【多読ジム】ツンデレ・ヘルメスにゾッコン-千夜リレー伴読★1782夜『世界と反世界』

2021/10/01(金)18:00
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 新しくなったWeb千夜千冊。最初の一夜はハインリッヒ・ロムバッハ。「ヘルメス知(智)」と「解釈学」をめぐる一冊なので、フショーサッショー同様読みあぐねた方も多かったのでは。

 

わかりにくいのにチャーミングで、チャーミングだから理解したいのにいっこうに解読の手立てなど示さない本、そうかこういうやりくちでしか世界の表象とその裏側を同時には語れないよな、そうだよなという、ちょっとめずらしい本を案内する。

 

 と冒頭に書かれましたが、そんな付け入る隙のない書物に、どう足を踏み入れればいいのか。ヒントは、ほら、そのすぐ後。シュライアマハーが『宗教論』で説いたのは「宗教の本質は知識や行為ではなく、直観と感情である」ということでした。

 

あのね、難攻不落な存在に直面したときに真正面からぶつかるのは芸のないやり口だよ。その左右を見なくっちゃ。それが「3冊で読む」ということなんだ。

‥‥と、松岡校長の声が聞こえてくるようです。もう1冊をヘルメス叢書に置くと難解になりすぎるので、お好み次第でシャガール、稲垣足穂、デヴィッド・ボウイ、ピカソ、キング・クリムゾン、星の王子さま、チャーリー・チャップリンに置けばいい、ということなんです。

 ヘルメスの名が<ヘルメノイティック>として「解釈学」をあらわすようになったのは、ヘルメスが「神々の意志を人間に伝える」役割を持っていたから。「解釈する/理解する/読解する/説明する」とは、指南そのもの、読書それ自体ではありませんか。

 

元のテキストと解釈者のテキストは「地」と「図」の関係にあるのだから、「もと」と「あと」のどちらが優位ということもなく、原著者と解釈者は地図一体になる(地平融合する)という見方だ。

 

 こちらは理解を「事件」とみなしたガダマーの論考ですが、元のテキストと解釈者のテキストが「書く」と「読む」に対応するのは言うまでもありません。

 

 

 解釈学が世界を照らすものであるのに対し、ヘルメス智は夜の世界を覆うもの、とあります。ただし、ヘルメスは昼や善の対向者として夜や悪にどっぷり属しているわけではありません。地下世界=冥界に通暁し、人間の「魂の同伴者」とみなされた彼は、オリンポスの神々のうちで最も雄弁な存在でした。だから、

 

ヘルメスはそのほかにも伝令、商売、交易、交通、格闘、さまざまな競技、盗み、発明、策略、賭博、音楽、牧畜など、熟練・機敏を要するもののすべてを司り、幸運と富の神でもあった。

 

わけです。写真は大阪・天満橋OMMビル前を滑空するヘルメス像。もっぱら「商都」のシンボルとみなされている彼の足元には有翼のサンダル「タラリア」、左手には「ケリュケイオンの杖」。16世紀のマニエリスム彫刻家ジャンボローニャの作品(写真下)を模写したのだとしたら、詐欺と窃盗と奸智の神もびっくり? それともニッコリでしょうか。

 

 

 

 いずれにせよ、これらはローマに入りラテン化された「メルクリウス」の像。「境界の神」やディオニュソス的格別を経てメルクリウスまでくれば、マーキュリーまでは一足飛びです。

 

 

 

 スイス・モントルーでジュネーヴ湖を見下ろすフレディ・マーキュリー像。死後4年経って発表された『MADE IN HEAVEN』では背後から撮影した像がアルバム・ジャケットに使われています。2002年以来世界でロングランを続けるミュージカル『WE WILL ROCK YOU』、2018年の映画『ボヘミアン・ラプソディ』と、フレディはあたかも生の世界と死の世界を高速に往来しているかのようです。サンダルの代わりに背中のジャケットをひるがえして天空を指し、杖代わりのマイクスタンドを自在に操る姿は、稀代のメディエーターですね。

 

これは世界の確定や反世界の逆襲の、そのどちらの立脚にもかかわらないということで、しかし情報の重なりぐあいや組み合わせぐあいにはめっぽう詳しいので、ちびヘルメスたちは世の中のどこにも継続的に蓄積されていない格別な「知」の体現者でありつづけたい、ということなのである。

 

 解釈とは、アウトプットされた何かから意味を読みとること。しかし、『意味に餓える社会』(1351夜)に生きるわたしたちにとって、「意味」も「解釈」も結局は自分で背負うしかないのだし、その自由がある、ともいえるのではないでしょうか。

 

 当夜の充実したキャプションでは、シュライアマハーのことばとして、「人間が人間に贈りうるもののうちで、人間が心情の奥底で自分自身に語ったものにまさる心おきない贈り物はない」(『独白』)が紹介されています。このような贈与、編集学校の指南や回答で時たま出会うことがありますが、それ以外のコミュニケーションでは親子や夫婦間でもめったに出会うことはありません。

 

 「正解」探しにうんざりし始めたら、アフォーダンスはもう万端。すぐに「突き返し」て、アブダクションのタラリアとアナロジーの杖を調達しに行きましょう。

 

 


  • 大音美弥子

    編集的先達:パティ・スミス 「千夜千冊エディション」の校正から書店での棚づくり、読書会やワークショップまで、本シリーズの川上から川下までを一挙にになう千夜千冊エディション研究家。かつては伝説の書店「松丸本舗」の名物ブックショップエディター。読書の匠として松岡正剛から「冊匠」と呼ばれ、イシス編集学校の読書講座「多読ジム」を牽引する。遊刊エディストでは、ほぼ日刊のブックガイド「読めば、MIYAKO」、お悩み事に本で答える「千悩千冊」など連載中。