。ペーボ先生こそが偉大なる「たくさんの私」を体現した研究者ではないかと思う。


著者: スヴァンテ・ペーボ、野中 香方子(翻訳)

出版社: 文藝春秋

ISBN: 978-4-16-390204-3

発売日: 2015/6/27 

単行本: 368ページ

※解説を書かれている更科功さんの『若い読者に贈る美しい生物学講義 感動する生命のはなし』ダイヤモンド社も、バイオ生命の入門書としておススメ。本書の前に読むのも良いかもしれない。


  • 小倉加奈子

    編集的先達:ブライアン・グリーン。病理医で、妻で、二児の母で、天然”じゅんちゃん”の娘、そしてイシス編集学校「析匠」。仕事も生活もイシスもすべて重ねて超加速する編集アスリート。『おしゃべり病理医』シリーズ本の執筆から経産省STEAMライブラリー教材「おしゃべり病理医のMEdit Lab」開発し、順天堂大学内に「MEdit Lab 順天堂大学STEAM教育研究会」http://meditlab.jpを発足。野望は、編集工学パンデミック。