自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
4月23日、主要7カ国(G7)の労働雇用大臣会合でリスキリング(Re-skilling)の重要性が宣言された。人材育成の位置づけは「経費」ではなく「投資」、との認識が共有された。DX時代や人口動態の変化に対応しうる人材の技能習得は、労働市場の最適化に欠かせない。しかし、既存のルールのまま再生産力は上がるのか。ジョブ型スキルの蓄積によって創発はおこるのか。イシス編集学校は、20年前から方法のリスキリングを起こしつづけ、そのセンターに編集コーチ(師範代)を養成する花伝所がある。
■Learning to Learn「学ぶモデル」の書き換え
プレワークのスタートから早一週間、満席に一名の飛び入りを迎えた25名の入伝生と13名の指導陣がG7と時を同じくしてキックオフ。師範代になる7週間の演習に向けた構えをつくるインストラクションが手渡された。
開口一番、花伝所を率いる田中晶子所長がISISの名に埋め込まれたキーコンセプト「インタースコア」の意味を問う。世阿弥の能から利休の茶室、ヴィゴツキーのZPDまで横断しながら編集学校の来し方行く末を辿り「思考と言語」のキワへ埒外へと誘う。
今期は入伝生25名のうち23名が49[破]突破者で、医療関係者やエンジニアが目立つ。マーケティングや街づくり、教育やパブリックロールを担う企業人も多く、前期につづき男性優勢だ。たったこれだけの情報に何を読むか。閉塞感あふれる現代社会への漠然とした不安を打開する方法が求められるという与件とも照合できよう。松岡正剛校長は「学習方法ごと変えたい」という切実で根源的な問題があるのだろうと語る。立ち行かない現在をどう編集できるか、なにかを察知した者が花伝所の門に辿り着いている。いち早くラディカルに方法を学ぶ場が編集学校の先峰、花伝所だ。師範代の先にある未知の編集ターゲットはリアルな社会との接続を待っている。
■学ぶ側からつなげる側へ
師範代をオーケストラの指揮者になぞらえたのは、錬成師範森本康裕の見立てである。広がる見方にエッジをたて、年初の田中優子元法政大学総長による編集宣言に肖った。Mで始まる5つのメソッドを円環構造の図を用いて漢字一文字と英語のデュアルで手渡していく。つもりで擬く、擬いて纏う。仮そめにはじまり、なっていくプロセスが日本にはある。TransitはChangeと同義であり方法日本の特徴だ。
誰もが知る「のど自慢」という方法に着目し「司会のマイクパス・歌い手の曲・鐘奏者の鐘」と師範代ロールを構造ごと分節化してみせたのは、錬成師範の古谷奈々。学習した[守]の型のリバースしながら錬成演習のプロセスを重ね、とことんやり尽くせと発破をかけた。文化伝承や伝統革新には世俗大衆化のプロセスがあることも見逃せない。
花伝式目メソッドの解析をする森本師範
チャームたっぷりに稽古を「のど自慢」に見立てた古谷師範
■大いなるわからなさを糧に
15[離]の右筆ロールから錬成師範に着替えた梅澤光由師範は軍事がフィードバックの起源であったことにまず遡る。軌道に着眼した上で射程を変えないミサイルの弾道と可変する自己フィードバック・ループとの違いは反復性だと説いた。手書きビジュアルで言及しながら工学的アプローチでリバースしてみせた。
板書メディアを駆使する梅澤師範のBPT
梅澤は、最初に設定した仮説ターゲットも変わることを厭わないのが師範代のカマエであり、問ではない悶の字をプロットした悶々の「わからなさ」にこそ変容の余地が生まれるのだと強調する。不確実で答えのない時代にはネガティブ・ケイパビリティが、にわかに発動されるのを待っている。Wonder(小さな違和感、大きな驚き)という感情に埋め尽くされる「編集状態」ごと、場に返すことが師範代には求められると重ねた。
3つの師範レクチャーを経て入伝生が取り組んだのは、「指南書き初め」ワークだ。3つのA(アフォーダンス・アブダクション・アナロジー)を観察フィルターにして指南を書くことが課せられた。「回答を読む」インプットから所要時間10分で指南を書き、思考が加速するのを実感すると、言語化の足掛かりが発現する。さしかかるとき、場にもたらされる共感的知性こそ、学習を躍動させるトリガーになる。「師範代になる」とは、メディア化する自己ともいえるだろう。
■主題よりも形式に向かう
わずか7週間で師範代となり、教室をマネージできる人材育成プログラミングの極意は、いったいどこにあるのか。
編集が工学だといえるのは、個人の内部知として蓄積されるデータの多寡よりも、構造や回路を模して入念に用意されている設計指針との組み合わせによるところが大きい。一対の花目付がそのアーキテクトを担い、花伝師範が式目をリバースし、錬成師範が対話を起こす火付け役となる。技能やスキルにとどまらず、方法のリスキリングはわからなさを受容する。それは経験したことのない見方に意味を見出す訓練であり、思考がリバースされ、場に放たれる問いは学ぶ者のモチベーションを内発させる。未知を迎え入れ、既知を手放す反転のプロセスによって社会とつながる原動力が場に立ち上がる。言い換えれば編集力があらゆる場面で武器となる。
学衆から師範代になるプロフィールに必要なのはまず着替えること。先達のふるまいに真似び肖り、方法を身に着けるカマエを学ぶことだ。39[花]のイニシエーションは周到に柔軟に軌道と場の転回を歓迎する。
文・平野しのぶ
写真・林朝恵、森本康裕
イシス編集学校 [花伝]チーム
編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。
「乱世こそ花伝所」。松岡正剛校長の言葉を引用し、花目付の林朝恵が熱く口火をきる。44[花]の問答条々、式目の編集工学講義は花伝所をけん引するツインターボ、林・平野の両花目付のクロストーク形式で行われた。2025年10月2 […]
「5つの編集方針を作るのに、どんな方法を使いましたか?」。遊撃師範の吉井優子がキリリとした声で問いかける。ハッと息を飲む声がする。本楼の空気がピリリとする。 ▲松岡校長の書いた「花伝所」の前でマイクを握る吉井師範 &n […]
先人は、木と目とを組み合わせて「相」とした。木と目の間に関係が生れると「あい(相)」になり、見る者がその木に心を寄せると「そう(想)」となる。千夜千冊を読んで自分の想いを馳せるというのは、松岡校長と自分の「相」を交換し続 […]
【書評】『アナーキスト人類学のための断章』×4× REVIEWS 花伝所 Special
松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を数名で分割し、それぞれで読み解くシリーズです。今回は、9月に行われ […]
3000を超える記事の中から、イシス編集学校の目利きである当期の師範が「宝物」を発掘し、みなさんにお届けする過去記事レビュー。今回は、編集学校の根幹をなす方法「アナロジー」で発掘! この秋[離]に進む、4人の花伝錬成師 […]
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2025-11-18
自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
2025-11-13
夜行列車に乗り込んだ一人のハードボイルド風の男。この男は、今しがた買い込んだ400円の幕の内弁当をどのような順序で食べるべきかで悩んでいる。失敗は許されない!これは持てる知力の全てをかけた総力戦なのだ!!
泉昌之のデビュー短篇「夜行」(初出1981年「ガロ」)は、ふだん私たちが経験している些末なこだわりを拡大して見せて笑いを取った。のちにこれが「グルメマンガ」の一変種である「食通マンガ」という巨大ジャンルを形成することになるとは誰も知らない。
(※大ヒットした「孤独のグルメ」の原作者は「泉昌之」コンビの一人、久住昌之)
2025-11-11
木々が色づきを増すこの季節、日当たりがよくて展望の利く場所で、いつまでも日光浴するバッタをたまに見かける。日々の生き残り競争からしばし解放された彼らのことをこれからは「楽康バッタ」と呼ぶことにしよう。