自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
「杉浦康平を読む」読了式の続報をお届けします。
先月、山田細香さんが最優秀賞&学長賞のダブル受賞を果たしたニュースはすでにエディストしました。ですが、授賞の舞台はそれだけにとどまりません。方源(穂積晴明)賞、武蔵美・杉浦康平デザインアーカイブ賞(二賞)、特別賞・優秀賞も授与され、それぞれに絶品の贈呈本が手渡されました。
【全文掲載】最優秀賞&学長賞W受賞は山田細香 多読SP「杉浦康平を読む」
贅沢なのは贈呈本ばかりではありません。式典のイコンとして、本楼のブビンガ上に鎮座したのは、杉浦康平ブックデザインの超豪華本! そこにさらに華を添えるかのように、お二人の特別ゲストをお迎えしました。杉浦康平アーカイブを担当する武蔵野美術大学図書館の村井威史さん、そして杉浦さんのパートナーである加賀谷祥子さんです。
進行と仕切りは木村久美子月匠。松岡正剛校長と杉浦康平さん、おふたりが不在のなか、あえて「杉浦康平を読む」に挑むことが今回の多読スペシャルの大きな裏テーマでした。どうすれば「杉浦康平を読む」を実現できるのか。
木村月匠の面目躍如たるフルリスペクトなもてなし・ふるまい・しつらえ。そこにこそ、「杉浦康平を読む」の真価が体現されていました。その一端を、写真とともに振り返ります。
杉浦康平ブックデザインの超豪華本
ロジェ・カイヨワ+森田子龍『印 Chiffres』
ロジェ・カイヨワ+森田子龍『印 Chiffres』は杉浦康平ブックデザインの超豪華本。カイヨワの詩(阿部良雄の訳に原文を併置)と書家の墨書作品、それに解説本を加えた3冊からなる。木村久美子月匠が「絶対に汚さないで!」という条件付きでご主人から借りて、読了式のイコンとしてブビンガに飾った。
写真ではわからないかもしれないが、カイヨワの詩は「きらびき紙」にスミ色を使わない3色オフセット印刷、そして一文字一文字に「レインボー箔」打ち抜きされている。
方源(穂積晴明)賞
杉浦康平・北村正利『立体で見る 星の本』(福音館書店)
授賞式は方源(穂積晴明)賞から始まる。穂積さんは編集工学研究所のデザイナーであり、杉浦康平イズムを継承する若き逸材。「杉浦康平を読む」のプログラム開発から参加し、オープニングではソロ講義を行い、そこで穂積さんが提起した「インアウトライン」は今季スペシャルのホットワードとなった。
方源賞は古谷奈々さん(スタジオΩノイズ環)。読相コレスポンダンスのタイトルは「右手の志を探して――触り、掴み、捲る日々を取り戻す」。序章に「インアウトラインへの憧れ」とあるのは穂積さんのソロ講義に強く触発されたからだ。
贈呈本は杉浦康平・北村正利『立体で見る 星の本』(福音館書店)。巻末には赤と青のメガネの付録がつく。メガネを使うと、宇宙の星、全天88の星座が立体で浮かび上がる。幼少期の穂積さんが最初に杉浦デザインの洗礼を受けたのがこの驚異の一冊だった。
武蔵美賞二賞
『靈獣が運ぶ アジアの山車』(工作舎)
斎藤真一『ぶっちんごまの女』(KADOKAWA)
武蔵美賞のプレゼンテーターは、武蔵野美術大学図書館にて杉浦康平デザインアーカイブを担当する村井威史さん。村井さんはオープニングと読了式の両方に出席し、編集学校の師範代ばりに書き手の編集プロセスに寄り添った講評を熱を込めて語った。読了式には参加が叶わなかった新保韻香さんの講評も村井さんが代読した。
村井さんは小野泰秀(スタジオ▽天籟クルタ)さん、新保さんは梅澤光由(スタジオΨめくるめ木)さんを武蔵美・杉浦康平デザインアーカイブ賞に選出した。
新保さんからの贈呈本は『靈獣が運ぶ アジアの山車』(工作舎)。受賞作は梅澤光由(スタジオΨめくるめ木)の「脈動するDe・sign――見えない姿を象る技法」。講評では次の杉浦さんの言葉を引用した。
私はアジアの人々や風土、文化が大好きで、旅を重ねるたびに人々の優しさや美しい風景に出会ってきました。なかでも心打たれるのは、胸の前で両手を合わせ、ニコッと微笑む自然な挨拶です。合掌することで身体が一つになり、そこに『心』が現れる。祈りの心、相手を思いやる慈悲の心が、その仕草に込められているのです。相手にそっと差しだす、その優しさあふれる光景にこそ、アジアの精神が宿っているのです。
新保さんは、梅澤さんの文章に、この「祈りに込められたアジアの心」を感じたのだという。
村井さんの選んだ贈呈本は、本を開いてびっくりな『ぶっちんごまの女: 花魁だった祖母と、母の半生』(KADOKAWA)。杉浦ファンといえど、本作が杉浦さんの傑作造本であることを知る人は少ないだろう。受賞作は小野泰秀(呑吐の思想を生きる――知覚から宇宙を編む)の「呑吐の思想を生きる――知覚から宇宙を編む」。
『ぶっちんごまの女』について村井さんは次のように語る。
「この本の背景たる一枚絵を微妙にずらして配置した、風景の連続性と円環性で一冊の本を包み込むデザイン手法です。全宇宙誌ほど過激ではありませんが、杉浦先生が本に抱く理想のかたちのひとつではないかと私は感じています。本のあり方を考えさせるブックデザインの傑作です」。
特別賞
『遊 1006 1979-4 観音力+少年』
特別賞は塚田有一(スタジオΨめくるめ木)さん。読創コレスポンダンスのタイトルは「花が通る」。実はエントリー期限には間に合わなかったのだが、作品の質の高さから、読んで字の如く「特別」に授与が決まった。フラワーアーティストの塚田さんと杉浦康平『生命の樹・花宇宙 万物照応劇場』(工作舎)のマッチングはとっびきり群を抜いてた。贈呈本は『遊 1006 1979-4 観音力+少年』。
優秀賞
『遊 1002 1978-7 呼吸/歌謡曲』
『遊 1005 1979-2 電気+脳髄』
優秀賞は大泉健太郎(スタジオ∵アミ点宇宙)さん。読相コレスポンダンスのタイトルは「『白体を描く』――「かさね」が生む、生命の輝き」。杉浦康平とパウル・クレーを対比し、「一点透視図法」というキーワードを持って、モダンデザインからグローバリズムまでを抉った。贈呈本は『遊 1002 1978・7 呼吸/歌謡曲』『遊 1005 1979-2 電気+脳髄』の二冊。
最優秀賞&学長賞授賞
『遊 1003 1977-9・10 存在と精神の系譜』
すでにエディストでも公開されているが、山田細香(スタジオ▽天籟クルタ)さんの最優秀賞&学長賞授賞シーン。田中優子学長のビデオメッセージが放送されるなかで、山田さんがガッツポーズする姿が右下のワイプで映し出された。咄嗟に、絶妙にワイプ抜きのチャンスオペレーションができたことは、イシスのテクニカルチーム黒膜衆のこの日の自慢に違いない。
松岡正剛と杉浦康平
夜中の電話、最後の電話
フィナーレには、松岡校長と杉浦さんの通話の秘蔵録音を公開。画像の左上に通話マークがあるのはそのためである。この音声は、2022年の暮れに録音されたもの。杉浦さんと松岡校長の最後の電話となった。
『遊』の時代にも頻繁に「夜中の電話」で密談していた二人は、ひょっとしたらこんなふうに話をしていたのかもしれないと会場一同は夢想した。当日、この音声が公開されることは読衆にもボードメンバーにも知らされていなかった。木村久美子月匠が仕掛けたサプライズギフトだった。
加賀谷祥子さんは、まるで杉浦さんの身代わりのようにして、オープニングから読了式まで、「杉浦康平を読む」プロジェクトを優しく見守り、支えてくれた。読了式のスピーチでも、加賀谷さんだからこそ知る杉浦さんの心情、「杉浦康平を読む」への思いを代弁するように語った
昨年末の松岡校長のお別れ会に出席する代わりに、杉浦康平さんが記した追悼文。加賀谷祥子さんが出かける間際に、さささっと書き上げたという。杉浦さんと松岡校長の友情の深さがひしひしと伝わってくる。
読相コレスポンダンスにエントリーした読衆全員に松岡正剛『編集宣言 エディトリアル・マニフェスト』(工作舎)が贈られた。本書は、工作舎の現編集長の米澤敬さんが松岡正剛追悼のために出版した。裏表紙の帯には、ノヴァーリス、稲垣足穂とともに松岡正剛の言葉が載っている。
私は本をつくっていて一度も主張したことはない。送り手であるとおもったことはない。本がまさしくそうであるべくしてあらんとしたそのように、本は本をめざすのである。
写真:後藤由加里
金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:夢野久作
最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
photo: yukari goto
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2025-11-18
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2025-11-13
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泉昌之のデビュー短篇「夜行」(初出1981年「ガロ」)は、ふだん私たちが経験している些末なこだわりを拡大して見せて笑いを取った。のちにこれが「グルメマンガ」の一変種である「食通マンガ」という巨大ジャンルを形成することになるとは誰も知らない。
(※大ヒットした「孤独のグルメ」の原作者は「泉昌之」コンビの一人、久住昌之)
2025-11-11
木々が色づきを増すこの季節、日当たりがよくて展望の利く場所で、いつまでも日光浴するバッタをたまに見かける。日々の生き残り競争からしばし解放された彼らのことをこれからは「楽康バッタ」と呼ぶことにしよう。