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おしゃべり病理医 編集ノート - コロナ禍の米津玄師考
- 2020/09/18(金)10:22
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「自分の音楽家としての活動は、基本的に不要不急」
松岡正剛と同じことをさらっという米津玄師はかっこいい。最近、我が家は全員で米津にはまっている。特に最新アルバムに収められた最後の曲「カナリヤ」は全員のお気に入りで、疲れたり自信を失ったときに聞きたくなる静かなバラードだ。
いいよ あなたとなら いいよ
二度とこの場所には帰れないとしても
あなたとなら いいよ
歩いていこう 最後まで
SNSの「いいね!」ではない。いいよ、いいよ、という連呼に、とても深い沈静効果がある。優しい気持ちになり、体の緊張がほぐれてくるのを感じる。家族でなんていい曲なんだろうねとしんみりする。
最近、米津玄師がコロナ禍中に外界との接触を断って創ったというアルバム『STRAY SHEEP』が発売された。読売新聞(2020年8月8日)に2ページにわたってインタビュー記事が載っていた。彼の楽曲は、お囃子的なリズム感と連句のようなフレーズ、そして、不思議な転調を繰り返す独特のメロディーが特徴だと思うが、彼のコロナ社会に対する見方と作曲に対する姿勢について深く共感した。
無邪気な季節は過ぎた
ウィズコロナの今を米津は、そう表現する。「季節」と表現するその感性には日本らしさが漂い、彼の楽曲に諸行無常を感じる所以かと思う。
米津は、コロナで混沌とする世の中を見ていて、ピュリツァー賞を受けた「ハゲワシと少女」という写真を思い出したそうだ。貧困で激やせした少女と彼女を背後から狙うハゲワシ。その両者の絶妙なディスタンスを切り取った写真である。「(悠長に写真なんか撮っていないで)なぜ助けなかったのか」というバッシングを受け、写真家のケビン・カーターはその後自殺している。
見て見ぬふりをしてきた人たちが、その現実をどう受け止めていいかわからなくて、ふたを開けた人間を攻撃したがるのではと米津は言う。今の社会も基本的にそれと同じなのではないか。自粛警察のように、ほんの少しの傷も許さず、清く、正しく、美しくこの世の中は回っているんだと思い込みたい人による、正義の名を借りた他罰的姿勢であると。
とても鋭い指摘である。世の中はさほど品行方正にできあがっているものではない。そんな邪気あふれる偽善的な社会において、虐げられる人間と虐げる人間の雑な二項対立的な状況下においてはつねに虐げられてきた人たちの側につきたい。そのためにどんな音楽を創ればいいのかを模索する。カナリヤという曲にはたしかに、弱者を救済する力があるように思う。
後ろめたさをカムパネルラに託す
カナリヤは最後を締める曲であるが、アルバムは、「カムパネルラ」という曲で幕を開ける。もちろん、あの宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』
に登場するカムパネルラだ。
前アルバムから3年経つが、その間自分の前を通り過ぎていった人たちがどれほどいるのかを考えたとき、もしかしたらこの世からいなくなってしまった人たちもいるんじゃないかと想像すると、自罰的な気持ち、申し訳ない気持ちになった。そんな生きていることに対するある種の後ろめたさに対し、個人的な墓標を立てるためにこの曲を創ったという。
『銀河鉄道の夜』は千夜千冊でも取り上げている。宮沢賢治は、“七転八倒の推敲編集”の末にこの物語を完成した。賢治は最初からジョバンニとカムパネルラの「少年の束の間の葛藤」を香ばしく描きたかったのであろうが、執筆の最中、ジョバンニの日々と劣等感を冒頭に持ってくることで、カムパネルラの行方を考え、最終的にカムパネルラの不慮の死が想定されたのだろう。米津は、ジョバンニの心持ちで、カムパネルラに存在の後ろめたさを託したのだろうか。そんな米津の魂胆と銀河鉄道の夜を思い描きつつ、再度「カムパネルラ」を聴くと、いつもと違った感慨に浸る。「死」がずっと身近に寄ってくる感じ。一方で、死ですら、時空に縛られ変わっていく現象のひとつであるという諸行無常感と宇宙のゆらぎ。
カムパネルラ 夢を見ていた
君のあとに 咲いたリンドウの花
この街は 変わり続ける
計らずも 君を残して
(中略)
あの人の言う通り わたしの手は汚れてゆくのでしょう
追い風に翻り わたしはまだ生きてゆくでしょう
終わる日まで寄り添うように
君を憶えていたい
面影編集
米津の感性には、日本らしさが漂うといったが、それは彼の作曲の姿勢にもあるように思う。
日本人だからこそ、J-POPとして音楽を作りたいと思っていたという。歌謡曲をはじめ、先人たちが積み上げてきたものを繙きながら作曲をする。寂しさや静けさを感じる「蛍の光」であるとか、そういった懐かしい日本的な何か、歴史に根ざしているものを自身に取り入れ、ブリコラージュする。つまりは、翻案でもあり、彼の話を聞いているとたしかに「カムパネルラ」も含め日本的な懐かしい情景を面影として捉えながら、物語にしていく。それが米津玄師の曲がどんなに斬新なメロディーやリズムを纏っていようとも懐かしく感じられる所以だろう。
松岡校長は、面影は、リモートであるという。つまり、「不在の存在学」であり、「見えないものが見えてくる観望」である。みなさんは、お気に入りの音楽を聴いて、どんな「きのふの空のありどころ」を思い出し、誰が恋しくなるでしょうか。

イシスひつじ