【勝手にアカデミア】『敗戦日記』×3×REVIEWS

2025/08/25(月)11:34 img
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 戦後すぐに鎌倉にできた伝説の学校「鎌倉アカデミア」。多読アレゴリアの【勝手にアカデミア】では、同校の「学びのモデル」を取り出してきた。25年夏シーズンは、同校の文学科講師、作家の高見順が昭和20年の1年間を綴った『敗戦日記』にカーソルをあわせた。

 1冊の本を3分割して読み解く新しい書評スタイル「3× REVIEWS」。今回は、【勝手にアカデミア】の成果をご覧いただきたい。


 

【勝手にアカデミア】による高見順『敗戦日記』×3× REVIEWS

 

●1 いんいんたる砲声響く―昭和20年1~4月の日記

[当時の状況]
1月20日 軍部が本土決戦の作戦大綱を策定。
2月4日 米英ソの三国首脳が戦後処理を密談(ヤルタ会談)。
3月10日 東京大空襲(死者8万4000人)。
4月1日 米軍、沖縄への上陸作戦開始。

 昭和20年1月1日、海軍の軍人が高見の家を訪れるところから「日記」は始まる。軍人の口から出た「死の予感」に対して半分冗談だと高見順は楽観的だった。ちなみに彼の変化を「記憶の歴史」にとどめず、「記録の歴史」として後々認めたのは他ならぬこの軍人だった。
 情報が不足する中、高見は自分の目で空襲後の街を見たり、新聞を隅々まで読んで事実に近づこうとする。状況の悪化は過大な楽観視を悲観視に180度変えていく。(彦星・齊藤肇)
 昭和20年3月10日を境に、日記は一変する。それまでは北鎌倉から頻繁に東京に出かけては気の合う仲間と酒を酌み交わすことが多く、そうでない日は読書に耽り作家としての自分を鼓舞することも多かった。
 しかし3月10日以降は、東京の変わってしまった景色、空襲で焼き出された人々の様子が、突き動かされるように克明に綴られている。そして彼自身も北鎌倉に根を下ろし、鎌倉文庫の設立に走り出すのである。(帆路・上松美緒)

 

●2 空に舞う黒い灰―昭和20年5~8月の日記

[当時の状況]

5月7日 ナチスドイツ、無条件降伏。
6月18日 ひめゆり学徒隊の集団自決。
7月28日 政府はポツダム宣言を黙殺し戦争継続を表明。
8月28日 連合国最高司令官マッカーサーが厚木に到着。

 敗戦に向かう日本、国民は政府や報道に翻弄されていた。戦況は不安だが、何かと忙しく過ごす日々、刻々変わる不安な情報に不満がつきまとう。爆撃が日々激しくなり、義勇隊での慣れない作業が始まる。作家仲間で義勇隊報道班を申出るが不認可。対日降伏条件に新聞は笑止扱い。そして、8月6日、9日の原爆投下。政府は原子爆弾の正確な情報を出さない。政治家が情けない。そして、打つ手があったのではないかと思わせる悔やみきれない日本の失態を高見は書き綴る。(歩風・伊東賢伸)
 太平洋戦争末期。物資の不足から人々の心は荒み、空襲が鎌倉にも迫ってきた。悪化する戦局に自ら「我慢」と律し、世間を「恥」と傍観する一方で、高見は自身の在り方を問う。向けようのない怒りが無関心の平静となり、当時の日本に至らしめた罪を自分たちに向けた頃、玉音放送が流れて戦争が終わる。かつて「番頭」の言葉に傷つき「真の仕事をしたい」と願った作家は、死の恐怖から解き放たれ、「立派な仕事」の模索を始める。(穂凪・原田祥子)

 

●3 恥辱と焦燥―昭和20年9~12月の日記

[当時の状況]

9月20日 児童らが墨で教科書を塗りつぶす。
10月9日 GHQ(連合国総司令部)、新聞の検閲開始。
11月23日 プロ野球東西対抗戦(プロ野球の復活)。
12月10日 『リンゴの歌』がラジオから流れる。

 終戦から15日後から年末までの日記には、戦後社会への高見の戸惑いと混乱が溢れ、令和を生きる今の私をも驚かす。進駐軍が東京に乗り込み、政府の高官や軍人たちの自決のニュースの傍らで、禁じられていた文化や文芸に自由が訪れ、新しい冊子を生み出そうとする彼ら文化人たちの熱きエネルギーを感じる。一方で、食糧難や喧嘩、揉め事などで混沌とした国や人々の有り様に、愕然とし自らを「ヒステリー」と表現する高見の当時の心情が伝わる。(里星・岩上百合子)
 懦弱、羞恥、卑怯、愚劣と、無知、浅薄、滑稽、醜態を軽蔑し、荒涼と淫売に覚える悲哀と屈辱を書き殴る。
 虚栄心の塊である高見順は、国辱に居堪れずに、これらの言葉で敗戦の風景を綴った。怠惰な政治と権威に追従し、自由な精神を剥奪された人々の「浅間しさ」は南洋の無知な土着民以下と蔑むが、自身の自惚れに気づき苛立つ。辛さを吐露し煩悶しつつ、「物事を従ヘヨ」「人生を獲得せよ」と、高見が文学を支えに生を想う書だ。(晶月・安田晶子)

 

『敗戦日記』高見順/中公文庫/1190円(+税)

●高見順(たかみ・じゅん) 明治40年、福井県生まれ。小説家、詩人。東京帝国大学英文科在学中から小説や評論を発表。『故旧忘れ得べき』が第1回芥川賞候補となり一躍文壇の注目を浴びる。戦中は陸軍報道班としてビルマ(ミャンマー)、中国に派遣される。『敗戦日記』は中国から帰国後すぐの昭和20年1月から12月まで、北鎌倉の地で書かれたもの。戦後は鎌倉アカデミア文学科の講師も務めた。晩年は日本ペンクラブや日本近代文学館の設立に尽力。享年58。

編集・アイキャッチ/み勝手(角山祥道)

 

さなかに通り過ぎた80回目の8月15日。25夏は、日記を通じ昭和20年のその日の追体験を試みました。翌年の昭和21年に生まれた伝説の大学「鎌倉アカデミア」の学びを手がかりに、【勝手にアカデミア】では問いを重ねています。
「25秋シーズン」は、鎌倉アカデミアの「産業科」を疑似体験します。校長・三枝博音の「技術の哲学」に迫り、鎌倉彫に挑戦し、鎌倉路を吟行する。体験重視の【勝手にアカデミア】、25秋シーズンの入会、お待ちしております。(せん師・大塚宏)

【勝手にアカデミア】をもっと知るには●

 

○3× REVIEWS(三分割書評)

【勝手にアカデミア】『鈴木清順エッセイコレクション』×3×REVIEWS

【勝手にアカデミア】『三枝博音と鎌倉アカデミア』×3×REVIEWS

○吟行レポ

【多読アレゴリア:勝手にアカデミア】はとさぶ連衆、鎌倉に集い俳句を詠みつつアカデミア構想に巻き込まれるの巻

○クラブ紹介

【多読アレゴリア:勝手にアカデミア①】勝手にトポスで遊び尽くす

【多読アレゴリア:勝手にアカデミア②】文化を遊ぶ、トポスに遊ぶ

【多読アレゴリア:勝手にアカデミア③】2030年の鎌倉ガイドブックを創るのだ!

【多読アレゴリア:勝手にアカデミア】勝手に映画だ! 清順だ!(25春)

夏、高見順の『敗戦日記』を読む【勝手にアカデミア/多読アレゴリア】(25夏)

 


多読アレゴリア2025秋 【勝手にアカデミア】

 

【運営メンバー】播種:大塚宏(せん師)、原田祥子(お勝手)、角山祥道(み勝手)

 

【開講期間】2025年9月1日(月)~12月21日(日) ★16週間
【URL】https://shop.eel.co.jp/products/tadoku_allegoria_2025autumn
【定員】20名(勝手にアカデミア)
【受講資格】どなたでも受講できます
【受講費】月額11,000円(税込) ※ クレジット払いのみ
【2クラブ以上お申し込みされる場合】2クラブ目以降は、半額でお申し込みいただけます。お申込詳細はショップカートにて。

  • 勝手にアカデミア

    編集的先達:三枝博音。多読アレゴリアの【勝手にアカデミア】は、鎌倉に生まれた伝説の学校「鎌倉アカデミア」をもどきながら、トポスにトピカ、映画に産業、文学に演劇……などなど勝手に学び、勝手に語らい、勝手に創出する。