【イシスの推しメン/18人目】どうすれば、子どもは本が好きになる? 理学療法士・得原藍が語る、イシス編集学校の重要性とは

2023/03/16(木)08:11
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ゆとり教育が始まって20年、文科省の目論見は外れた。学力低下が囁かれ、公教育への不信感が募る。どうすれば、自分のチカラで考えて生きることのできる子どもを育てることができるのだろうか。
イシス編集学校の教育スタイルは「対話」が基本。上から施される知をありがたがるのではなく、対話のなかで考える力を育てる方針だ。2000年に開校してから、いまでは子どもの教育に特化した「子ども編集学校」の活動も水面下で進んでいる。

連載企画「イシスの推しメン」18人目は、フリーランスの理学療法士として子どもの心と身体の発達を見守りながら、自身の子育ても行う得原藍さんに、イシスの方法を生かした教育法について聞いてみた。

イシスの推しメン プロフィール
得原藍
理学療法士、公認心理師。イシス編集学校には2017年、基本コース39期[守]入門。仕事と子育てと博士課程での研究とが重なり、一度は編集コーチ養成講座[花伝所]を途中離脱するも、2021年に復帰。2022年、満を持して50[守]柑橘カイヨワ教室師範代として登板。相手の意欲を引き出すパワフルな指南ぶりで、受講生全員が卒門を果たす。もともとは外資系金融で働くも、30歳でキャリアチェンジ。大学の非常勤講師としてリハビリテーションやバイオメカニクスの講義経験があり、イシス編集学校内の「子ども編集学校」でも名コーチとして活躍中。現在は民間でのバイオメカニクスの指導や記事執筆を担い、子どもの運動発達に関する支援もおこなう。1児の母、一般社団法人スクールオブムーブメント・ディレクター、一般社団法人sodatsu-co理事。


■ 身体は「治す」ものなのか
  アメフトトレーナーが理学療法士になったわけ

――得原さんは「バイオメカニクス」の専門家だとうかがっています。これってどんな分野なんでしょうか。

バイオメカニクスは、力学を使って人間の身体の動きを解析しようという学問です。たとえばプロ野球の投手にセンサーをつけてボールを投げてもらって、その動きが普通の人とどう違うのか、などを科学的に定量できる分野です。対象は、アスリートに限らず、病人から子どもまで、さまざまです。私は「人は進化の上でどう運動を獲得してきたの?」とか「効率のいい運動ってなに?」というところに興味をもっています。

――なるほど。ということはもともとスポーツがお好きだったんでしょうか。

中学校まではバスケットボールをしていたのですが、途中で怪我をしてしまって高校では帰宅部で。大学に入って何をしようかなあと思ったとき、たまたま高校の先輩がアメフト部のプレイヤーになっていることを知って、気づいたらアメフト部の学生トレーナーになっていたんですよね。

――いったんスポーツから退いて、そのあとにアメフトのトレーナーに。アメフトはかなり激しい競技ですよね。

そうですね、ケガ人の山でした。そこで骨折や脱臼など、たくさんのケガを見たんですが、肩を脱臼した人も3ヶ月経ったら復帰するんですよね。人間の身体ってすごいなと思ったんです。アメフト部在籍時代に「どうしてケガをするのか」「ケガはどうやって治るのか」「ケガをする人としない人の違いはなにか」、そんなことをもっと知りたいと思うようになりました。

――得原さんはずっとプレイヤーだったわけではなくて、プレイヤーを観察する側として経験を積まれていたんですね。

ずっとスポーツをやっていた人がスポーツトレーナーになるケースは多いのですが、私の場合は、「身体はどうして動くんだろう」「身体はどうして治るんだろう」っていうことに興味があったので、理学療法士になることを選びました。理学療法士は、リハビリを通じて身体を「治す」役割だと思われていますが、わたしは、身体は「治る」のだと考えています。その過程を動きによって手助けして、方向性を整えるのが理学療法士の仕事なのかなと思っています。


■ 自分の意見を言えない子どもたち
  20年後のオリンピックで、日本がメダルを獲るために

――イシス編集学校を知ったきっかけは?

専門学校で専任教員をしていたとき、同僚にすごく読書家の先生がいらっしゃったんです。その方が「科学道100冊」というパンフレットを見せてくれて。軽い気持ちで見ていたら、各分野の本のセレクションが素晴らしくて驚いたんです。誰が選んでいるんだろうってパンフレットを隅から隅まで読んでいたら、「企画・制作:編集工学研究所」って書いてあったので、すぐにググりました。

――イシス編集学校を運営している編集工学研究所は、無印良品のMUJI BOOKSや近畿大学アカデミックシアターの選書も請け負っているんですよね。

そうですね。当時はMUJI BOOKSなどの存在は知っていましたが、そこに編集工学研究所が関わっていることは全く知りませんでした。編集工学研究所という名前を調べてみたら、私は当時赤堤に住んでいたので、なんと家から10分の距離に事務所があることが判明しまして。自転車でISIS館まで出かけてみると、入口のところにたしかエディットツアーのポスターが貼ってあったんですよね。友だちを誘って、エディットツアーに参加しました。

――基本コース[守]に入門していかがでしたか。期待どおりでしたか。

エディットツアーのときに、《ミメロギア》という対句のお題や本を使ったワークを経験して、きっと守でもそういう体験ができるんだろうと思っていました。それはもう期待どおりで、[守]はとても面白かったです。でも応用コース[破]に進むのは迷って……。

――その時期はお子さんを育てながら、新しい仕事を始め、さらにはご自身が博士課程で研究をするという多忙な時期だったんですよね。それでも[破]に進んだのはなぜ?

赤堤にある本楼で開催された感門之盟に参加すると、しつらえも見事で、挨拶する師範代も輝いていて、ブビンガテーブルの上を歩きながらお話される松岡校長の姿がものすごくかっこよかったんですね。「いま編集学校を辞めてしまったら、この本楼にもう来られないんだ」と思うともったいないような気がして、感門之盟の最中にiPhoneで[破]に申込みました(笑)。

――イシスの卒業式にあたる「感門之盟」のコンテンツやもてなしには圧倒されますものね。編集学校でのふだんのお稽古はどんな印象でしたか。

[守]も[破]も花伝所も、師範代がとても受容的であることが印象的でした。こちらが何を言っても、きちんと応対してくださる。「教わる」というよりも、一緒に考えて並走してくれるような感覚がありがたかったです。

――編集コーチ「師範代」は、花伝所で《受容》という方法をとことん学んでいますから、師範代の応接にトリコになる学衆がほとんどですよね。ただ、こういう受容的な指導者は多くないのが現状でしょうか。

私は学校で教員もしていますが、自分の意見を言える大学生や専門学校生がとても少ないと感じています。でも彼らは意見を持っていないわけではない。じっくり話せば、意見が出るんです。ということは、言う方法を学んでいないだけなんだと気づいたんです。

――私川野も高校教員なので、その様子はよくわかります。生徒に意見を尋ねると「すいません」って謝られてしまうんですよね……。

そうそう。いまの子どもがどうしてこんなに話せないのかと考えたとき、「書く」とか「話す」というメニューが教育にないと感じたんです。高校生までの教育では、暗記中心で、意見を表出させない。私の息子の小学校の課題を見ても、日記読書感想文もありません

――子どもたちが言葉を使ったアウトプットが出来なくなっているというのは、日本全国で起こっている問題かもしれませんね。

一緒に仕事をしているスポーツの指導者のみなさんと話すと、じつはスポーツ選手も同じだとおっしゃるんです。少子化に加えて、さらに意見を表出できないスポーツ選手が増えているとなると、20年後のオリンピックで日本はメダルを取れなくなるだろうなあ……と思いました。私はスポーツ観戦が趣味なので、それは私の趣味の危機でもありまして(笑)。
そんな経緯も加わって、「子どもたちが自分の意見を言えるようになる」ということを考えていきたくて、イシス編集学校学林局の佐々木千佳局長にお話したところ「子ども編集学校」のプロジェクトにお声掛けいただきました。いまも仲間たちとともに、ワークショップを担当したり、カリキュラムを開発したりしています。

 


■ 子どもを本好きにしたいなら
  子どもの言葉が「育つ」環境とは

――子ども編集学校でのワークショップのときと、学校の授業では、子どもたちの反応は大きく異なりそうですね。

違いますね。テーマが違うということもありますが、こちらの聞き方を変えると、こんなに子どもの反応が変わるんだと驚きます。子ども編集学校のワークショップやイベントでは、3、4歳の子も、中高生も、自分の考えを言葉にできている感じがします。
イシス編集学校のように「お題」が介在していることと、「聞くよ」という姿勢で意見を出すことを待ってくれる大人が存在するのが大切なのだと思います。

――さきほど「治す・治る」というお話もありましたが、教育においても「育てる」というより「育つ」のが本来かもしれませんね。こちらができるのは、環境を用意すること。

まさに。どんなアフォーダンスを子どもが受けとるかというところで、言葉の育ち方は変わってくると思います。
すこし話が変わるのですが、うちの子どもは「プレーパーク」で育ったんです。日本語では「冒険遊び場」と訳されるんですが、子どもが自分の責任で遊ぶ場です。大人は求められたらアドバイスはするし、プレーワーカーが子どもを見守っているけれど、決して指示はしないというスタンスなんですね。
子ども編集学校は、「言葉版のプレーパーク」かなと思っています。遊刊エディストでも連載している編集かあさん・松井路代さんや、吉野陽子さんが行われていた絵本のワークショップを紹介していただいたことがあるのですが、のびのびした子どもの言葉と、それを受け取る大人の関わりが素晴らしいんですよ。近くにそんな大人がいたら、もっともっと子どもたちの言葉の力が伸びるのではないかなあ、と思っています。

――イシス編集学校では、師範代が相手の発言を受容してフィードバックするという相互編集を学びの基礎においていますからね。

イシスでの言葉のトレーニングを自分もやってみると、私自身がちゃんとした国語の教育を受けていないなって気づいたんです。しかも、子どもが学校に行くようになってみると、国語の授業が40年前からぜんぜん変わっていない。それどころか漢字の課題は減るし、アウトプットの機会も減っている。いまはバイリンガル教育も普通になってきていますが、自分の意見を表現する力をつけるには、まずはひとつの言語を広く深く使えるようになる必要があります。学校がそうした方向に舵を切ることができないでいる現状では、高度な日本語運用能力を身につけるためにイシス編集学校や子ども編集学校の取り組みはとても重要だと思っています。

――子ども編集学校が一般的な学習塾と違うのは、親子でいっしょにワークを受けるということでしょうか。

そうですね。子ども編集学校に子どもを預ければ、そのような高度な言語運用能力がすぐに身につくかといえばそうではありません。言葉を扱う時間は日常生活のほうが圧倒的に長いですから、子どもと親がいっしょに学んでいくのが大事だと思っています。
たとえば子ども編集学校でオノマトペのワークをやったなら、「ワーク、楽しかったね」ではなくて、日常の会話の中にオノマトペが増えるのがゴール。大事なのは、子どもがオノマトペを口にしたときに、「それはこのまえやったオノマトペだね」と親が拾いながら、親もそれを口にして一緒に楽しむことだと考えています。

――「子ども編集学校」と名付けられているけれど、親子の関係ごと耕している感じなんですね。

たとえば、子どもを本好きにしたいという親御さんは多いですが、そうしたいなら親が楽しそうに読書をしている姿を見せるとか、子どもが読む本について「その本どうだった?」って聞いてみるとか、あるいは「この本はお父さんも読んでみたけど」などと、本に関しての親子でのコミュニケーションが必要かなと思います。一緒に楽しめる人がいたら、より楽しくなりますよね。
子ども編集学校のワークを受けて、本に興味のなかった親御さんが子どもと一緒にワークとすることで、「子どもと一緒に本が好きになりました」となれば最高ですね。

――得原さんご自身は、お子さんと本を読んだりしておられるんですか。

私は、小学2年生の子どもにできる限り毎晩「読み聞かせ」をするようにしています。子どもが文字を読めるようになると読み聞かせをやめてしまう方も多いですが、うちの子どもはまだ「目で文字を追って読む能力」よりも「耳で聞いて想像する能力」のほうが進んでいるように感じているので、学校の教科書で扱っているものよりも長くて少し難しい物語を朗読しています。

いまは、理論社から出ている『西遊記』(斉藤洋著)を読んでいます。本を選ぶときの基準は、難しい漢字にルビがふってあること。もし気が向いたら、子どもが自分でも読めるようにと思って。この本は、佐野洋子さんのお子さんである広瀬弦さんの絵がとても素敵なんです。子どもは、この表紙を見て、「マンガだ!」と勘違いして飛びついていました(笑)。

自分も含めて、親には「自分の子には、こういう本を読んでもらいたい」という願望があると思います。その思いは「うちの子にはこのスポーツをやらせたい」というものに近いわけですが、スポーツも親子それぞれに好みがあります。そして、自分の好きなものだからこそ、自分なりの意見が生まれてくる。だから、最終的には、子どもが自分で本棚を作っていけるようになってもらいたいなと思っています。ゲームやスポーツと同じように、本を読むこと遊びのひとつだと感じながら育ってほしいと思っています。

 

 

シリーズ イシスの推しメン

 

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  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
    イシス編集学校メルマガ「編集ウメ子」配信中。