サブカルズを読むサブカルズ、本楼に集う

2021/04/05(月)09:56
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 カバーは大竹伸朗「ジャパニーズコミックス」、字紋は「萌」。表紙をめくった扉写真にはフィギュアケースの中でエディションの上にセイゴオくん人形が屹立する。
 年度替わりの4月1日夜、千夜千冊エディション『サブカルズ』学習会が、百聞代表の和泉佳奈子の仕切りで、編集工学研究所、松岡事務所の面々に大音美弥子冊匠、三角屋の三浦史朗らを交えて開催された。zoomではイシス編集学校の千離衆や角川財団の面々も加わり、参加者は総勢26名。
 
 
 千夜千冊エディション学習会にはルールがある。
1)各章の「キーブック」と「キーセンテンス」の抜き出しをする
2)各章ごとの意図を読み取る
3)発見したこと、疑問に思ったことを出来るだけ多く書き出す
 
 つまり、事前通読は必須で、互いの読みを交わし合う場ということだ。3チームに分かれて、それぞれ進行役がつき、章ごとに選んだキー千夜、キーセンテンス、キーワードを各自の見方と合わせて持ち出す。遅れて入ってきた松岡校長はそれぞれのチームに立ち寄りながら、耳を傾け、「いまのところはね」とおもむろに解説を始める。これが参加者にはうれしい。交わし合いの後はチームごとの発表、zoom参加者も混じっての質問タイムとなり、校長はその一つ一つに応接をする。
 
 
 『サブカルズ』の章立ては、アメリカの社会と経済がチューインガムを噛んでもいいスタイル、朝歯磨きをするというスタイルをつくった「欲望を生み出す社会」とそれを「嗜癖する社会」に始まる。その社会がロストジェネレーションの時代を用意した。さらに、サブカルがクールとかヒップと呼ばれるようになった歴史を連ねて、サブカルズの原型を描いたのが1章だ。その上に根無し草のようなサブカルジャパンの2章、3章が重なってくる。
 
 校長は、サブカルズの手法に学ぶとすると、オリーブ、叶姉妹、ガングロとコギャル、ドンキのつけまといった表現の微細な違いにまで到達したいという。日本がサブカルズで小さな差異を用意していることは評価できるが、クリティックになっていないのが問題であるとはいえ、いまは方法日本を細かく用意してつくっておく時期だろう、バロックがスペインバロック、メキシコバロック、上海バロックまで出てきたように、個別の土地に根付いたサブカルの耕しを徹底したほうが面白くなる。さらに校長の示唆は文化文明論まで広がった。
 
 『サブカルズ』の読みから、新たな『サブカルズ』の提案へ。セミクローズで行われる学習会の醍醐味は読みの連鎖と展開にある。次回の学習会では4月末に出版される『仏教の源流』で6月に開催される。
 
写真:後藤由加里
  • 吉村堅樹

    僧侶で神父。塾講師でスナックホスト。ガードマンで映画助監督。介護ヘルパーでゲームデバッガー。節操ない転職の果て辿り着いた編集学校。揺らぐことないイシス愛が買われて、2012年から林頭に。

コメント

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川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。