『絵師ムネチカ』から目が離せない。天才は往々にして何かが欠けている。そしてそのこと自体がまた天才の天才性を引き立たせる。周囲の人々の鼻面を引き回し、人生を変えていく「天才少年」のデモーニッシュな魅力を容赦なく描いた怪作。
これまでにも「神童」もの(?)を数多く描いてきたさそうあきら先生だが、ご本人は極めて方法に自覚的な職人タイプ。長年、マンガ学科の教員として教鞭をとり、『マンガ脚本概論』などの技法書にも定評がある。
多読ジム出版社コラボ企画第一弾は太田出版! お題本は「それチン」こと、阿部洋一のマンガ『それはただの先輩のチンコ』! エディストチャレンジのエントリーメンバーは、石黒好美、植村真也、大沼友紀、佐藤裕子、鹿間朋子、高宮光江、畑本浩伸、原田淳子、細田陽子、米川青馬の総勢10名。「それチン」をキーブックに、マンガ・新書・文庫の三冊の本をつないでエッセイを書く「DONDEN読み」に挑戦しました。
欲しいのは、ソレだけ
『それはただの先輩のチンコ』で描かれるのは、女とチンコの物語。「この人(男)が欲しい、つながりたい」と願う女がいる。でも実際には、なかなか上手く関係性を結べない。話しかけるのをはばかるほど素敵な先輩だったり、浮気性な彼氏だったり、将来子どもは欲しいけど今は恋する気分じゃなかったり、現実には面倒な問題がいろいろあるからだ。だったら、男性の本体ではなく「一部」を手に入れられればいい、そうすることで関係性を持つことができる。チンコを男性の身体から切り離してもまた再生してくる、そんな世界に生きる物語中のの彼女たちは、そう考えるのだった。それだけではない。多くのチンコを愛玩物として飼育する女、股間に寄生したチンコにより夢精を経験する女、怪獣(チン・ゴジラ?)と化した自分が捨てたバイブと対峙する女、好きな男の本体かチンコかの選択を迫られる女。それぞれが男性の一部であり象徴であるチンコと自分との関係性を、自分なりに向き合うことで、紡いでいく。切り取られたチンコの寿命は、1か月ほど。その間には倦怠も喧嘩もない時間が流れる。チンコとの間に募らせる思いは、純粋にさえ思われるものとなっていくのだった。
あなたは「持ちたい」、私は「なりたい」
彼女たちが、チンコとの間に築きたいものはなんだろうか。解読する手がかりの一つとして、斎藤環の『関係する女 所有する男』を用いる。斎藤は、所有することで欲望を満たす男に対し、女は所有よりも関係が重要であると説く。これが本当だとするならば、『それチン』の登場人物たちは、チンコを所有することにより欲望を満たしていたのではなく、チンコを持つことで元所有者である男性(もっとも、斎藤はチンコについて「男性の所有物じゃないし、ただの空洞のシンボルに過ぎない」としている。)、あるいは男性のチンコそのものと関係を持ち、欲望を満たしている、ということになる。「あなたの○○を持ちたい」のが男とするなら、「あなたの○○になりたい」のが女なのだ。
確かに所有原理で動く男性的感覚であれば、所有物としてチンコそれ自体に欲情したり、自らの性欲を満たす道具として用いたりしたとしても、不思議ではないだろう。しかし、作中の彼女たちにそのようなそぶりはない。あるのはチンコと関係を結ぶことで、チンコとの(あるいは元所有者の男性との)間で構築される関係性の中において恋愛する、安心感を得る、などして欲望を満たす姿である。彼女たちは関係原理で動く女性的感覚をもって、チンコという対象を受け入れることで満足を得る。さらに、今までとは違う自分の欲望に気付くこともある。たとえば『それチン』では、収集したたくさんのチンコをバスタブに詰め込んだチンコ風呂の中で、なぜかある一人の男性に身体を抱かれるぬくもりを感じる女性が登場する。男性的感覚なら、男性の身体は消失し裸体の女性のみが登場するのかもしれないが、関係を重視する女性的感覚の場合は自分と対象物との関係性が重要なので、未知の欲望もまた自分との関係の中で満たされるのだ。
男って、顔なの?アソコなの?
男性の一部を手に入れる、と聞いて思い出されるもうひとつの物語が、ワイルドの『サロメ』である。預言者ヨカナーンへの叶わぬ思いを抱いた王女サロメは、父への踊りの返礼としてヨカナーンの首を所望する。サロメは差し出されたヨカナーンの首に対して、長々と愛の言葉を告げた後、口づけをする。サロメにとって首はただのモノとしての首ではなく、ヨカナーンとの関係を結ぶための存在となっている。『それチン』の登場人物にとってのチンコと、共通する部分があると言えるだろう。
しかし考えてみると、たとえば『それチン』の世界が、チンコではなく首が再生する世界だったとして、彼女らは首をチンコと同じように切り落として、関係性を結ぼうとするのだろうか。
首および顔は、社会に生きる上で存在を露出しておくものであり(ベールなどで顔を隠す文化も存在するが)、他人からの視線にさらされることで、その存在を認知される。いっぽうチンコは、社会生活上で露出されることはなく、秘めた存在として認識されている。サロメのように皆に認知された首と関係するのは、例えるなら映えスポットに出向いて撮影した画像をインスタにアップするような、皆に公開するような関係性。対してチンコは公然とした存在ながら秘すものとされ、知っている物同士で閉じつつもつながるLINEグループのような関係性と言えるだろう。皆に見せつける生首との口づけか、自分だけのチンコとのほっこりした時間を過ごすか。『それチン』読んで、みんなでチントークしませんか?
Info
⊕アイキャッチ画像⊕
∈『それはただの先輩のチンコ』阿部洋一/太田出版
∈『関係する女 所有する男』斎藤環/講談社現代新書
∈『サロメ』ワイルド/岩波文庫
⊕ 多読ジムSeason10・春 ⊕
∈選本テーマ:版元コラボエディストチャレンジ
∈スタジオらん(松井路代冊師)
エディスト編集部
編集的先達:松岡正剛
「あいだのコミュニケーター」松原朋子、「進化するMr.オネスティ」上杉公志、「職人肌のレモンガール」梅澤奈央、「レディ・フォト&スーパーマネジャー」後藤由加里、「国語するイシスの至宝」川野貴志、「天性のメディアスター」金宗代副編集長、「諧謔と変節の必殺仕掛人」吉村堅樹編集長。エディスト編集部七人組の顔ぶれ。
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コメント
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2026-03-19
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2026-03-17
目玉入道、参上。
体を膨らませ、偽りの目玉(眼状紋)を誇張して懸命に身を守ろうとしているのは、カイコの原種とされるクワコの幼虫。クワコの繭から取れるシルクは、小石丸のそれに似て細く、肌触りがよいらしい。
2026-03-10
平和に飛び交うモンシロチョウも、地球史スケールでは、ほんの少し前に日本にやって来たばかりのパイオニアらしい。押さえきれない衝動に駆り立てられて彼方に旅立つ人たちの原型は、海をわたる蝶なのかもしれない。