かつて「大人マンガ」というジャンルがあった(詳しくは「マンガのスコア 園山俊二」参照)。この周辺には、ファインアートと踵を接する作家たちが数多く存在する。タイガー立石もその一人。1982年、工作舎から刊行された『虎の巻』は、まさしくオトナのためのマンガの最極北。いいお酒といっしょにちびちび味わいたい。
ローマ時代のコロッセウムを思わせるような八角形の闘技場での戦い! ちょっと関西万博の大屋根リングのようでもありましたね。
さて歴史をふかぼれば宝の山。史実と史実の間にこぼれ落ちたものにこそ真実が宿る、かもしれない!? 歴史と遊ぶ方法を大河ドラマにならう多読アレゴリアのクラブ「大河ばっか!」。クラブの面々を率いる筆司の二人が、今週のみどころをお届けします。
第五回「嘘から出た実」
戦略と戦術
御前大試合で藤吉郎は利家に勝ちたい。勝って寧々に良いところを見せたい。そのための舞台を整えるのはまたしても小一郎です。利家には強敵をあてがい決勝までに体力を消耗させる。一方、藤吉郎には弱い相手を廃止、力を温存させる。しかもそれを、藤吉郎のためではなく、「殿にお喜びいただくための策」として建言するところに、小一郎の巧みさがあります。
途中までは思惑通りに事が進み、見事、決勝戦は利家と藤吉郎の戦いとなりましたが、藤吉郎は敗れてしまいます。おまけに、小細工をしたことを信長に見抜かれてしまう。しかしその信長が発したのは、意外にも
ようやった。戦は戦う前にしていかに勝つかが肝要じゃ。戦って勝つは上策。戦わずして勝つは最上の策。
という褒め言葉でした。
となると思い出すのが、覇将、いや覇王ラインハルトと智将ヤン・ウェンリーの戦いを描いた田中芳樹『銀河英雄伝説』です。「戦略とは状況をつくる技術。戦術とは状況を利用する技術」という定義のもと、この物語は戦争が政治と表裏一体であることを鮮やかに描いています。
ラインハルトは勝てる状況を作ることに巧みであり、しかもその準備を整えることが容易な立場にありました。それに対しヤン・ウェンリーは、常に戦略的に不利な状況を与えられる側にいる。針の目を通すようなわずかな勝機─それは戦略上の勝つ要因です─を見出し続けたからこそ、「天才」という名を冠するにふさわしい英雄となったのです。もっとも、その根本にあったのが「なるべく楽をして勝つ」という、きわめて世俗的な命題だったあたりが、ご愛敬なのですが。
ヤンには、彼を支える仲間は多くいたけれど、ヤン以外に戦略を考えてくれる者はいなかった。しかし、藤吉郎には小一郎という戦略を考えてくれる者がいた。となると、上に立つものとして必要になってくるのが、小一郎が「最後はここじゃ」と言って右腕でとんとんと胸の辺りを叩いたように。真情ということになるのでしょう。
え? 嘘だったの?
今回、冒頭では後に「織田がこね、羽柴がつきし天下餅、座りしままに食うは徳川
の川柳で名が上がった三武将が揃って姿を現します。織田は睥睨し、のちの徳川家康はその後ろに付き従い、羽柴は道に平伏する、そんな立ち位置で描かれた三人でした。
おまけに、後に徳川となる松平元康は、藤吉郎に「偉くなる方法」を尋ねられ、こう答えます。
信長殿を信じることじゃ。そして誰にもできぬことをやってのけるのじゃ。恐れず、おのれを信じて突き進むのじゃ。(胸を叩いて)大事なのはここじゃ。熱意が人を動かし、勝敗を決する。
思っていたとおり、と目をきらきらさせる藤吉郎。…ですが。実は、これは松平元康の嘘。織田の下侍に考えを教えるつもりなどない、
全て逆のことを言ってやったわ
と高笑いする元康。この頃から狸と呼ばれる資質の萌芽を見てしまいます。織田に、今川にと幼年時代からあちこちに人質に送られた身の上を思えば、またいたしかたないことだったのかもしれません。
そんな元康が乗り移ったかのように、藤吉郎の熱意にほだされた小一郎です。戦略に目配りできる力量をかわれて、鵜沼城攻略を仕掛けますが、事はそう簡単には運びません。鵜沼城主が織田信長のもとへ向かうことになり、その人質として藤吉郎は鵜沼城に残されることになりました。なにやら「走れメロス」的世界の様相を呈してきたところで、…選挙。です。果たして無事に、藤吉郎は帰ってこられるのでしょうか。いや、帰ってはくるのですが、どうやってこの難儀を切り抜けるのでしょうか。
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