蝶ネクタイの司会のもとに、白封筒が届く。格式あるアカデミー賞の仕立てで、林頭・吉村堅樹がK-1のリングアナウンサーばりに煽る。挑戦者は、和泉佳奈子・奥本英宏・中村まさとしらレジェンド審査員と観客のまえで、5分間のネタを披露する。この仕組みはM-1グランプリもどきだ。イシス編集学校 第75回感門之盟でのひと幕である。
▲本楼には特設の舞台も設置され、さながらテレビスタジオのよう。
いつの間にか「P1グランプリ」と呼び名が出世魚した、45[破]ハイパープランINFORM。このアワードは、[破]の総仕上げ「プランニング編集術」から生み出された架空のハイパーミュージアムをお披露目し、そのユニークネスを競い合うコンペである。
このコンペの歴史はまだ浅い。[破]では、大きな4本のカリキュラムのうち文体編集術および物語編集術の2つで「アリスとテレス賞」というアワードが用意されているが、プランニング編集術にスポットライトがあたることはなかった。
しかし、プランニングこそ社会的な評価が必要だろうとの意見から39[破]から別院にて優秀作に講評がつけられるようになり、41[破]ではついに感門之盟に進出。東京五反田にあるDNPホールの3面スクリーンをバックに、正装した師範代と学衆が敏腕営業マンよろしく、校長・松岡正剛や総匠・太田香保のまえでプランを売り込むようになった。
このリアルプレゼン方式が、この45[破]ではさらにハイパーに進化したのだ。
「語りだけでは物足りない。ありったけの演出を凝らしてほしい」
これが感門ディレクター吉村からのお題だった。感門之盟がオンライン配信になったならば、プレゼンの編集方針だって変わる。映像も使える、音も流せる、芝居だってしてもいい。ルールの変更によって、使えるツールが無制限に増え、本選出場を果たした3チームはこれぞ突破者といえる数々の工夫を凝らした。
■分針タンブール教室 「らくがき・ザ・ワールド」
トップバッターは、ライブペインティングで会場の注意のカーソルを鷲掴みにした。らくがきのある暮らしを提案するのは、分針タンブール教室学衆・蒲池卓巳だ。スライドに映し出されるのは、漆喰で塗られたような真っ白の街区。ここに思いっきり落書きができるという街ぐるみのミュージアム。
本職で図書館長を務める師範代・天野陽子が、リズミカルに意図を解説してゆく。「してはいけない」と本来禁止される落書きにこそ、他者とコミュニケーションを取りたいという人間の切なる欲求が発露したものではないか。「壁や店先にらくがきを描いてもよい」という言葉に呼応するように、天野の背後では黒板から小気味よい音が響く。師範井田昌彦が赤青黄色のチョークを片手に幼心炸裂するお絵かきの真っ最中。
プレゼンの後半では、天野が白いポスカに持ち替えてアクリルボードにむかう。テニスプレイヤーがカメラに直接サインをするかのような演出で、らくがき越しに見る世界を立体的にパフォーマンスしてみせた。
▲予期せぬPCトラブルにも見舞われたが、即座に間をつなぐ対応力が光った天野(写真左)。無言でお絵かきをする井田(写真右)の背中は、前衛演劇。
▲マイクを井田にバトンタッチし、天野はポスカを手にした。
▲視聴者にはらくがき越しの舞台が見えた。描かれたのは、プランのもととなった1377夜『モモ』(ミヒャエル・エンデ)より、亀と時計のモチーフ。
■雑品屋クロス教室 「ここからだ」
つづいては、辛口審査員・和泉佳奈子も「メディエーションが素晴らしい」と思わずはしゃいだ会心のパフォーマンス。
「レポーターの牛山です」と師範代牛山惠子が登場。牛山が呼び込んだのは、”館長”の宮坂由香。視聴者とともに、学衆・宮坂が考案した「ここからだ」というミュージアムを探訪するテレビ番組風の仕立てだ。
実際の舞台で靴を脱ぎ、スマートウォッチを装着するレポーター牛山。すると、模型が大写しにされた。牛山が叫ぶ。「うわ〜床がぐにゃぐにゃ!」 牛山がバーチャルで体験したのは、コロナ禍で鈍った身体感覚を刺激する設備。この模型は、工務店に務める師範北原ひでおが本職の技術を生かして30年ぶりに作った力作である。
また、ミュージアムで計測された身体スコアをアートとして表現した身体曼荼羅とでも呼ぶべきビジュアルも実際に用意され、稽古でのアイデアを具体物に表象する熱量が際立った。さらには途中、教室の学衆も”ライブラリアン”として応援演説に駆けつけるなど、ロールとツールがひときわ色鮮やかなプレゼンだった。
▲ミュージアムでの魅力を全身で表現した牛山(写真左)と、とびきり華やかな声で視聴者を魅了した宮坂(写真右)
▲登場するだけで、場のこわばりをほどく北原(写真右)。中央には、七色に彩られた身体図や陰陽五行図が見える。
■つぐつぐアーク教室 「「シ」に出会うミュージアム」
ラストを飾ったのは、「シ」の奔流で視聴者をのみこんだ重厚なプラン。
プロローグで耳に飛び込んでくるのは、「し、し、し、し……」という子どもの無邪気な声。そして、スライドに連打されるのは「逃れることのできない、この死そのものに関して私は何一つ知らない」
(ブレーズ・パスカル)など、死にまつわる無数の言葉。
「シ」は、「死」であると同時に「詩」であり「視」であり「子」でもある。そこには「史」があり、やがて「師」となり、「志」となるでしょうーー。
「死」という究極的なテーマを多様に言い換えていったのが、つぐつぐアーク教室学衆・西村洋己だ。その多層性は、本楼での朗読パフォーマンスに凝縮された。「プレゼンするのは同教室のメンバーに限る」という暗黙の固定概念を軽やかに跳びこえ、プレゼン終盤に登場したのは4名の古参師範。花目付・深谷もと佳、45[破]師範・野嶋真帆、そして45[破]師範代・古野伸治、ドラマー・浅羽登志也らは、当日の朝、師範福田容子に『想像ラジオ』の一節が記されたレジュメを押しつけられ、突然の朗読に応じることとなった。
そして、言葉の海を割ってモーゼのように現れたのが師範代・三國紹恵。三國は自身の教室名を重ねながら、いとうせいこうによる小説『想像ラジオ』の主人公・DJアークになりきって「死を想像せよ」とのラストメッセージをしっとりと語りかけた。
▲自室からプレゼンをする西村。背景には『ちいさいおうち』などの絵本が並ぶ。
▲時間差で輪唱のように重なる言葉たち。左から深谷、古野、野嶋、浅羽。
▲憑依型三國の語りには、会場全体が水を打ったように静まった。
◆ ◆ ◆
3チームともに、教室の力を結集した渾身のプレゼンとなった。審査は割れた。3名の審査員が、異なる札を上げる。決め手となったのは、リアルタイムで投票された視聴者票。この貴重な1票を「シに出会うミュージアム」が奪い、優勝が決定した。
▲本楼にて、投票を呼びかける感門団の米田奈穂。2分間の投開票の作業では、Zoomチームのリーダー後田彩乃がシステム調整にあたり、また、プレゼン本番の画面スイッチングに関しては数秒単位での指示書をこなすテクニカルスタッフの尽力があった。裏方の力添えあってのハイパーだった。
本楼撮影:後藤由加里
画面キャプチャ、感門団写真:梅澤奈央
タイトルロゴ:穂積晴明
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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