【輪読座】柳田、「口承文芸」なる方法をブルターニュより取り入れる(「柳田国男を読む」第四輪)

2021/08/20(金)08:20
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 輪読座は、前回の解説や輪読したテキストを踏まえて座衆が編集した図象紹介を終えると、バジラ高橋による今回の図象解説へと展開する。これまでの3回の内容をなぞりながら、日本の産業革命の進行や政府が実施した神社合祀などと多層クロニクルな関係線を紡いでいく。

 

 

地域文化調査における三位一体

 

 かつて、文字で書かれた歴史は武士や貴族が書いたものであった。農村史や地域史といえば一揆と災害史である。大半は平穏で、一揆と災害は年柄年中起こっているわけではないにも関わらず。農村や地域はあるシステムの中で発展してきたはずなのに、それらは全く文字には落とされていない。そのシステムとは一体何なのか?柳田はその研究に埋没していた。

 

 

 1933年、柳田は常民の調査項目を「慣習(生活技術)」「口碑(言語芸術)」「感情・観念・振興」の3つだと講義した。翌1934年、講義の内容を編集し刊行した『民間伝承論』には「体碑(学者[観察者]が知りうる事物行為伝承)」「口碑(現地の言葉に通じて知りうる口頭伝承)」「心碑(観察ではつかみきれない同郷人・同国人の心意伝承)」という種別を提示。さらにこれを「旅人の学 ─観察者が解析しうる学/有形文化・生活技術史」「寄寓者の学 ─現地に生活して知る学/言語芸術・口承文芸」「同郷人の学 ─現地に生活して知る学/生活の解説・観念・様式」と説明した。最終形として1935年『郷土生活の研究法』では「有形文化(住居、衣服、食物、交通、労働、村、連合、家、親族、婚姻、誕生、厄、葬式、年中行事、神祭、占法、呪法、舞踊、競技、童戯と玩具)」「言語芸術(新語作製、新文句、諺、謎、唱えごと、童言葉、歌謡、語り物と昔話と伝説)」「心象現象(知識、生活技術、生活目的)」の3分類としている。

 

 

※輪読座第4輪図象資料より

 

外からきた研究者や観察者が発見・構築できるのは目で捉える事が可能な「体碑」「有形文化」がせいぜいであり、土地人から聞くことで認識できる「口碑」「言語芸術」はギリギリ、同郷人・同国人の生活や観念に溶け込んでいる「心碑」「心象現象」を取り出すところまでは到達できない。

柳田は早々と観察者の問題に気がついたわけです。(バジラ高橋)

 

 地域の研究に外の学者は必要なく、地域を支えてきた人たちが自らの地域の研究をするのが一番だ。柳田は地域の学校教師や篤志家/ボランテイアを募った。アカデミズムな観察者でも知りうる蒐集に加え、実際に地域に生活しているからこそわかる生活様式や観念、口承で伝わる芸術や文化を集めた。柳田の一国民俗学は、アカデミズムが発見・構築する学問から常民の自覚に構築される学問へと道を進めていく。

 

 

一国民俗学のルーツ

 

 ポール・セビヨ(1846 – 1918)というフランスの民俗学者がいる。

 

 柳田が1938年に発表した『セビヨの方法』に、“一国の民間伝承を採集保存し、比較し整理する方法をセビヨからもらった”と書いてあるという。セビヨはブルターニュのケルト系ブリトン人の家系である。ブルターニュはかつて一つの王国であり、フランスと統合してからも土地に根ざした文化や言語を持っていた。セビヨはパリ在住時にもブリトン人・ブリトン文化理解者を集めて「ケルト・ディナー」を開催するなど、フランスの地域文化の重要性を説いていた。パリの言葉でフランスを統一するのではなく、フランス語で書かれた文書以外の口承文芸を発掘することでフランス史を変化させようとした。フランス国内にはたくさんの少数言語話者がいて、共同体がある。それをもとに欧州史を再構築できるとして編纂されたのが、『リテラチュア・オーラル・ラ・オート・ブルターニュ』。このリテラチュア・オーラル(littérature orale)を柳田が口承文芸と邦訳したのである。

 

 柳田がセビヨとどこで出会ったのかは明らかではない。ジュネーヴで知ったのか、その前から知っていたのか。柳田は2年間のジュネーヴ赴任期間に『委任統治領における原住民の福祉と発展』(福祉の対象=common people、common body=常民の拡張:欧米語の教育を受けていない人々に彼らが用いる言語で彼らの歴史・文化を教育、委任統治国の言語でその国家体制を強要することに反対)を提出している。common peopleやcommon bodyは世界的な意味での常民で、地域文化に生き地域を支える人たちのことである。英語やフランス語は喋れないけれど、地域に長年持続してきた人たちのことである。”ヨーロッパ諸国の動向研究をする中で柳田はセビヨに辿り着いたのではないか”とバジラは推察した。 

 

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 輪読座の図象解説では、“過去の戦争は市場戦争”だという話題が時折飛び出す。権力で統制する。強者の文化や言葉を浸透させる。それによって自らの市場が拡大したと捉えてきた。持ち場を増やすことで何を実現しようとしたのだろう。一極集中で管理するには画一的にした方がいいが、それでは政治も経済も社会も地域も、人々もうまくまわらない。それを郷土文化や常民というフィルターを通して早々と指し示した人、それが柳田國男という人なのではなかろうか。

 

 輪読座「柳田國男を読む」は2回を残すところとなった。回を追う毎に柳田の方法が21世紀にも重ね合わさり、輪郭を立ち上げてくる。社会や地域や文化はこの潮流でいいのかと柳田が提起した日本の創は100年では完治していない。まだまだ再編集されることを待っている。


  • 宮原由紀

    編集的先達:持統天皇。クールなビジネスウーマン&ボーイッシュなシンデレラレディ&クールな熱情を秘める戦略デザイナー。13離で典離のあと、イベント裏方&輪読娘へと目まぐるしく転身。研ぎ澄まされた五感を武器に軽やかにコーチング道に邁進中。