発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

<多読ジム>Season09・冬の三冊筋のテーマは「青の三冊」。今季のCASTは小倉加奈子、中原洋子、佐藤裕子、高宮光江、大沼友紀、小路千広、猪貝克浩、若林信克、米川青馬、山口イズミ、松井路代。冊匠・大音美弥子と代将・金宗代の原稿が間に合えば、過去最高の13本のエッセイが連載される。ウクライナ、青鞜、村上春樹、ブレイディみかこ、ミッドナイト・ブルー、電波天文学、宮沢賢治、ヨットロック、ロラン・バルト、青水沫(あおみなわ)。青は物質と光の秘密、地球の運命、そして人間の心の奥底にまで沁みわたり、広がっていく。
大きなものを失った時の嘆きはもっとはっきり誰かに対する恨みとなって囁かれる。自分に配られた運命の理由を問い詰める、その不当を訴える。
楽手たちは蒼ざめて死に
嬰児は水いろのもやにうまれた
尖った青い燐光が
いちめんそこらの雪を縫って
せはしく浮いたり沈んだり
しんしんと風を集積する
2011年3月11日の東北は、くすんだ青だった。青黒い洪水と、青灰の雪で染まっていた。春は遠かった。
以来、5カ月あまりが経ち、池澤夏樹はあまりに多くの考えが湧いてきて収集がつかなくなっていた。まだ瓦礫の原をさ迷うような混乱状態のなかをもがくうちに、何者かとの対話の片割れのようにを組み立ててきた。
冒頭の言葉のあと「相手はやはり神様だろうか」と問うた上で、「しかし、それを抑える度量もまた人間の中にあるのだ」と結ぶ。「春を恨んだりはしない」と言える心の色が人間にはある。この春、日本ではみんながいくら悲しんでも緑は萌え桜は咲いた。何か大事なものの欠けた空疎な春の色、桜を見る視線がどこかうつろで、空も緑も青く曇っていた。
諦めることで見い出されるウツロイ。「諦める」は「明らめる」、「明らかにする」である。事態が自分の力を超えることを明白なこととして認知し、受け入れ、その先の努力を放棄して運命に身を任せる。
諦めた先に見える明かりを求めて、何者かに語りかける。語りかけは願いであり、願いは祈りとなり、仮想の相手はやがて神として姿を整えられていく。自然は人間に対して無関心だ。しかし人間は自然のなかに神をみる。
池澤は人間の喜怒哀楽に自然は一切関与しないとして、「無関心は冷酷よりもっと冷たい。感情の絶対零度」と表現する。
宮沢賢治は、自然の無関心という原理をすっかり理解した上で、それでも自然に少しでも人間に対する配慮があってくれたらと物語や詩に託して夢想し、「水仙月の四日」という話を書いた。自然に対する人間の甘えが透けて見えるような短編で、だからこそ人間の胸に迫る。
なぜ、自然や津波が「襲った」というのか。人間は自然の無関心という科学的真実にに耐えられないのだ。自然は時に不幸を配布する。自然は人間に死をもたらす。
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
賢治は結核に伏した妹トシの死を悼み「春と修羅」を綴った。ゴッホの糸杉を思わせる喪神の森の梢から、かなしみ青々とふかく、修羅のなみだを土にふらせた。
降ってきた運命を恨まないことは無私の嘆きと一体なのだと池澤はいう。壊れた我が家は地平線まで続く被災の原野の中の一軒だった。
影や恐ろしいけむりのなかから
蒼ざめてひとがよろよろとあらはれる
それは氷の未来圏からなげられた
戦慄すべきおれの影だ
『恩讐の彼方に』の市九郎は、幾人もの人を殺しながら、自分の罪障の万分の一も償いたいと、三国川絶壁の大盤石を刳り抜く大誓願を起こした。一心不乱に槌を振るい鑿で岩を掘り続けた。了海と名乗る僧形となり、おのれの内にある修羅を自然の厳に投影させた。
一方、親の仇を果たそうとひたすら諸国を遍歴して、辺陲の九州を探り、敵市九郎の在処をついに突き止めた実之助。そのとき敵は、父を殺した罪の懺悔に身心を砕いて苦しみ抜いている半死の老僧と成り果て、実之助は何の復讐であるかと考えた。
了海が砕いていたのは岩ではなく自分自身の業であった。3・11のあと池澤がさ迷った胸臆の闘争は、恩讐の彼方にあった。妹の死による賢治の修羅は、呪詛の青さを綴りつつ、蒼ぐらいなかに春光を求めた。
月光の下、蒼い渦巻く山国川の水のごとき二人の心が、槌と鑿の音となって響き合った。ついに槌に破られた小さな穴から山国川の姿が、ありありと蒼く映った。川に渦巻く恨みの蒼さは明らかとなり、やがて流れ了えて海に満ちる。
Info
⊕アイキャッチ画像⊕
『恩讐の彼方に・忠直卿行状記』菊池寛/岩波書店
『春を恨んだりはしない』池澤夏樹/中央公論新社
『新編 宮沢賢治詩集「春と修羅」』宮沢賢治/新潮社
⊕多読ジム Season09・冬⊕
∈選本テーマ:青の三冊
∈スタジオふきよせ(松尾亘冊師)
∈3冊の関係性(編集思考素):一種合成
春を恨んだりはしない┓
┣ 恩讐の彼方に
春と修羅 ┛
金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:宮崎滔天
最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
photo: yukari goto
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2025-07-01
発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。
2025-06-30
エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。
2025-06-28
ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。