「忌まわしさ」という文化的なベールの向こう側では、アーティスト顔負けの職人技をふるう蟲たちが、無垢なカーソルの訪れを待っていてくれる。
このゲホウグモには、別口の超能力もあるけれど、それはまたの機会に。

「式目演習の調子はどうだい?」
「式目演習の調子はどうだい?」
入伝生がそう問われたなら、自分と道場の状況を思い浮かべるだろう。答える言葉を選ぶとき、そこには「メトリック」が起動している。
メトリックは花伝式目のひとつである。metricの語は測定や距離を意味し「測る」を原義としている。メートル、メトロノーム、バロメーターとも同根の言葉だ。編集工学においては「測度感覚」とされ、花伝所では「程(ほど)」の字をあてる。
師範代の指南でも、いくつものメトリックを重ね、測ることによって、学衆の回答の持つ意味やイメージを読み解いていく。
「式目演習の調子は数字で分かる?」
M3演習の初日、くれない道場に突如、「発言スコア」を集計したISIS版セイバーメトリクスが届けられた。花目付・深谷もと佳からの差し入れである。
測定しているのは、応答速度、発言数、自由発言量、振り返り(FB)発言量だ。これらの測定値に簡素な関数をかませて「冗長度」「発言頻度」「言語密度」を導出している
そこには、演習の調子が、詳細な数値としてスコアされていた。数字だけに囚われてしまえば、適正値に照らした正誤判断や、数だけを求めるいいね信仰に陥いるだろう。しかし、深谷は一人ひとりの数値を解釈し、言語化する。
──オンダは探究心を全開
──イナモリは雑談から思考を加速させる芸風
──イズミは道場で唯一「交流活性型」で場をホストする意識が高い
といった「見方づけ」を忘れてはいなかった。
そんな深谷スコアを受けて、くれない道場の花伝師範・中村麻人は「測るということの冒険」と評した。数理の人である中村自身も「データサイエンスモードに着がえ読みスジを共有したい」と企む。読みスジとは、情報を解釈するための「測り方」と言い換えることもできる。
データに読みスジが加われば、調子を読み取れるカプタ(解釈可能な情報)に変わる。「ナマの数字」ではない「読みスジ含みの数字」には、メトリックが躍っている。
「調子を『いじりみよ』?」
先ごろ、入伝生たちは師範代をもどき「いじりみよ」指南に取り組んだ。
「いじりみよ」とは、編集対象の「位置づけ・状況づけ」に対し、「理由づけ・見方づけ・予測づけ」を紡ぎ出すための創文の型である。
編集対象は、かならず何かしらの状況の中に位置づけられている。日本の私、蛍の光、窓の雪。私は日本という状況に置かれ、光は蛍のお尻に灯り、ただの雪ではなく窓の雪なのだ。その佇まいや趣きや動向、すなわち調子を「型」で読み解くことで、書き手独自のメッセージになっていく。そのときの「型」選びの意識こそが、メトリック感覚だ。
メトリックとは畢竟、どんなモデルで情報を分節化するかという、検討と決断の方法である。
学衆は、いくつものメトリックを試行錯誤し創文する。師範代は、メトリックからの要約と連想を促し、ときに別様のメトリックを示唆していく。
「君と世界の調子はどうだい?」
「君と世界の調子はどうだい?」
ユクスキュルのトーン概念を借りれば、「どんなトーンで世界を感じているんだい?」と言い換えたっていいだろう。
トーンというのは、動物たちがその世界像をもつための特定フィルターのようなものだ。たとえばミミズを捕食するカエルにとってのトーンは数センチの棒状のものとの出会いがつくっているトーンである。だからカエルはミミズとゴム屑をまちがえる。ムクドリにとってはハエの飛びぐあいのトーンがムクドリの世界像をつくるフィルターになっている
ユクスキュルはこのトーンとしての調子フィルターを「意味」ともよんでいる
735夜『生物から見た世界』ヤーコプ・フォン・ユクスキュル|松岡正剛の千夜千冊
「調子はどうだい?」
いくつものメトリックを重ね、その問いに応じてみてほしい。
そこには「意味」が生まれるのだ。
文・アイキャッチデザイン 阿久津健(錬成師範)
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