「文楽を見なさい」
48[守]第2回伝習座で、突然、ひとりの師範代に対して、松岡校長から言葉が投げかけられた。森村泰昌が今、人形浄瑠璃の人形を擬こうとしている、というエピソードの紹介の流れだった。
名指しされたのは、次代の編集プリンスとの呼び声高い秦祐也師範代である。
秦は、花伝所に入伝する際に求められた「自分の写真」で、とんでもないものを用意したという過去を持つ。松岡校長を擬いている森村泰昌(『千夜千冊エディション 心とトラウマ』の口絵)の構図を鏡を用いて擬く、というアクロバティックなことをしていたのだ。イシスの森村泰昌、といえば秦をおいて他にいない。
そして校長からは、「M型スピリッツ教室」と命名された。秦が「M」に雀躍したのはいうまでもない。《「M」はたいそう自己象徴的なエンブレム》なのだから。
秦は、教室名をもらった刹那の思いを、勧学会でこう告白した。
…おいおい、
「M」って「松岡正剛」じゃないか!!
こんなに重いのか!!!と、嬉しく思ったものです。
(と、同時に震えました笑)
しかしMの字は重しとなり、秦をがんじがらめにしていた。そんな秦に向かって、師範の嶋本昌子は、伝習座という場で、熱にうかされた少女のように語り始めた。
「指南も良いし、人柄も良いし、(ため息)……おまけにビジュアルまでイイっ。秦師範代は、欠点がない。欠点がないのが欠点なんです!」
自他共に「惚れっぽい」と認める嶋本が、秦を公然と口説きにかかったのかと本楼全員が息を呑んだ時、嶋本は突如モードを替えた。
「もっと変態なとこ、見せたら?」
さすが一部から「S本」と呼ばれる女傑である。SはサディストのSだ。嶋本は「M型」のMをマゾヒストのMに見立てたのだ。
イシス編集学校が大事にしているのは、「欠点のない強さ」ではなく、弱さ、フラジャイルだ。
《弱々しいことそれ自体の中に、なにか格別な、とうてい無視しがたい消息が隠れている》(『フラジャイル』)
フラジャイルは編集の機だ。編集は弱さから出発する。ドS嶋本の「あなたには欠点がない」という評は、「あなたは編集をしているの?」という激烈で苛烈なメッセージだった。
秦は勧学会で、<教室名「M型」のヒミツ>と銘打ち、教室名の感想を求め始めている。だが依然として、M=松岡正剛のままだ。「48守で一番かっこいい教室名」と自慢したところで編集は動かない。デザイナーズのジャケットを脱ぎ捨てて、秦なりの「M」を探す必要がある。
用法語りで「用法4は問いの技法である」と言い切った師範の角山は、秦に「問い」をぶつけた。
「M型のMってなに?」
「Mは松岡校長の……」
「本当にそれだけかな? そうだ、Mはさ、M字開脚のMだよ! だったら股をガパッと開かないとね」
動揺する秦に、角山は畳みかけた。
「Mを図形とみれば、山あり谷あり、とか。ラクダのコブにも見えるなあ。M字ラクダに乗って学衆と旅に出ようぜ!」
困惑した秦が、おずおずと続けた。
「学衆さんの中に、M→M字ハゲ→ドラゴンボールのベジータ、と見立てた人がいましたけど……」
M型スピリッツのMは、M字ハゲのM。M=松岡正剛と思い詰めるよりずっといい。何よりそこから、連想が広がっているではないか。
S本が横から付け加えた。
「じゃあこれから、ドMのMでいくで!」
ドMとなった秦の開脚した「あいだ」から、さて何が飛び出すか。Mの別様の可能性はとめどがない。カッコ悪くていい。コケたっていい。思い切り開脚したところから、秦とM型スピリッツ教室の、もっと!(Motto)でモード(Mode)な編集の日々が加速するはずだ。
「校長、文楽を見なさいなんて、なんであんな具体的なこと、口にしたんやろ」
嶋本もまた、校長の言葉を「問い」と受け止め、思考を加速させていた。師範代だけではない。伝習座に集った者全員が、カワル。加速する。
(文・嶋本M子×角山S道)
角山祥道
編集的先達:藤井聡太。「松岡正剛と同じ土俵に立つ」と宣言。花伝所では常に先頭を走り感門では代表挨拶。師範代登板と同時にエディストで連載を始めた前代未聞のプロライター。ISISをさらに複雑系(うずうず)にする異端児。角山が指南する「俺の編集力チェック(無料)」受付中。https://qe.isis.ne.jp/index/kakuyama
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