【三冊筋プレス】ブルーは母なる地球の色(小路千広)

2022/05/02(月)10:10
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<多読ジム>Season09・冬の三冊筋のテーマは「青の三冊」。今季のCASTは小倉加奈子、中原洋子、佐藤裕子、高宮光江、大沼友紀、小路千広、猪貝克浩、若林信克、米川青馬、山口イズミ、松井路代。冊匠・大音美弥子と代将・金宗代の原稿が間に合えば、過去最高の13本のエッセイが連載される。ウクライナ、青鞜、村上春樹、ブレイディみかこ、ミッドナイト・ブルー、電波天文学、宮沢賢治、ヨットロック、ロラン・バルト、青水沫(あおみなわ)。青は物質と光の秘密、地球の運命、そして人間の心の奥底にまで沁みわたり、広がっていく。


 

ミッドナイト・ブルー 暗闇にゆらぐ

 

 地上は大雨でも雲海の上には青空が広がっている。飛行機に乗るとたちまち異世界へワープしたような気持ちになるのはなぜだろう。崇高な光にみちた空の青に幻惑されたからなのか。それとも鳥のように大空を飛びたいという願望が満たされたからなのか。
 サン=テグジュペリも飛行機に魅せられた男の一人だ。アメリカのライト兄弟が初飛行に成功したのが3歳のとき。大西洋をはさんで覇を競ったフランスの飛行業界とともに成長し、飛行機乗りになることを夢見ていた。郵便飛行士の物語『夜間飛行』は二作目の作品。パイロットとしての経験と矜持を、何度も推敲を重ねて研ぎ澄まされた文体に仕上げた。主人公の飛行士ファビアンはサン=テグジュペリの分身であり、郵便飛行の遅延に厳しい目を光らせる支配人リヴィエールは、著者に飛行指導をした上司がモデルとされている。
 舞台は1930年ごろの南米。パタゴニア、チリ、パラグアイからの郵便物をブエノスアイレス経由で欧州へと運ぶ航空路。その三つの郵便飛行路線で起こる一夜の出来事がパラレルに描かれる。運命をわけたのは、アンデス山脈を越えて吹く暴風にどう対応したか。二人のパイロットはそれぞれの方法で嵐を切り抜け、無事空港に到着するが、パタゴニア線を北上するファビアンの飛行機は激しい暴風雨に巻き込まれて方位を失い、空と海の間をさまよう。頼りになるのはラジウムで青く光る計器の数字だけ。極限状態で吹き荒れる風と闘い続けるうち、暗闇に光を渇望する操縦士の心がゆらいだ。架空の罠と知りながら星のかがやく天空の穴をめがけて上昇していく。
 「不運はつねに内在する」と著者は言う。自分の弱さを感じた瞬間、おびただしい過誤が押しよせてくる、と。飛行機の操縦では一瞬の判断ミスが命取りになりかねない。だからこそ、リヴィエールは飛行士たちに規律の厳守を求めたのだろう。『夜間飛行』は郵便飛行の草創期に、生命の危機に直面した飛行士たちの心理と行動を描いてハラハラさせる。ミッドナイト・ブルーの空を飛行する精神のドラマだ。

 

オーシャン・ブルー 境界をわたる

 

 羽をもっていても、鳥のように遠くまで飛べないだろうと誰もが思う。春先になるとどこからともなく現れて、菜の花のまわりをひらひらと舞っている。
 そんな蝶が遠くまで集団移動することを突き止めたのが『海をわたる蝶』の著者日浦勇だ。長居公園にある大阪市立自然史博物館の学芸員をしながら、日本列島に棲息する昆虫相の形成をナチュラル・ヒストリー(自然史)の観点から探った。日浦は全国のアマチュア研究家の業績を多く参照しながら、昆虫の中でも親しみのある蝶を主人公に、なぜ蝶のわたりがおきるのかを解明していく。
 蝶が生きるためには餌となる植物が必要だ。その植物が人間の作る農作物であるところに問題がある。たとえばイチモンジセセリは稲を、モンシロチョウはキャベツなどの蔬菜を、ウラナミシジミは豆科を食べる。農業にとっては害虫になるわけだ。
 イチモンジセセリの観察からわかってきたのは、蝶の個体数が増えすぎて食物が不足すると集団で移動することだ。移動する蝶は飛びやすいように体が変化する。日浦はこれを昆虫類に共通する「相変異」と仮説した。そしてモンシロチョウが日本列島にやってきたのは、キャベツが栽培されるようになった明治時代ではないかと推測する。白い蝶の仲間スジグロチョウは土着種だが、どうやらモンシロチョウは外来種らしい。青空を白い帯状になって集団飛行し、大海原の上で白い敷物のように休む姿が種子島の漁師に発見されている。なかには台風の眼の中に入り、上昇気流に乗ってフィリピンや台湾からわたってくる「迷蝶」もいるというから驚きだ。棲みかをわける境界は生物の世界にはない。日浦の見方は生物学界に一石を投じた。
 もっと長い目で見ると、蝶のわたりは気候変動にも影響を受けている。地質学でいう第四紀(氷河時代)は寒暖の幅が大きく、気候も激しく変化した。やがて日本列島に草原が出現すると、北方から草原に棲む新参の蝶がやってきた。オーシャン・ブルーの海をわたる蝶は、命をつなぐ冒険者なのである。

 

チェンジング・ブルー からくりを探る

 

 ここで人や蝶が移動する地球の気候がどのように変わってきたのかを見てみよう。『チェンジング・ブルー気候変動の謎に迫る』の著者大河内直彦は、生物地球化学と古海洋学の研究者。気候変動を予測するには、直近の数十年の変化だけでなく、10万年単位で地球の気候がどのように変化してきたかを見る必要があると説く。気候には時空間スケールやエネルギーの関係で変動する、独特のからくりが潜んでいるからだ。
 そのため大河内は海洋学や地質学の研究者の論文を丹念に検証していく。たとえば海底に積もった泥や有孔虫の化石を分析し、その情報から氷床量や水温を明らかにする研究、南極やグリーンランドの氷床から氷の柱を掘削し、氷に含まれる過去の二酸化炭素濃度を復元する研究などだ。これらの調査研究から、過去100万年の間に氷期と間氷期がくり返し出現していることやその時期がわかってきた。
 気候変動のメカニズムも明らかになっている。地球の公転軌道や自転軸の変化にともなう太陽からの入射エネルギーの変動が関係していること。また、海の深いところをゆっくりと流れる深層水の熱エネルギー循環によっても気候が変動するという。
 近年は二酸化炭素の増加と地球温暖化は不可分のものであることが世界の共通認識となっている。条件がそろえば急激な気候変動が起こりうるというから、長期だけでなく短期の見方も必要だ。変化の方向は、温暖化、寒冷化、そのほか幾通りもある、と大河内は予想する。想像したくはないけれど、人も蝶のように食物と棲みかを求めてさまようことになるかもしれない。
 空を飛行し海をわたる生命の活動は、気象や気候と無関係ではいられない。そうであれば、気象や気候の変化にもっと目を凝らしたほうがよさそうだ。「ブルーは母なる地球を表す色」なのだから。

 

Info

 

◆アイキャッチ画像◆

『夜間飛行』サン=テグジュペリ/新潮文庫
『海をわたる蝶』日浦勇/講談社学術文庫
『チェンジング・ブルー 気候変動の謎に迫る』大河内直彦/岩波現代文庫

 

◆多読ジム Season09・冬◆

∈選本テーマ:青の三冊
∈スタジオよーぜふ(浅羽登志也冊師)
∈3冊の関係性(編集思考素):一種合成型

 『夜間飛行』  ━┓
          ┣━『チェンジング・ブルー 
 『海をわたる蝶』━┛  気候変動の謎に迫る』

 

◆著者プロフィール◆

 

∈アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
1900年フランス・リヨン生まれ。海軍兵学校の受験に失敗後、兵役で飛行連隊に入隊。除隊後、航空会社の路線パイロットとなる。1928年処女作『南方郵便機』を発表。『夜間飛行』『人間の土地』『戦う操縦士』などを著し、行動主義文学の作家として活躍した。『星の王子さま』で知られる。第二次世界大戦時、偵察機の搭乗員として出撃を重ね、1944年コルシカ島の基地を発進したまま地中海上空で消息を絶つ。1998年マルセイユ沖で遺品が見つかり、2000年搭乗機の残骸が確認された。

 

∈日浦勇(ひうら・いさむ)
1932年徳島県生まれ。九州大学農学部農学科卒。元大阪市立自然史博物館学芸課長。1983年没。学芸員のかたわら大学時代から取り組んできたハナカメムシの分類研究を続けていたが、博物学的研究に飽き足らず、研究テーマを「日本列島昆虫相の形成過程の研究」に変更。比較的情報量の多い蝶を主な研究対象とする。生涯一研究者を貫き、日本の蝶の研究著作で影響を与えた。著書に『蝶のきた道』『自然観察入門』がある。

 

∈大河内直彦(おおこうち・なおひこ)
1966年京都市生まれ。東京大学大学院博士課程修了。京都大学、北海道大学、米国ウッズホール海洋研究所を経て、独立行政法人海洋研究開発機構生物地球化学研究分野・分野長。専門は生物地球化学。各種有機化合物を用いた地球環境の解明法の開発とその応用。生物プロセスを重視した立場から、地球環境を理解する新しい研究分野の開拓に情熱を傾けている。著書に『「地球のからくり」に挑む』『地球の履歴書』『地球システム科学』(共著)がある。

  • 小路千広

    編集的先達:柿本人麻呂。自らを「言葉の脚を綺麗にみせるパンスト」だと語るプロのライター&エディター。切れ味の鋭い指南で、文章の論理破綻を見抜く。1日6000歩のウォーキングでの情報ハンティングが趣味。