デザインは「主・客・場」のインタースコア。エディストな美容師がヘアデザインの現場で雑読乱考する編集問答録。
髪棚の三冊 vol.2「粋」のススメ
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『美意識の芽』(五十嵐郁雄、GIGA SPIRIT)
『「いき」の構造』(九鬼周造、岩波文庫)
『ブランドの世紀』(山田登世子、マガジンハウス)
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■貴族と帰属
前項で紹介したように、私たち一人一人が個々に抱いている美意識は、常に「時代の気分」や「流行の力学」のなかで文字通り漂流している。言い換えれば、美意識には時代ごとに主流と傍流があるのだ。けれど「粋」はそのどちらからも地上3センチだけ離陸して、境界線上を抜き差しするように息づいている。
そこで、「粋」を極めるためにファッション史を振り返りながら時代や社会の潮流を点検してみることにしよう。
古くから人の装いは、その衣装を纏う者の地位を象徴する機能を果たしてきた。とりわけ中世までは「モード」といえば貴族階級の特権的な専有物で、貴族と庶民は外面的な装いによって厳密に区分けされ、ルール(規範)やスタンダード(標準)が求められてきた。その意味で「モード」にはきわめて政治的な思惑が込められており、こうした事情について英ヴィクトリア朝の歴史学者トマス・カーライルは「社会は衣服(≒モード)の上に建設されてきた」と評している。
こうしたルールが初めて劇的に撤廃されたキッカケは産業革命だった。平民でありながら経済力と名誉意識を持つ市民階級があらわれたことで、服装の制限はとりはらわれ、モードは市民社会の「自由」を象徴する生活流儀となって行った。
ところが、ファッションの自由化はむしろ19世紀市民の服装を均質化させることになった。男性の間に「ダンディズム」という美意識が興って、人目に立たない服装が好まれ、制服のように非個性的な装いがモードになったのだ。
ここで働いた力学は、貴族から市民への政権交代である。市民社会の謳歌を勝ち取った成功者たちは、あらたな特権階級を表象させるモードを作り出し、その「流行」へ帰属することを積極的に求めたのだった。
帰属本能と貴族願望。人は何かに属していたいと思うし、承認して欲しいと願う。おそらく世界は今も昔も、この2つの「キゾク」によって廻っているのではないだろうか。それは自尊心を満たす反面、争いや差別を助長する。共感と疎外とは表裏一体であることを、私たちは心に留めておく必要があるだろう。
コップの使い方が多様であるように、自由も正義も革命も流行もそもそもの源泉や原型があって、モードやルールやイイネや炎上には常に別様の解釈可能性が想定されるべきなのだ。
深谷もと佳
編集的先達:五十嵐郁雄。自作物語で語り部ライブ、ブラonブラウスの魅せブラ・ブラ。レディー・モトカは破天荒な無頼派にみえて情に厚い。編集工学を体現する世界唯一の美容師。クリパルのヨギーニ。
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