158年前の7月4日、ルイス・キャロルはイギリスの川辺で少女アリス・リデルに即興の物語を聞かせていた。3年後に出版されることになる『不思議の国のアリス』のこと。それから158年後の7月4日、金平糖の天の川が流れる本楼スタジオで風韻講座の連衆はオンラインで豪徳寺を吟行し、夏を詠う。不思議の国とは言わないが、そこには近所の異世界があった。
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俳句の本来と逆選王
仄明書屋の名物稽古といえば、皆で本楼を飛び出しそぞろ歩いて行う吟行である。しかし、今回はオンラインで行う新しい稽古スタイル。「詩を読む、句を作る、文を書くとは本来リモートである。イマジネーションとはもともと思い浮かべられるもの」と口火を切る松岡校長。オンラインであるからといって、俳句の本来が失われたわけではないのです。
オンライン吟行で詠んだ21首が出揃い、連衆はその中から「天・地・人・逆選」を1つずつ選ぶ(上)。「五票入りました」オンラインで投票を華麗に取り仕切るのは衣笠純子(下)。このあと風韻講座の歴史を塗り替えるほどの票を集めた逆選王も誕生し大波乱が巻き起こる。
松岡正剛の俳句指南
吟行は同じものを見ているもの同士が批評し合い、天・地・人・逆選で評価をする。これがとても面白い。しかし、推敲するとはまた別の話。芭蕉もとても推敲する人であった。今日は「こういう風に直したほうがいい」というのではなく、歌や俳諧や句や文章の推敲の仕方は色々あるということで皆の句を見ていきたい。
「余韻や余情というように思いを余してみようとすると言葉が出てくる」
一人一人の声を聞き、赤と青のペンを交互に持ち替えながら二十一句の寸評をする。
連衆の目となり、手元をアップで押さえるカメラ。松岡校長から直接指南が贈られるのは、この風韻講座 仄明書屋だけ。
帯に恋して
十七音で世界を謳うように帯という部分には全体が表れる。本には何でも入るように、帯には宇宙も宿る。
大武美和子緋連雀の帯には涼しげにめだかが泳ぐ。
緋色の帯に黄色い帯締めをあわせて福澤美穂子黄連雀。
そして夜空のような着物に、(マラルメの)サイコロの帯留めを振るのは佐々木千佳局長。
木村久美子月匠は、もちろん月の帯留め。コーディネートしたのはしつらいだけではない。
夕星が二つ煌めく小池宗匠の帯。
虚にして満ち、実にしてまた空しき
小池宗匠による仄明書屋歌話。『言語物質論(い)詩を読む プラネタリーブックス7』(工作舎/松岡正剛)の目次「原地球には原始音が立っていた」「言語にはわれわれのあずかり知らない宇宙的プロセスがたたみこまれている」を基軸に北原白秋(一〇四八夜)の詩を読んでいく。
白秋の詩集『海豹と雲』を展く。序文にはこうある。
虚にして満ち、実にしてまた空しきを以て、詩を専に幻術の秘義となるであらう。
空虚なのに満ちている、充実しているのに空っぽである。相反する虚と実。これこそが詩のロジックの秘密であると白秋は語っている。詩「水上」を読んでみるとよくわかる。
水上
水上は思ふべきかな。
湯津真椿など古めかしく感じられる言葉が並んでいる。これは古い時代を新しく褒めるということ。古いのに新しい。ここにも相反が認められる。
さらに後記を読む。
一音の言葉にも広大の宇宙がある。此の宇宙をわたくしは日夜に検鏡しつつ、人知れぬ驚喜と嗟嘆とに我が身内も顫へつつある。つまりは言霊の生命といつても眼に見えぬ微塵数の原子から発すること、かの細菌の作用と同一に、わたくしには空おそろしくさへ考へられる。
目に見えないものの中にも宇宙がある。部分が全体を担う。これは千夜千冊エディション『宇宙と素粒子』の追伸「宇宙と素粒子は一緒くたである」に通じているものがある。
『海豹と雲』が刊行されたのは昭和四年。「かの細菌」とは、その十年前に流行したスペイン風邪を指しているのだろう。言葉も細菌も、その作用の凄さに白秋は畏怖の念を感じている。
虚しくも満ちていて、古くて新しい。
言葉と宇宙と細菌。昭和四年と令和二年。北原白秋と松岡正剛。
そのあいだを丁寧に縫い込んで、その縫い目を寸分も見せずに連衆に手渡していく。
一日の終わりの振り返りで「小池師範にとって新しいとは?」という問いを投げかけた連衆がいた。その問いかけに対し「一番古いものが多分一番新しいと思っている。循環しているのだろうと思う」とさらりと応じた。白秋のロジックには小池宗匠の秘密も隠されていたのかもしれない。
後藤由加里
編集的先達:小池真理子。
NARASIA、DONDENといったプロジェクト、イシスでは師範に感門司会と多岐に渡って活躍する編集プレイヤー。フレディー・マーキュリーを愛し、編集学校のグレタ・ガルボを目指す。倶楽部撮家として、ISIS編集学校Instagram(@isis_editschool)更新中!
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