【AIDA】KW File.02「エリー湖とDUST」

2020/10/30(金)10:42 img
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KW File.02「エリー湖とDUST」(2020/10/17.第1講)

本コーナーでは、Hyper-Editing Platform[AIDA]の講義で登場したキーワードの幾つかを、千夜千冊や編集学校の動向と関係線を結びながら紹介していきます。

松岡座長:
われわれは、大きな境界ではなく、小さな際を作りなおさないとダメだろうと思います。そうしないと何が起こるか。エリー湖と夢の島です。

 座長の言うエリー湖とは、グレゴリー・ベイトソンの『精神の生態学』に登場する譬えを指している。エリー湖はアメリカの五大湖のひとつで、長野県と新潟県を合わせたほどの大きさをもつ。1950年代以降、アメリカの工業用排水と家庭用排水を受けとめ続け、やがて水質汚染が深刻な問題となった。編集学校でコースの受講を重ねると、いつしか出会うキーワードでもある。

 「生命と文明のAIDA」というテーマが掲げられた今期、SeasonⅠの座衆は、開講前に2冊の課題図書『情報生命』『文明の奥と底』を読破することを求められた。『情報生命』第1章(0446夜)から引き出された見方が、座長講義の語りによって深まり、世界を捉えるための方法として昇華されてゆく。核燃料廃棄物、いじめ、芸能人の自殺…、一見ばらばらに見える問題群に通底するアティテュードが見えてくる。

松岡座長:
東京にも、夢の島という場所があります。そしていま、核燃料廃棄物の捨てどころを探している。いじめもDUSTのシステムです。
お前がDUST扱いをしただろうといって犯人捜しをしても始まりません。誰かを犠牲にするような構造、ムードや評判ボタンがある。何かをDUSTにしようとしている思想そのものに限界があるんです。

 ベイトソンのエリー湖の譬えは、『精神の生態学』の終盤、「エピステモロジーの正気と狂気」という章に登場する。精神衛生学会(1969年、ハワイのイースト=ウェスト・センター)での口頭発表をもとに起こされたテキストだ。

松岡座長:
ベイトソンが言ったのは「都合の悪いものはすべてエリー湖に捨ててきたが、アメリカが今こうしてあるのは、つまりエリー湖のお陰ではないか。ゴミを引き受けたエリー湖がなくなったらどうするんだ」ということです。

 編集学校では、[守]の早い段階で、システムという見方についてのヒントを学ぶ。システムは境界を持ち、その外側に環境を持つ。しかし、我々はときに、DUSTをDUSTにするためだけに境界を引き直しているのかもしれない。

生き続け死に絶える単位は「生物プラス環境」です。環境を滅ぼす生物は自らを滅ぼす。このことを、いまわれわれは苦い経験を通して学びつつあるわけです。(『精神の生態学』)

生存ユニットを誤認するという認識論的誤謬が、この世界に何をもたらすか考えてみてください。種対種、種対環境という対立の構図が思考の中に定着したその結果、カネオーイ湾(オアフ島)の汚染と、エリー湖全体のヘドロ化と、隣人殺戮のための巨大な原子爆弾の製造が起こるということは、実によく納得の行くところであります。雑草のエコロジーというものがあるように、粗雑な観念のエコロジーというものがあって、システムが基本的なところで誤りを抱えていると、それは全体に波及せずにはいないのです。悪性の観念は、生命組織にやどる寄生植物のように根を下ろし枝を這わせて、システム全体をまったく違った姿に変えてしまうのであります。(『精神の生態学』)

 ベイトソンは、習慣によって強化される観念が、我々の行動に与える影響に警鐘を鳴らす。誰かにDUSTを押しつける横暴、誰をもDUSTと特定できない場合に、システム自体に悪をなすりつけるナンセンス。エリー湖の「狂気」があらわになった50年前、ベイトソンが東洋に探し求めていた「正気」は、いまの日本にも生き延びているだろうか。

 先の引用の続き、最も心に刺さる一節は、ぜひ千夜千冊 0446夜 のラストから参照していただきたい。

松岡座長:
あるプロセス全体に関わるすべて、主語も述語も形容詞もゴミも含めて、文脈を成立させているすべてを引き受けるのがエディティングです。それをみなさんと、そしてたくさんの書物と共にやってみたい。それが、Hyper-Editing Platform[AIDA]です。


  • 加藤めぐみ

    編集的先達:山本貴光。品詞を擬人化した物語でAT大賞、予想通りにぶっちぎり典離。編纂と編集、データとカプタ、ロジカルとアナロジーを自在に綾なすリテラル・アーチスト。イシスが次の世に贈る「21世紀の女」、それがカトメグだ。

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