こう見えて繊細さん(30代男性)のご相談:
長年気になっていましたことをここで打ち明けます。それは、年配の男性のくしゃみについてです。「ぶああっくしょっっ」と文字にもしがたい声で、かつ特大の音量で吐き出すのは、なぜなのか。高齢化による身体の相転移によるものなのか、モラルの決壊なのか…
もうすぐ自分もおじさんの仲間入りをする年齢になってきており、あのようにはなりたくない、でもこれはあらがえない運命なのか、と悩んでおります。それに、この状況下の電車の車中では、いっそう気になって仕方がありません。
ゴジ、、サッショー、シーザーさま助言をお願いします。
サッショー・ミヤコがお応えします
重箱の隅をつつきますが、もしもゴジラがくしゃみをしたら、影響はどのぐらいの範囲に及ぶんだろうと妄想してしまいました。出るのは鼻水? それとも放射線? そういえば、もう一年前になりますが、ダイヤモンド・プリンセス号からの感染者受け入れの際、住民説明会で「ゴジラのような大きな咳をする人がいなければ大丈夫」と言って厳重注意された厚労省のお役人がいました。それって、「ゴジラに失礼よ」ということで注意されたのでしょうか? 東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の「女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる」と似たようなものかしら?
実は、森会長の発言と同じような感触を、高齢化による「身体の相転移」とか「モラルの決壊」という言い回しから受けて、ちょっとイラっとしました。おそらく「こう見えて」さんは、老化から死に至る道筋を「固体→液体→気体」のような変化ととらえ、液状化を激しく恐れていらっしゃるのではないでしょうか。森会長はやや手遅れかもしれませんが、30代の「こう見えて」さんは意識を一新しましょう。老化って、樹木が外側にどんどん層を重ね、結果的に年輪を残すのと同じです。表皮はボロボロになったりしますが、死ぬまで成長は止まりません。見た目恐ろしいひひじーさんや意地悪ばーさんのなかにも赤ちゃんからの記憶が重なって人格になっていると考えると、ちょっと気楽に年が取れるでしょうか。
千悩千冊0015夜
内田百間(ケンは門に月)
『百鬼園随筆』旺文社(現在は新潮社)
苦沙味先生こと漱石門下の百鬼園先生(「門構えに月」は早く人名漢字入りさせてほしい)こそ、日本文芸史上一番「ぶああっくしょっっ」の嚏の似合う方だと確信して、ご紹介しました。本書には、ズバリ「嚏」という短章や名作と評判の高い「間抜けの実在に関する文献」など、さまざまな文章が収められています。サッショーが好きなのは、たとえば「飛行機がいくら危険でも、布団の上で人が死ぬのに比べれば、遥かに安全である。」てな強がりだったり、「私と云ふのは、文章上の私です。筆者自身の事ではありません。」の前置きで始まる「ものの裏表へのこだわり(「私」は日本銀行を襲撃して大金庫内の紙幣の裏表と向きを全部揃える夢想に及ぶのです)」だったりです。早く「イヤダカラ、イヤダ」と言える老人になりたいものです。
◉井ノ上シーザー DUST EYE
わたしも五十路をこえて、くしゃみの音やしぐさが大きくなりました。加齢の宿命ですね。“こう見えて繊細さん”にも、おじさんのくしゃみをかわしつつ、受け入れる術を身につけて欲しいと思います。くしゃみおじさんの表情は、ピアノを弾くグレン・グールドの恍惚状態に似てませんか。松岡校長は、グールドの演奏を「見られるのは、至福に近いものがある」と述べています。グールドの手や足の動きも独特ですが、同様にくしゃみをするおじさんの手や足の動きに着目すると、そこに芸術的な感動をおぼえられるかもしれません。
▲千夜千冊980夜『グレン・グールド著作集』より。
グレン・グールドの表情としぐさは、くしゃみおじさんを思わせる。
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井ノ上シーザー
編集的先達:グレゴリー・ベイトソン。湿度120%のDUSTライター。どんな些細なネタも、シーザーの熱視線で下世話なゴシップに仕立て上げる力量の持主。イシスの異端者もいまや未知奥連若頭、守番匠を担う。
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