草むらで翅を響かせるマツムシ。東京都日野市にて。
「チン・チロリン」の虫の音は、「当日は私たちのことにも触れてくださいね」との呼びかけにも聴こえるし、「もうすぐ締め切り!」とのアラートにも聞こえてくる。

今回、摺師として登場した方は、御年88歳の現役摺師、松崎啓三郎さんだそうです。西村屋との実力の差をまざまざと見せつけられた歌麿と蔦重。絵の具や紙、摺師の腕でもなく大事なのは「指図」。「絵師と本屋が摺師にきちんと指図を出せるかどうかで仕上がりがまったく変わってしまう」と聞かされ、また実際に「絵の具は少なめに、板にムラ無くしっかり擦り込む」と指図することで、出来上がりに差ができることを目の当たりにします。「絵師と本屋の指図」。ここから絵師・歌麿と本屋・蔦重の修行が始まりそう…と言いたいところですが、出だしは随分と苦難続きの模様。
大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語を生み出そう。そんな心意気の多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」を率いるナビゲーターの筆司(ひつじ、と読みます)の宮前鉄也と相部礼子がめぇめぇと今週のみどころをお届けします。
第二十一回「蝦夷桜上野屁音(えぞのさくらうえののへおと)」
越えるべき山の高さよ
一つの山を登りきると、また向こうに新たな山脈が見える。狂歌という題材を得て、水を得た魚となるかと思いきや、錦絵が売れず、それどころか、あれほど蔦重にたかっていたはずの北尾政寅が、なんとライバルの鶴屋で戯作を書いてそれが評判記の第一等になる。そう、ここでもまた鶴屋という本屋の「指図」があればこそのヒット作の誕生でした。
一方、田沼意次の前にもまた新たな山が。頑固意地悪爺にして、最後は腹を割って話せるようになった松平武元を超えて、一橋治済が真の悪役かと思いきや、その上をいきそうな松前藩主・松前道廣が登場しました。ここから蝦夷地をめぐる暗闘が始まるのでしょうか。おまけに田沼意知には、ちゃっかり花魁の誰袖(たがそで)がスパイをするから身請けしろと迫る。あちらにもこちらにも暗雲たちこめる回のように見えて、それを吹き飛ばしたのがお兄ちゃん・次郎兵衛の「屁」でした。…え?
歌麿を売り出すために蔦重が戯作者や絵師、狂歌師を招いて設けた宴席で、恋川春町が大トラになります。政寅が売れっ子になったのが気に食わない。よむ狂歌、よむ狂歌、どれもそこにいる狂歌師たちの名前を読み込みながら皮肉った歌で、酔いながらよくもここまで、と思わずにいられません。
今日出ん(京伝)と女にもてぬと焦りける 人の褌ちょいと拝借
四方の赤 酔った目利きが品定め 岡目八目囲碁に謝れ
気散じ(喜三二)と 名乗らばまずは根詰めろ 詰めるも散らすも 吉原の閨
京伝=政寅には人の作風をまねるんじゃねぇと言い、その政寅の戯作を一等にした四方赤良(=大田南畝)には酔って評判記書くんじゃねぇと、そして止めに入った朋誠堂喜三二には女遊びばかりしてるんじゃねえぞ、と、まぁ、こういうことでしょう。
とはいえ、大暴れというのはいかがなものか。その怒りが頂点に達したところで、次郎兵衛さんのお尻から何やら異な音。それをきっかけに「屁」尽くしの狂歌で踊り狂う人々。さっきまでの真剣なやりとりは何だったのだろうか、と、これじゃ、春町先生が筆を折りたくなるのもわからないでもありません。
人をつなぐ場をつくることが仕事の本屋としての蔦重のほろ苦い出発とあいなりました。
いろあわせ
指図という言葉の大切さを目で見せてくれた摺師に注目してみると、梶よう子の摺師安次郎人情噺のシリーズを読み返したくなります。べらぼうの時代からは少し後、天保の改革のまっただなかの江戸で摺師を営む安次郎は、妻を産褥で亡くし、生まれたばかりの信太を妻の実家に引き取ってもらい、ひとり暮らし。おまんまの食いっぱぐれがないと言われるほどの見事な仕事っぷりから「おまんまの安」と呼ばれる安次郎には、長屋の人々や、職場の摺長の長五郎親分、行きつけの赤提灯の女主人・利久など、柔らかく包み込む仲間がいます。そしてなんといってもおっちょこちょいながら安次郎の一番弟子を名乗る直助が、さまざまな事件を持ちこんでは安次郎の日々を彩ります。
第一作の『いろあわせ』は各話のタイトルに、摺の技法を折り込むというしゃれた構成。例えば第四話のタイトル「からずり」には、こんな解説がついています。
【からずり】紙に無色の凹凸をつける。版木には絵の具をつけず、強く摺ることによって、版木に彫られた形を紙に写しとる。型押しの技法。
梶よう子『いろあわせ 摺師安次郎人情暦』
利久の元・夫で、島流しにあっていた庄三郎が江戸に戻ってきたのはいいのですが、どうも利久につきまとっているように見える。けれど、それは利久を守るためとわかった時には、庄三郎は殺されてしまいます。その懐から出てきた潮見坂の雪景色を描いた風景画は、利久と庄三郎の思い出の場所を描いたもの。
「あたし……庄さんのなにを見ていたのでしょう。庄さんは、この画の雪のようにすべてを覆って、なにも見せてくれなかった気がしてならないんです。ただ、真っ白でなにもなくて」
安次郎は、静かに首を振った。「色目がないから、白というわけではないのですよ。白という色があるのです。ただそれは、見えていても、見えていないように思えるのかも知れませんね」
梶よう子『いろあわせ 摺師安次郎人情暦』
亡八衆の親父さんたちの圧力で政寅が蔦重の仕事をすることになり、歌麿は一歩後退したように見えます。しかし、その政寅の師匠の絵師・重政をして「駆け出しの絵をたくさんみて、その落ち着く先の画風も大体見える。けれど、歌麿はよめない」といわしめた歌麿は、白という「色」を獲得したようにも思えるのです。才能がないから見えないわけではない。どんな色ものる才能こそが歌麿の持ち味。型押しから、極彩色への出発点となったでしょうか。
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十七
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十六
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十四
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十一
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その十
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その九
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その八(番外編)
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その八
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その六
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その五
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その四
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その三
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その二
べらぼう絢華帳 ~江戸を編む蔦重の夢~ その一
大河ばっか組!
多読で楽しむ「大河ばっか!」は大河ドラマの世界を編集工学の視点で楽しむためのクラブ。物語好きな筆司たちが「組!」になって、大河ドラマの「今」を追いかけます。
どうしてここで来週の放映は「なし?」(選挙のため)と叫んだ人が多かったのではないでしょうか。花の下にて春死なん、は比喩ではなかったのか…。 大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語を生み出そ […]
「語ること」が評価され、「沈黙」は無視される。けれど私たちは、ほんとうに語りきれているだろうか。語る資格を問う社会、発信する力に価値が置かれる現代。そのなかで、“語れなさ”が開く物語が、ふたたび私たちに、語りの意味を問 […]
え? 結婚していたの? ええ? 子どもがいたの? と今回、何より驚いたのは、あの次郎兵衛兄さんに妻と三人の子どもがいたことではないでしょうか。店先でぶらぶらしているだけかと思ったら…。そんな兄さんも神妙な面持ちで(しれ […]
名を与えられぬ語りがある。誰にも届かぬまま、制度の縁に追いやられた声。だが、制度の中心とは、本当に名を持つ者たちの居場所なのだろうか。むしろその核にあるのは、語り得ぬ者を排除することで辛うじて成立する〈空虚な中心〉では […]
二代目大文字屋市兵衛さんは、父親とは違い、ソフトな人かと思いきや、豹変すると父親が乗り移ったかのようでした(演じ分けている伊藤淳史に拍手)。 大河ドラマを遊び尽くそう、歴史が生んだドラマから、さらに新しい物語を生み出 […]
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2025-07-15
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2025-07-13
『野望の王国』原作:雁屋哲、作画:由起賢二
セカイ系が猖獗を極める以前、世界征服とはこういうものだった!
目標は自らが世界最高の権力者となり、理想の王国を築くこと。ただそれだけ。あとはただひたすら死闘に次ぐ死闘!そして足掛け六年、全28巻費やして達成したのは、ようやく一地方都市の制圧だけだった。世界征服までの道のりはあまりにも長い!
2025-07-08
結婚飛行のために巣内から出てきたヤマトシロアリの羽アリたち。
配信の中で触れられているのはハチ目アリ科の一種と思われるが、こちらはゴキブリ目。
昆虫の複数の分類群で、祭りのアーキタイプが平行進化している。