【三冊筋プレス】植物を読む(戸田由香)

2022/02/14(月)09:20
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白洲正子もチャペックもウィリアム・モリスもメーテルリンクもみんなボタニストの編集的先達だ。<多読ジム>Season08・秋、三冊筋エッセイのテーマは「ボタニカルな三冊」。今季のライターチームはほぼほぼオール冊師の布陣をしく。日本フェチの福澤美穂子(スタジオ彡ふらここ)、軽井沢というトポスにゾッコンの中原洋子(スタジオNOTES)、編集かあさんでおなじみ松井路代(スタジオ茶々々)、ついに三冊筋デビューを果たした増岡麻子(スタジオこんれん)の四名の冊師たち。そこに、多読ジムSPコースとスタンダードコースを同時受講しながら読創文と三冊筋の両方を見事に書き切った熱読派の戸田由香と、代将・金宗代連なって、ボタニカル・リーディングに臨む。


 

◆園芸家とは?

 

 「どういう自然のいたずらかしらないが、園芸家はたいがいでっぷりした大男だ」。園芸家のプロフィールを、カレル・チャペックはこのように描いている。園芸家はアルコールもタバコも嗜まない品行方正な人物、そして彼の望みはといえば、戦争や政治への野心ではなく、新種のバラやダリアで名をげること。『園芸家12ヶ月』は、草木へのやむにやまれぬ情熱に取り憑かれた園芸家の一年を、ユーモラスな筆致で描く。

 園芸家は夢想する。もし自分が独裁者だったら? そう、もちろんキイチゴ令を発布する。垣根のそばにキイチゴを植えるべからず。そして違反者は右手を斬り落としてやる。なぜかって? 考えみるがいい。隣の庭から頑健そのもののキイチゴの芽が、あなたが大切にしているシャクナゲの植え込みの間から、ひょっこり出てきたら? 厄介なキイチゴは、何メートルも地下茎を這わせ、あなたの庭を台無しにしてしまう。

 世界の中心に自分の庭をおく、庭至上主義者が園芸家なのだ。

 チャペックは、プラハのカレル大学で哲学を、パリのソルボンヌ大学で生物学を学んだ。ジャーナリストとしてキャリアをスタートさせたのち、1920年、『人造人間』を書いて一躍有名劇作家となった。この本から「ロボット」という言葉が生まれる。その後文壇、劇壇、ジャーナリズムで健筆をふるいながら、ヴィノフラディの自宅で兄ヨーゼフとともに、庭仕事に精をだした。チャペックが「でっぷりした大男」だったかどうかは、Wikipediaに残るモノクロの写真からは知る由もないが、本書からは並々ならぬ植物への愛情と関心がうかがえる。

 

◆孤独な植物、シャボテン

 

 チャペックが「宗門に帰依する信徒」と呼んだのは、園芸家の中でも特殊な一派、シャボテン栽培に熱中する人々だ。日本におけるこの一門の宗主は、文学者、龍膽寺雄だろう。シャボテン愛好家のバイブルである『シャボテン幻想』は、古代マヤ文明の悪魔的な贄の儀式描写から始まる。そしてその儀式に用いられたのが、「神の肉」とも「悪魔の根」とも称されるシャボテン「烏羽玉」だ。鳥羽玉は、強い幻覚作用を引き起こすアルカロイドを含んでいる。アルカロイドの働きで、生贄は自らすすんで死の祭壇に身を委ねるのだ。

 龍膽寺は「荒涼の美学」を愛し「殺伐の哲学」をシャボテンから読みとった。若き日の松岡校長は、この「偉くて変なおじいさん」が、シャボテンを題材に人生を語り、シャボテンに見立てた存在学を熱く語りつづけるのを聞いた。それは徹底的な「負の存在学」だった。

 シャボテンには孤独が似合う。龍膽寺は文学者として将来を嘱望されながらも、文壇の大勢にあえて抗い、次第に中央から遠ざかっていった。龍膽寺は、己の姿を孤高のシャボテンに投影していたのだろうか。

 

◆植物霊との交歓

 

 読書は著者との交際であると、松岡校長はいう。そうであるならば、園芸を愛する人は、植物という書物を読み、自然との交際を楽しむ人々なのだろう。チャペック、龍膽寺に次いで、植物と濃密交際を交わしたのが、人類学者、竹倉史人だ。竹倉の意図せざる植物との濃厚な関係は、縄文土偶との一夜の同衾からはじまった。

 竹倉は、土偶を文字を持たない縄文人の心性が色濃く反映された「情報装置」であると考えた。そしてイコノロジーと考古学を両輪とする独自のアプローチで、縄文人の世界認知に迫ろうとした。その苦闘の軌跡が本書、『土偶を読む』である。

 竹倉は、縄文人の心性に共振するため「縄文脳インストール作戦」を展開した。彼らと同じ土や水の匂いを嗅ぎ、からだに同じ風を感じ、同じものを拾って食べ、縄文人になりきる。そうすることで、彼らの意識をトレースし、縄文の心に憑依したのだ。時空を超えたフィールドワーカーになったのである。

 そして「土偶は当時の縄文人が食べていた植物をかたどったフィギュアである」という驚くべき結論を導き出した。ハート形土偶は、オニグルミ。合掌土偶は栗。椎塚土偶はハマグリをかたどっており、みみずく土偶は、イボタガキである。縄文のビーナスといわれるカモメライン土偶はトチノミ。結髪土偶はイネ。そして土偶といえば、だれもが思い浮かべる遮光器土偶は、サトイモをかたどっていた。縄文人は、命を育む食用植物を祀るために土偶を作ったのだ。

 

◆植物で世界を読む

 

 形態的類似に着目し、アナロジーを発動させたイコノロジーと、土偶が発見された遺跡周辺の植生復元など考古学的アプローチを併用しながら、竹倉は土偶の用途と目的を特定してゆく。その過程は、スリリングな謎解きであり、発見の喜びにあふれている。

 本を読むように、植物を読む人々がいる。彼らは植物を通して、自然を世界を捉えているのだ。そう考えれば、彼らの熱中も狂騒も孤独も、近しいものとして理解することができる。科学者が実験と観察と数学的解析とでこの世の法則を解き明かそうとするように、植物愛好家は、植物を愛で、生命への共感を育むことで、世界の神秘の扉を開く。

 世界を植物で読み解く植物愛好家は、我ら多読派にとって、志を同じくする仲間なのだ。

 

 

Info

⊕アイキャッチ画像⊕

『園芸家12ヶ月』カレル・チャペック/中公文庫

『ジャボテン幻想』龍膽寺雄/ちくま学芸文庫

『土偶を読む』竹倉史人/晶文社

 

⊕多読ジム Season08・秋⊕

∈選本テーマ:ボタニカルな三冊

∈スタジオNOTES(中原洋子冊師)

∈3冊の関係性(編集思考素):三間連結型

 

  • 戸田由香

    編集的先達:バルザック。ビジネス編集ワークからイシスに入門するも、物語講座ではSMを題材に描き、官能派で自称・ヘンタイストの本領を発揮。中学時はバンカラに憧れ、下駄で通学したという精神のアンドロギュノス。

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