それはいつかの、あの物語【78感門】

2022/04/05(火)09:00
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すでに「物語講座四冠受賞の男【78感門】」で授賞式の顛末ごとお伝えしたように、受賞者本人も驚く間もないくらい、鮮やかな4冠で幕を閉じた14綴・物語講座。

 

さて、物語講座アワードの名物といえば、各プログラムや受賞作品にちなんで、一人ひとりに贈られる贈呈本。初めて出会うはずなのに、なぜだかしっくり手に馴染む。今綴、ことのほか広く深く、丹念に丁寧に選定された本を手に取った受賞者たちは、幼馴染に再会した時のような、遠い昔のタイムカプセルを開けた時のような、ほんのり懐かしい気持ちにすらなったのではないだろうか。

 

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では、各賞贈呈本を、受賞作品とREMIXしてご紹介。

 

◆窯変落語賞(藤田和広さん・夜想曲南軍将軍文叢)

 ★受賞作品★『幸男の玉突き事故』

 ☆贈呈本☆ 『世界はゴ冗談』筒井康隆/新潮社

 

ミメーシス・アナロギア・パロディアが生み出す黒いおかしみ。

老いてなお諧謔文学の最前線に立ち続ける巨匠に敬意を表しつつ、「玉」つながりとは、またゴ冗談。



◆窯変ミステリー賞(北條玲子さん・夜想曲南軍将軍文叢)

 ★受賞作品★『アネの聲』
 ☆贈呈本☆ 『三度目の恋』川上弘美/中央公論新社

 

交錯する二人の時間は、現世なのか夢なのか。

好きなのに、好きだから、許せない一線があり、越せないはずが、超えてしまう。その濃淡がとても切ない。

 


◆窯変幼な心賞(藤田和広さん・夜想曲南軍将軍文叢)

 ★受賞作品★『ドーナツオヤジ』
 ☆贈呈本☆ 『夜の声』ミルハウザー/白水社

 

緻密でリアル、だけどどこかズレていて変。

「幼な心」に真正面から対峙すると、捩れが内側に向かう。そして自由になるのだ。

 


◆トリガー賞(藤田和広さん・夜想曲南軍将軍文叢)

 ★受賞作品★『赤い月と観覧車』
 ☆贈呈本☆ 『眠りの航路』呉明益/白水社

 

時間と家族のあいだに存在する未知を、「今」に重ねることで煌めく「生」。

自分自身の存在の証が揺さぶられる瞬間が、暗幕の上、映像的に描かれる。

 


◆編伝賞(後藤泉さん・言の葉人魚姫文叢)

 ★受賞作品★『Lumiere fantome』
 ☆贈呈本☆ 『未来の記憶』エレナ・ガーロ

 

誰が何と言おうが関係ない。純潔で、純粋で、無垢で潔癖。

まぼろしなのに、確かに現実。たとえそれが、禁じられた未来であったとしても。

 

 

そして、3冠を経て、晴れて4冠目の冠綴賞に輝いた藤田さんには、記念本として指導陣向けカバー付き『綴懇巻』が送られた。

(歴代デザインの中でNo.1の華やかさにドキドキが止まらないと評判のカバーデザイン)

 

お稽古の中で自分で仕上げた作品は横書き、綴墾巻になると縦書き。指導陣が丁寧に校正・製本し、改行位置も、数字やアルファベットの書き方も、すべて変わる。

「自分の書いたものが本になると、プロの写真家に撮ってもらったプロフィール写真のように、自分のようで自分じゃないような、なんとも気恥ずかしい気がする」とは藤田さんの弁。

 

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感門之盟の後も、まだまだ名残惜しげに各文叢の物語は続く。

 

「記憶も歴史も、みんな物語。どこかで<物語は創作だ>と思い込んでいましたが、そうじゃない。文叢が閉じたあとも、物語を書き続けていけたら…」

 

編伝賞を受賞した後藤さんの真っ直ぐな感想が、とても眩しかった。

 

物語講座15綴 今秋開講予定(乞うご期待)!

  • 小濱有紀子

    編集的先達:倉橋由美子。古今東西の物語を読破し、数式にすることができる異才。国文学を専攻し、くずし字も読みこなす職能。自らドラムを打ち鳴らし、年間50本超のライブ追っかけを続ける情熱。多彩で独自の編集道を走る、物語講座・創師。

コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。