『知の編集工学』にいざなわれて――沖野和雄のISIS wave #51

2025/05/11(日)07:54
img CASTedit

毎日の仕事は、「見方」と「アプローチ」次第で、いかようにも変わる。そこに内在する方法に気づいたのが、沖野和雄さんだ。イシス編集学校での学びが、沖野さんを大きく変えたのだ。

イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。51回目の今回は、沖野さんのお仕事エッセイ。沖野さんが仕事のなかで見つけた「型」とは?

 

■■[守]の「型」で会社と仕事の見方が変わった

 

《注意のカーソル》。イシス編集学校の基本コース[守]の初期に学ぶ型だ。これは、誰の頭の中にも備わっているブラウザーのことで、普段は無意識に動かしている。編集学校では、注意のカーソルを意図的に動かすことを覚える。いや、動かさないと、お題が解けない。乏しい知識のストックでは、言葉のインスピレーションが続かない。外に出て周りを見渡し、注意のカーソルを動かし続けることが大事だった。イシス編集学校に出会ったのも、注意のカーソルが偶然にも、それを示したからだ。


その出会いは、しかし、悲しいお知らせからだった。松岡正剛氏の訃報に触れたことで、『知の編集工学 増補版』(松岡正剛・朝日文庫)を知り、この本の中で、自分中で長年求めていたものに出会った気がしたからだ。


私は、自動車会社で商品企画、マーケティング、ブランディングの仕事に携わってきた。今は、交通に新しい価値を付加するMaaS(Mobility as a Service)という分野でアプリの運営に携わっている。専門領域でいえば、企画、マーケティングとなるかもしれないが、大企業で様々な部署を経験しただけともいえる。専門性を問われれば、「資料を作っていました」という感じだ。情報を集め、ストーリーを考え、資料をつくり、説明し、合意形成して、プロジェクトを前に進める。それが私がやってきたことだ。
会社生活も最終盤に入り、自分の専門性について、自問していた。そんな時に出会ったのが、『知の編集工学 増補版』で、私は一読して、「これだ!」と思った。ここには、バラバラのものをつなぎ合わせ、面白くする方法が書かれていた。自分が会社生活で培っていた専門性と重なるのでは? と何かを発見した気分だった。

▲沖野さんが愛読する『知の編集工学 増補版』。付箋の数が読み込み度を物語る。


私の現在の仕事はいわゆる新規事業だ。誰も正解がわからない新しい分野だ。だから、様々なステークホルダーとの共通言語はない。ソフトウェアエンジニアとの間でも、共通言語を探すのに苦労する。そんな時に役だったのが、[守]で学んだ「型」だった。情報を「地」(ground)と「図」(figure)で捉え直す《地と図》、ルール・ロール・ツールを編集する《ルル三条》だ。これらが、相手の立場や、想いを理解するのに大いに役立った。以前の自動車での仕事は、先人たちが培った編集技法により共通言語が行き渡っていたことにも気付かされた。堅苦しいと思っていた社内会議のお作法は、《ルル三条》が洗練されたものだったらしいこと。《要素》《機能》《属性》を用いた情報の整理は、商品のアピールを考える際の基本となるものだった。


一方で、「ありえない言葉」をつくるお題《やわらかいダイヤモンド》では、自分の中の語彙を広げるインスピレーションの乏しさにも気がつかされた。実は、これこそ、人のこころを動かす企画を作る際には大事なことだと思う。会社生活では気づかなかったことだ。そうしてみると、日常の見え方も変わってきた。会社から見える美しい木々が連なる公園の風景は、どの様に言葉で表現できるだろうかと考えるようになった。


会社員としてのキャリアの再整理のために、挑んだ編集学校であったが、自分の新しい面を発見できた。応用コースの[破]で、小学生以来の物語を作るのが、今から楽しみだ。

組織に「専門性」が蔓延ると、事業も制度も人も固定化されやすくなります。一方、「編集がわたしの専門」と気づいた沖野さんには、社内の「型」に気づき、あらゆるものが編集された状態だと見えてきているのでしょう。今後の沖野さんの編集対象は、人々の移動体験。街・人・車といった見える《三位一体》から、雰囲気・音・感触といった見えない《三位一体》まで、《注意のカーソル》を縦横無尽に動かし、新たな物語へと編集していってくれることでしょう。

写真・文/沖野和雄(54[守]たまむしメガネ連教室、54[破]風土粋粋教室)

編集/チーム渦(柳瀬浩之、角山祥道)

  • エディストチーム渦edist-uzu

    編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。

  • 自分の思考のクセを知り、表現の幅を広げる体験をー学校説明会レポート

    「イシス編集学校は、テキストベースでやりとりをして学ぶオンラインスクールって聞いたけど、何をどう学べるのかよくわからない!」。そんな方にオススメしたいのは、気軽にオンラインで参加できる「学校説明会」です。  今回は、6 […]

  • 『ケアと編集』×3× REVIEWS

    松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。 さて皆 […]

  • 寝ても覚めても仮説――北岡久乃のISIS wave #53

    コミュニケーションデザイン&コンサルティングを手がけるenkuu株式会社を2020年に立ち上げた北岡久乃さん。2024年秋、夫婦揃ってイシス編集学校の門を叩いた。北岡さんが編集稽古を経たあとに気づいたこととは? イシスの […]

  • 目に見えない物の向こうに――仲田恭平のISIS wave #52

    イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。 仲田恭平さんはある日、松岡正剛のYouTube動画を目にする。その偶然からイシス編集学校に入門した仲田さんは、稽古を楽しむにつれ、や […]

  • 『NEXUS 情報の人類史 下』×3× REVIEWS

    松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を3分割し、3人それぞれで読み解く「3× REVIEWS」。  歴 […]

コメント

1~3件/3件

川邊透

2025-07-01

発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

川邊透

2025-06-30

エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
 
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
 
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。

堀江純一

2025-06-28

ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。