花も歌もひとりでいられない【花歌果の戒】手向けを終えて

2025/05/19(月)08:18 img
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「情報はひとりでいられない」。[守]入門のしょっぱなで出会ったことばが何度も胸に去来した。花と歌を楼主<泣き虫セイゴオ>に捧げようという願いに始まった5月11日のISIS FESTA【花歌果の戒】。参加者はたくさんのセイゴオを胸に、花や言葉がかもす「相の変化」に注目し、「多くの読み」を招来する極めて多読アレゴリア的時間を共有。それぞれの祈りが束となって実ると感じる場を共にした。


本楼が花と歌に包まれた

 

 第1部、塚田有一堂守による花活けのデモンストレーションは、檜、車輪梅の静かでダイナミックな始まりから、花菖蒲の凛と優美なたたずまいへ。息も忘れて見入りつつ、参加者の感じた思いの一端をご紹介。

<Spoken flowers>

  和泉隆久さん

◎━━━━━━━━━━

 共にないもの存在しないものを
 ひとつにつくりあげる

 ・光と影の世界
 ・生存を共存にかえる

                川田淳子さん
              ◎━━━━━━━━━━
               花の盛られた球の空間だけ
               密度が違う 空気
               生命のコラージュ
               これが時とともに変化していく姿を
               想像する
  小路千広さん                            
◎━━━━━━━━━━
 木に咲く花—-天からの授かりもの
 土から咲く花—-地の気を放つもの
 天と地をつなぐ水脈が人の手を通してつながった「生命の木」


                 つかはらゆきえさん
               ◎━━━━━━━━━━
                いしょくされるないぞう

                   ○o。.。o○o。.。o○o。.。o○o。.。o

  椿和恵さん                           
◎━━━━━━━━━━
 前  緑 しん しげる
 中  紫 軸
 後  混じる Domani

                 畑本浩伸さん
               ◎━━━━━━━━━━ 
               ・小さなジャングルジム
               ・萌ゆる図書館・華の中の公園
               ・樹で構成された昆虫
   西村宜久さん              

◎━━━━━━━━━━

 大地が色づいていく様に
 器(身体)が手足を伸ばしていく様に一つ一つの花がかたちを成して行く
 色がやがて青白い透明にかすれていくのが悲しい終わりから始めを見渡せば
 にぎやかな色どりの声がする

「花漏れ日」という影向

 

 いま「デーモン」として出現した植物になりかわって発せられることばも、時を止めたり引き延ばしたりしようとする願いも、第2部、歌のレクチャー「面影恋連」が引き取って、折口信夫の「何しろ歌は、日本人のためのごうすとである」を紹介する。平気でデーモンとゴーストを並べる語り手は、『うたかたの国』『別日本で、いい』等の編集に携わった歌人・米山拓矢師範。後に千夜千冊エディション『日本的文芸術』の表紙を飾った柿本人丸こそ「1500夜」と喝破した記念の書も携えて用意周到だ。

 2時間のために用意された資料は90P。松岡正剛はもとより中西進、芥川龍之介、古代の防人、岡野弘彦、西行から穂村弘や東直子に至る古今の歌人・詩人たちが直接語りかける密度と速度で進む。この方法、どこかで覚えがあると感じた参加者も多いだろう。連塾や伝習座や感門之盟でいつも話に花を咲かせた座談の名手、松岡正剛が背後にいて、いいよ、いいよと肩越しにうなずく。


 ……と見えたのは、2mに及ぶ花ばなの隙間からやってくる木漏れ日ならぬ「花漏れ日」。途中、米山からは「玄月」の名乗りで月のイメージの多い校長だが、本当にそうだったか? われわれの住む惑星系の核をなす太陽そのものではなかったか、との問いかけも。


相問・挽歌としての「いじり歌」

 

 「面影恋連」は歌の精髄、その方法、調べの味わい方から「人はずっと『こひ』をしている」と続いてゆく。「こひ(恋、乞)」は手を伸ばしても得られないものにそれでも手を伸ばすこころであり、死者の魂を呼び戻す「魂乞い」こそが原型にある。と、米山は谷川健一の言葉を引いてくる。

 境界往来を乞う四門堂にとって有難い進行だが、実際に死者が呼び戻せると疑わなかった万葉時代のような歌が、令和のわれわれによめるとも思えない。まして生前のセイゴオと言葉を交わしたことがないという参加者も少なくないのだが…。

 

 「先生がなぜにえらかろ油屋のお紺を観ては泣かしやるものを」(与謝野鉄幹『相聞』)の五七に付句して
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 校長がなぜにえらかろじゃがりこと本の合わせを見つけしものを
                  上原悦子さん

校長と名の付く紳士淑女あまたのうち、「食べながら読み」を指南したのはセイゴオひとり。

 

 校長がなぜにえらかろ
 さきいきの あとさきかへる すべあるものを
                  森山智子さん

「あとさきかへるすべ」とは、「句読点を動かしてみる」の方法と思いあたれば、先に逝った人への悲痛ないじりが伝わってやまない。

みずから「歌をよむ」のお題にこたえて

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 果てなき知 黄泉の国へと 舟を編む 広し夢さえ 吾擦り抜ける

                          山田細香さん

五十音から「まつおかせいこう」と「やまたほそか」を消した残り34字を1回ずつ使い編まれた三十一文字。知も舟も、夢も吾もが残った偶然こそ、編集的自由?

 ぬばたまの仕舞いの夜や瓢箪を手渡し天(そら)へうつしみかくす

                          猪貝克浩さん

瓢箪といえば千夜千冊1850夜『中国人のトポス』。どこか仙界の風貌を見せていた校長の「いないいないばあ」は、どこまでつづく?

「歌を引く」のお題にこたえて

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 それはもう雨の音しかしないから無声映画のようなお別れ
                  天野陽子さん──原田淳子さん

45・46[破]師範がこの春上梓した歌集『ぜるぶの丘で』から、米山師範も太鼓判の「悲しいと言葉に出さずむせぶ」一首を釣り上げた[破]学匠の目利き。

 今日は贈ろう 涙色の花束を君に

 両手でも抱えきれない 眩い風景の数々をありがとう
              「花束を君に」宇多田ヒカル──佐藤悦子さん

涙と暗さの女王だった母に捧げた挽歌。「涙とふ字のなか〈戻〉(れい)のひそめるに君は戻らず遺影にじめり」大塚寅彦さんの歌に通じるものも。

 

 三部では本楼に集まった全員が、主客をとわず松岡正剛の遺影に花菖蒲と歌を捧げていった。お手伝いは春御堂堂人・佐藤悦子さんと塚田慎一さん。その光景を福田とおるさんは「生者死者の皆で今という空間を作っている」と感じたと伝えてくれた。花と歌による初めての試みを企画してきた四門堂運営陣にとって最高の手向けだと感じたが、一夜明ければ「千夜千冊絶筆篇」開始のしらせ。<顕>からの手向けが<冥>より応じられることも、ときにあるのかもしれない。

 


米山徇矢さんの歌

 

師の坐(ゐま)す日々のあれこれ雷の落ちる清(すが)しさいまいちどあれ

漂へどしづまぬ本の国があり帆に風をうけ波を越えゆく

 

校長がなぜにえらかろ本楼にかくれんぼして出てこぬものを

セイゴオを校長と呼ぶ学衆のあまたの春の花の愛(かな)しさ


多読アレゴリア2025夏 終活読書★四門堂

【定員】40名

【申込】https://shop.eel.co.jp/products/tadoku_allegoria_2025summer
【開講期間】2025年2025年6月2日(月)~8月24日(日)
【申込締切】2025年5月26日(月)

【受講資格】どなたでも受講できます
【受講費】月額11,000円(税込)
 ※ クレジット払いのみ
 ※ 初月度分のみ購入時決済
 以後毎月26日に翌月受講料を自動課金
 例)2025夏申し込みの場合
 購入時に2025年6月分を決済
 2025年6月26日に2025年7月分、以後継続


写真:後藤由加里

  • 大音美弥子

    編集的先達:パティ・スミス 「千夜千冊エディション」の校正から書店での棚づくり、読書会やワークショップまで、本シリーズの川上から川下までを一挙にになう千夜千冊エディション研究家。かつては伝説の書店「松丸本舗」の名物ブックショップエディター。読書の匠として松岡正剛から「冊匠」と呼ばれ、イシス編集学校の読書講座「多読ジム」を牽引する。遊刊エディストでは、ほぼ日刊のブックガイド「読めば、MIYAKO」、お悩み事に本で答える「千悩千冊」など連載中。