【近大文楽】義太夫三味線レコーディングの段

2022/05/15(日)09:03
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とざいとーざい。このところ近大文楽プロモーション撮影、義太夫三味線レコーディングの段。あいつとめまするマネージャー・編集工学研究所橋本英人、プロデューサー吉村堅樹、ディレクター小森康仁。とざいとーざい。

 

古来、世界各地にはあまたの芸能芸術がある。そのなかで、松岡正剛が世界最高峰と言って憚らないものがある。それが文楽(人形浄瑠璃)である。主遣いや黒衣たちが三人がかりで人形を遣い、義太夫が語り、三味線が奏でる。その渾然一体となった動きの連なりに、松岡は「阿弥陀来迎の眷属や雲中供養菩薩のオーケストレーションの協奏のごとくに美しい」「身体芸術の最高の総合化」と陶然と酔う。

 

竹本義太夫や近松門左衛門、植村文楽軒らが、人形浄瑠璃を極め付きの芸能に洗練させた地が大阪だ。この春、その大阪に位置する近畿大学の図書館のプロモーション映像を編工研が手掛けた。語りはオリジナル、曲もあらたに作られたもの。プロモーション映像の公開にさきがけて、その撮影の様子を3つの段に分けて遊刊エディストでお披露目する。

 

【近大文楽】義太夫三味線レコーディングの段(5月15日公開)

【近大文楽】三味線・鶴澤清志郎インタビューの段(5月19日公開)

【近大文楽】吉田玉男一門、図書館ロケの段(5月21日公開)

 

◆ ◆ ◆

 

大阪道頓堀から歩くこと約15分、若者の喧騒が三味線の音に変わった。令和4年弥生某日、国立文楽劇場にほど近い銀山寺である。人形遣いとして人間国宝となった初代吉田玉男師匠が眠るこの寺で、近大文楽のレコーディングが行われた。

 

大阪メトロ谷町線 谷町九丁目を下車して、徒歩数分。住宅街のなかに銀山寺の山門はある。

 

3月にして最高気温は21.1度を記録した夏日の収録となった。

 

銀山寺内の多目的会館が会場。朝7時台の新幹線で駆けつけた編工研小森・橋本・吉村が中心となって設営を行う。スチール撮影は、大阪吹田から駆けつけた木藤良沢。

 

◇ ◇ ◇

 

その舞台に、裃つけた二名が現れた。太夫・豊竹藤太夫(とうだゆう)さん、三味線・鶴澤清志郎(せいしろう)さんである。

「お願いします」とのディレクター小森のキューで、この場が一瞬にして文楽劇場となる。窓ガラスもカーテンも締め切った24畳の和室のすみずみまで、声と三味線の振動が満ちる。

 

豊竹藤太夫さんは、令和4年4月の第166回文楽公演にて「嬢景清八嶋日記(むすめかげきよやしまにっき)」の口切り、花菱屋の段をひとりで務めた貫禄ある名手である。

芸歴42年の大ベテランではあるが、オンラインで義太夫節レッスンを行うほど気さくで陽気で話し好き。「うちの師匠、近大ですねん」と今回の縁を喜んだ。藤太夫さんは、文化勲章受章者である七代目竹本住大夫師匠に師事。住大夫師匠は、近畿大学の前身となった日本大学大阪専門学校を卒業し、2016年には近畿大学名誉博士学位を授与されているのだ。

 

 

螺鈿が豪奢な見台は、藤太夫さんの私物。そこにうやうやしく載せられたのは、「この日のために作りました」という藤太夫さんお手製の床本だ。編工研吉村堅樹の手による原稿を、勘亭流のフォントで打ち込んだ。赤字や鉛筆で印のついた床本を見ながら、「床本にローマ字いれたん初めてですわ」と豪快に笑い、場がゆるむ。

 

 

 

この日収録しているのは、一段3〜4分程度の曲を全3段。曲は、三味線鶴澤清志郎さんがこのために書き下ろしたものだ。「カメラに囲まれることなんか滅多にない」と汗を拭いつつも、太夫三味線ともにまったくミスなく、一発オーケーで収録が進む。

 

収録のあいま、ヘッドホンをつけ、収録音源のチューニングを確認する場面も。

 

 

 

構図からライティング、音声まで一手に引き受けたのはディレクター小森。湘南から着てきたヒートテックが暑い暑いと大阪の熱気にうたれていた。

 

 

 

 

全3段、音声撮り、映像撮り含めてつつがなく終了。ふたりで何度も練習したのかと問えば、あわせたのは前日に一度きりだという。寸分たがわぬ息のあったコラボレーションは、完成映像で聞かれたい。

 

◇ ◇ ◇

収録後、藤色のネクタイ、藤色の靴下、藤色の時計をあわせスーツに着替えた藤太夫さんが見つめるのは、「心中宵庚申」のモデルとなったお千代と半兵衛の墓。初代玉男師匠はこのふたりの墓があるため、この地を菩提寺に選んだという。

 

誕生仏を戴くこの井戸は、大阪城に続く地下道として作られたという噂。太閤秀吉がここから逃げたとか逃げないとか。

 

玉男師匠やお千代・半兵衛のお墓参りを済ませると、坊守さんのご厚意で、涅槃会のときにしか公開されないという「涅槃図」を見に本堂へ。

 

1591年(天正19年)創建の銀山寺、幅4メートルを超すこの涅槃図も桃山から江戸の作と推定されている。「このまえも美術館のひと、見にきましたで」と日本美術界隈も垂涎の作。

 

一番左が銀山寺の坊守さん、その隣が吉田玉男師匠の奥様大西さん。おふたりのはからいによって銀山寺での収録が実現した。

 

撮影:木藤良沢

▼シリーズ 近大文楽

【近大文楽】義太夫三味線レコーディングの段(5月15日公開)

【近大文楽】三味線・鶴澤清志郎インタビューの段(5月19日公開)

【近大文楽】吉田玉男一門、図書館ロケの段(5月21日公開予定)

 

>>> 【近大文楽】三味線・鶴澤清志郎インタビューの段 へつづく

  • 梅澤奈央

    編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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