負をもって相を動かす―44[花]千夜多読仕立て

2025/11/09(日)08:09 img
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先人は、木と目とを組み合わせて「相」とした。木と目の間に関係が生れると「あい(相)」になり、見る者がその木に心を寄せると「そう(想)」となる。千夜千冊を読んで自分の想いを馳せるというのは、松岡校長と自分の「相」を交換し続けることに他ならない。

 

44[花]の指導陣は、入伝式の事前課題「千夜多読仕立て」の選定にあたって、43[花]での10夜からじつに9夜を入れ替えた。これからの式目演習の手摺りになり、かつ入伝生が抱く「相」が解発されていく10夜を選んだ。[花伝所]という講座が世阿弥の複式夢幻能に肖っているということを核にして、その前後の組立を再編集したのだ。

 

■起点は「負」を読む

 

はじめに、神話という物語の函があり、そこには「負」があった。欠陥や喪失による「負」の存在が、物語的想像力を発動させてきた。第1の千夜には『闇の歴史』(カルロ・ギンズブルグ)を据えた。そして長く10夜の「定席」だった『世阿弥の稽古哲学』(西平直)を『ワキから見る能世界』(安田登)に替えた。正体不明のシテが、鏡の間(彼岸)から橋掛かりを通って、ワキのいる舞台(此岸)に登場する。シテが宿すのは悲哀であり悔恨であり残念である。ワキがシテに出くわす。「相」が立ちあがる。観客はワキを介して「負」を抱えるシテの様相を読む。この相を読むことが[花]の稽古の起点に深く関わっている。

カマエもハコビも自らを表出するものだ。自分自身に潜んでいる残念や創(きず)、しがないものまでを自分から持ち出していく。これが師範代のカマエをおこすことだ。そして、迷いも悲喜交々もかき消さず、格好つけずに「わからない」に挑む。これこそ指南としてハコぶことなのである。


■さしかかりに「私」を投じる

 

他方、生命体としての「私」は、すでに非自己を取り込みながら免疫的自己を形成し、外部環境との秩序を保って生きている。たくさんの「私」を組み合わせて「世界」に接触するたびに、別様(ヴァージョン)を発見する。もし、自らのもつヴァージョンとヴァージョンとの隙間に「世界」を入れ込めば、インタースコア編集の多次元化に向かえるのではないか。隙間には必ず閾値が発生する。その場のさしかかりに「私」を投じることで、エディティング・セルフが躍動するのだ。

 

◆44[花]千夜多読仕立て 厳選10夜◆

 

0056夜『闇の歴史』 カルロ・ギンズブルグ
1840夜『カオスの紡ぐ夢の中で』金子邦彦(『千夜千冊エディション 数学的』所収)
0867夜『サイバネティックス』ノーバート・ウィーナー(『千夜千冊エディション 電子の社会』所収)
1635夜『クリエイティブ・コーチング』 ジェリー・リンチ
1815夜『思考と言語(新訳版)』レフ・セミョーノヴィチ・ヴィゴツキー
0446夜『精神の生態学』 グレゴリー・ベイトソン(『千夜千冊エディション 情報生命』所収)
1176夜『ワキから見る能世界』 安田登(『千夜千冊エディション 芸と道』所収)
1089夜『花鳥の使』 尼ヶ崎彬(『千夜千冊エディション 面影日本』所収)
1249夜『大乗とは何か』三枝充悳(『千夜千冊エディション 仏教の源流』所収)
1793夜『世界制作の方法』 ネルソン・グッドマン

 

はじめに「負」ありきというベースから、未生のインタースコア編集に向かうことをターゲットに、今期の10夜をプロフィールとした。入伝生は自らの「相」を動かしてこの10夜を一枚のマップに描出し、道場での演習に向けた編集方針を宣言した。

 

「メタメタ認知-離をもって自分を含む非自己世界にいる自分を見る」(入伝生S.R)

「見えていない関係性を見えるよう、かさねてつくるようにする」(入伝生S.T)

「強固なわたしではなく水のようにしなやかに「変言自在」でありたい」(入伝生F.K)

 

非自己とか、別様とか、いまだ発見されていない関係のなかで人間は生きている。道場では、まだ見ぬ学衆の相を読んで、「わからない」ことを抱きながら、「世界」とつながる「私」の相を書いていく。

指南とは、相を読書することなのである。

 

アイキャッチ・文/齋藤成憲(44[花]錬成師範)

 


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●負をもって相を動かす―44[花]千夜多読仕立て

  • イシス編集学校 [花伝]チーム

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