カタルトシメス教室誕生とネーミング編集術の秘訣【81感門】

2023/03/24(金)08:00
img

 


 命に名を与えるのではない。命の元である《地》のどこかに注意のカーソルを向けて、《図》を取り出し、名前を与えるからこそ、それがこの世に認知され、命になる。名付けは命付けだ。

 

 名が付くから他の名付けらたものとの差をはかることができ、縁が起こる。名もない花が蒲公英と名付けられるから、菫とは色も形も違うけれど、どちらも花だね、といった関係性≒縁が立ち現れる。名付けは縁付けでもある。

 

  ソール・クリプキの『名指しと必然性』以来、何かに名前がつくということは、そこに何かが実在してしまうことであり、かつ、そのものとその他のものとの関係が多様に生まれ、そこにさまざまな「可能世界」が広がっていくのだということが見えてきた。

 

千夜千冊1341夜 ジョン・A・パウロス『確率で言えば』より

 

 イシス編集学校では名付けを《ネーミング編集術》と命名し、[守]の型や方法の集大成と位置付け、稽古する。子ども、会社、商品など、大切なモノがどんなモノで、どこにいて、誰に必要で、なぜ大切なのか、を本人・相手・社会に伝えるために、《ネーミング編集術》はある。何かを、誰かを慈しむ気持ちを表現したい全ての人にとって、重要な技なのだ。

 

 感門之盟2日目の、教室名発表のコーナー「冠界式」は、あの人がどんな教室名をもらうのか、にワクワクドキドキする場であると同時に、編集学校校長松岡正剛の《ネーミング編集術》が世に開かれる、貴重な稽古場でもある。


 

■教室名発表

 

 ウオオオォォォォ〜!

 

 本楼が唸った。世界中の編集学校ファンの目が、ひとりの女性に向かう。新垣香子。イシス編集学校が大切に育ててきた型《カタルトシメス》を教室名にプレゼントされた、新師範代だ。

 

左からカタルトシメス教室・新垣香子師範代、石黒好美新師範、一月二十五日教室・束原俊哉師範代。新垣と束原は48[守]平時有事教室で石黒好美師範代の元、共に学んだ戦友。

 

 《カタルトシメス》は超難解な哲学者、ヴィトゲンシュタインを柔らかく噛み砕くために、松岡が生み出し、育ててきた言葉だ。とはいえ《カタルトシメス》は難しい。「《カタルトシメス》って何?」を追い求め、つい冒険をはじめてしまうことになる。

 

■「ケリ」に導かれ

 

 新垣が《カタルトシメス》やヴィトゲンシュタインと出会ったのは、昨秋、編集学校の師範代養成所・花伝所だった。まず、指南役の中村麻人師範が使っていた「ケリ」に注意のカーソルが反応した。新垣にとって「ケリ」は近しい人に対して使う言葉。それが花伝所で使われたことにビックリした。今までの自分に「ケリ」をつけると、師範代としてのカマエができ、存分に着替え、乗り換え、持ち替えができる。「ケリ」が編集八段錦の1つ目、「区別をする」を起こす方法であったことを知り、「ケリってかっこいい」と思った。

 その「ケリ」が書かれた千夜で、《カタルトシメス》に出会った。ヴィトゲンシュタインと読者との間に《カタルトシメス》を特別に用意した松岡校長のユニークさに驚き、尊敬の念が改めて溢れた。

 中村の導きで「ケリ」の見方が変わり、《カタルトシメス》の中に潜む松岡の《ネーミング編集術》に素直に驚く。編集学校のことをほぼ知らなかった新垣は、こうやって一つ一つの型や方法を、全身の隙間から取り込んで、師範代になった。

 

■松岡の思いを受けて

 

 新垣本人は教室名発表後、色々な人に声をかけられた。『編集力』エディションや[離]などでも大切にされている編集工学のコンセプトである「カタルトシメス」が、校長から期待を込めて手渡されたからだ。そんなに重要な言葉だったのかと知り、プレッシャーも感じていた。だが一方でこうも言った。

 

 「重要な方法ってわかっていない人に、重要な名を渡せる松岡校長を、ますます尊敬します」

 

 言葉と出会うたび、人と出会うたび、型や方法と出会うたび、柔らかく迎え入れ、ドンドン見方に変更をかけていく。自分が型や方法に編集されることを、尊敬をもって受け入れる。これが新垣の方法だ。

 

筆者に写真をせがまれ、慌てて撮った写真。松岡への一途な思いが現れている。

 

■花伝所時代

 

 新垣の花伝所道場仲間、ルイジ・ソージ教室師範代・南田桂吾は語る。「ゲーム機が欲しくて、それを親に買ってもらうため宿題とか、嫌いな食べ物の克服とか、お手伝いとかを頑張る、素直な子のようでした!」

 

左が南田桂吾師範代。右は恩師である47[守]縞々BPT教室の田中香師範代。

 

■学校と家庭の隙間

 

 道場では幼心に導かれ、遊んでいた新垣。普段は沖縄の自宅で子育てをしながら、学校に行きたくない子ども達の居場所となる塾を開いている。学校と家庭の隙間にも、子供達の居場所が必要だと信じてはじめたことだ。そのために嫌いな勉強をすべく短大に行き、教員免許まで取った。信じたことに身を委ね、自らを変化させる。その姿はまるで「やわらかいダイヤモンド」のようだ。

 

■隙間だらけ

 

 松岡は感門之盟のクライマックス「校長校話」で、こう語った。

 

「名付けで重要なのは、相手に隙間があること」

 

 新垣は筆者にこう語った。

 

 「隙間はいっぱいあります」

 「律走しながら入れていきます」

 「ありがとうございます」

 

 新垣の隙間に教室名、お題、回答、指南がどう入り込み、編集されていくのか? ワクワクと尊敬を持って見守りたい。


  • 清水幸江

    編集的先達:山田孝之。カラオケとおつまみと着物の三位一体はおまかせよ♪と公言。スナックのママのような得意手を誇るインテリアコーディネーターであり、仕舞い方編集者。ぽわ~っとした見た目ながら、ずばずばと切り込む鋭い物言いも魅力。