「子どもにこそ編集を!」
イシス編集学校の宿願をともにする編集かあさん(たまにとうさん)たちが、
「編集×子ども」「編集×子育て」を我が子を間近にした視点から語る。
子ども編集ワークの蔵出しから、子育てお悩みQ&Aまで。
子供たちの遊びを、海よりも広い心で受け止める方法の奮闘記。
たんたんめん
8年前の6月、編集かあさんは小学校1年生の教室でみんなといっしょに、ひらがなやカタカナの授業を受けていた。
赤ん坊の時から集団が苦手だった長男が教室に入れず、付き添い登校をしていたのだった。
「みなさん、今日のひらがなは<ん>です。んのつく言葉を言える人、手をあげましょう」
担任の先生が明るい声で呼びかけた。
「はい」
「ハイ!」
「はーい」
次々に手があがる。
「キリン」
「ごはん」
「ラーメン」
言葉がどんどん並んでいく。体を固くしたままの長男を一瞬忘れ、白いチョークで書かれた言葉の群れを眺めていると、先生と目があった。
「よかったらおかあさんも、どうぞ」
当てられて驚いた。先生はにっこりしながら待っている。せっかくだからできるだけたくさんの<ん>の入った言葉を出したい。アタマをフル回転させて「たんたんめん」と答えた。
「いいですね!」
先生がそう言って、黒板に「たんたんめん」と書いた。長男の雰囲気が少しゆるんだような気がした。
葉脈と文字
言葉を出しあったあとは、ひらがなワークブックを使って、書き取り練習をする時間になる。長男の手は動かない。強く促してもうまく書けず、イライラしてめちゃくちゃにしてしまうこともあった。
「よく見て」と何度も声をかけているうちに気がついた。文字に、視線がほんの一瞬しかとどまらない。もしかしたら植物が大好きな長男にとって文字は、葉っぱや実とは違って、特にワクワクする情報を引き出せない「よくわからないコード」なのかもしれなかった。
文字とは何か、そこから教えてみよう。文字と自分との間に関係線を引くことができればカワルような気がした。
シダの葉をめくるとびっしり胞子嚢がついている
文字はスゴイ
学校ではなく、家で、夕食後のゆっくりした時間に「もじの話」を始めた。かあさんの仮説入りである。
まず、文字は昔の人が「こういうモノがあればいいな」と思って作りだした「スゴイ発明品」であることを伝えた。
当然ながら1年生を苦しめるために用意されたものではない。
道具だから、お箸や包丁と似ていて、使えるようになるまでに時間がかかる。でも使えるようになったらそれなしではいられない。
文字とはそういうものなのだ。
「1」をめぐるイメージ
白い紙とペンを持ってきた。人差し指を一本立てて見せ、これが何かを尋ねてみる。長男は「いち」と答えた。
そう、「いち」だね。紙の真ん中あたりに、指の絵を描いて、そこから線をのばして「いち」と書いた。
「いち」は、「い」と「ち」を並べて書くと説明する。「いち」は別の言い方もあるよね。そう、ひとつ。「ひ」と「と」と「つ」を並べて書いたら、「ひとつ」になると伝える。
指の絵をかくのはちょっとむずかしい。しかも伝わりにくい。
「りんごを一個ください」ということを言いたい時は、りんごを一個書くほうがよさそう。「サイコロで一が出ました」という時はサイコロの絵を描いたらいいかもしれない。でも、やっぱり絵を描くのはちょっと大変。
ここで、昔の人は考えた。何にでも使える「1」のイメージをもっと簡単に表す方法を発明したらよさそうだって。
それで、5000年ぐらい前の中国大陸で発明されたのが漢字で、1は「一」と書くことにした。
これは便利だと多くの人が思った。絵が上手じゃない人でもすぐに書けるようになる。この「約束事」は広まっていった。広まれば広まるほど、便利になった。
1500年前ぐらいに、海を越えて日本にも「一」が伝わってきた。「いち」という言葉はたぶんその時に一緒に来たんじゃないかと思う。文字を使っていなかった時代の日本では、たぶん「いち」のことは「ひとつ」と言っていて、「ひぃふぅみぃよ」と数えていた。
「1」をめぐるイメージサークル。8年前の紙は失われていたので、
長女に話しながらふたたび書いてみた
文字には種類がある
英語を使う人なら、この指を絵を見たら「ワン」と言うと思う。「ワン」は、カタカナで書けば「ワ」と「ン」だけど、英語では「one」と書く。日本語とはぜんぜんちがう書き方だ。
いち、イチ、ひとつ、一、1、one、ワン、りんご一個、棒がいっぽん。言い方は違っても、アタマの中に思いうかべているイメージは似ているというのが、すごくおもしろいとかあさんは思う。
それで、キミが今学校で習い始めたのが、世界中にいろいろある文字の中の一つ「ひらがな」。
これは中国で発明された漢字を日本流にアレンジしたもので、けっこう書くのがむずかしい。これから先はカタカナや漢字も出てくる。
すごく「約束事」が多いから、小1から中3までかけて少しずつマスターしていこう、そういうことになっている。
文字は、子どもを苦しめるために生まれたんじゃなくて、それがあるからピラミッドが建ったり、ロケットが宇宙に行ったりするようなすごい発明品であり仕組みだということ、覚えていてほしい――。
どれぐらい伝わっただろうか。長男はだまって聞き入っていた。
「2」や「3」について書いた紙は残っていた。
情報どうしの間の線は長男がひいた形跡があった
構造と「らしさ」
小さなホワイトボードを買った。
学校の進みかたとは距離をおいて、一日一文字、50音図をベースに発音と文字を対応させて教えていった。
「あ」は「あ」。「い」は「い」。「う」は「う」。
「い」の絵はイチゴの絵を添えたりして注意をひいた。
50音表をベースにしたのは、小学校では「し」や「つ」など、構造が簡単な字から順に書き方を教えていくが、長男独特のモノの見方を考えると「全体構造」から入るほうがいいと直感したからだ。
谷川俊太郎さんと堀内誠一さんが共作した『かっきくけっこ』には「行」ごとの「らしさ」を生かすという点で大きなヒントになった。小さなころに読んでいて、しばらくしまいこんでいたが、もう一度出してきて、何度も声に出して読んだ。
『かっきくけっこ』より「あ い うー えー お」
「わっ いーうえ おっ」
もう一冊、大きな助けになったのが安野光雅さんの『もじあそび』だった。
50音表についてはこう書かれている。
46ある文字を「きれい」にならべたものが「あいうえお」。
「あいうえお」は、ことばとはかんけいなく、もじのおとのじゅんばんに ならべたものですから、いみはありません。
一つずつでは意味はないのだけれど、タテ、ヨコ、ナナメ、いろいろにつないでみると「かき」や「きく」など思いがけない言葉をみつけることができる。本に書き込みしながら、みつける遊びを何度もした。
『もじあそび』より。長男の読み跡に長女の落書きが重なっている
おそらく長男は教科書の五十音表をどう受け取っていいかわからなかったのだろう。が、この一冊で徐々に理解していった。
ワカルとカワル。文字が体になじんできた。
いよいよ「話し言葉」と「書き言葉」をいったりきたりする日々が始まった。
<編集かあさん家の本棚>
◆アイキャッチ画像
『かっきくけっこ』谷川俊太郎 作・堀内誠一 絵、くもん出版
どのページも震えます。特に「ん」のページがすばらしい。
言葉に興味があれば、一度は手に取ってもらいたい本です。
『もじあそび』安野光雅 文/絵、福音館書店
トラの絵があって、右半分はシルエットになっています。
このとき「と」はトラの「と」なのです。
「もじ」とは何かをどうやって説明するか。考え抜かれた答えの一つだと感じました。
松井 路代
編集的先達:中島敦。2007年生の長男と独自のホームエデュケーション。オペラ好きの夫、小学生の娘と奈良在住の主婦。離では典離、物語講座では冠綴賞というイシスの二冠王。野望は子ども編集学校と小説家デビュー。
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