道ばた咲く小さな花に歩み寄り、顔を近づけてじっくり観察すると、そこにはたいてい、もっと小さな命がきらめいている。この真っ赤な小粒ちゃんたちは、カベアナタカラダニ。花粉を食べて暮らす平和なヴィランです。
42[花]編集トリオの身体知トーク・容る編の続きです。
編集学校の学びは、学習ではなく「稽古」である。私たちは稽古を通じて多くのものを受け取り、方法ごと血肉にしている。ロールチェンジも頻繁に起こる編集学校はユニークだ。このシステムがもつ可変性と、リテラルな編集稽古を通じてなにが受け渡されているのか。大量の入力情報を浴びながら、言語化に向かわせる花伝所の学びの特徴とは。[42花]から、パンを焼く花目付(編集学校歴10年)、熟練錬成師範(編集学校歴18年)、システムエンジニアから医療に転じた新師範(編集学校歴3年)の三人が集い、自らの稽古体験と更新について鼎談の場をもうけた。破る編は、編集稽古が閾値に達すると何が起こるのか。身体化と閾値の関係に着目したい。(全3回)
■「閾値」に達すると何が起こる?
齋藤:少し前に出てきたことですが「身体を伴う体験は、編集稽古と相性がいい。ある閾値に達すると自分の内部と照合されて、情報の理解度が急に深まる」という話が出ました。そこで思い出したのが、千夜千冊1324夜のジョルジュ・アガンベン『スタンツェ』です。アガンベンは『幼児期と歴史』で、インファンティア(幼児期)のことを「いまだ言語活動をもたない状態」という捉え方をしています。インファンティアとは、非言語的ながらも、言語がそこを前提として成立していくような「埒」のことである。そこは穿たれた「場所」であり、その穿たれたところから、何らかの新たな衝動をえて言語化に向かう。経験を語るのも、歴史を語るのも、美術表現にいたるのも、そもそもがインファンティアに発し、インファンティアに根づいていると。

ジョルジュ・アガンベンの初期著作。人間が言語化することに向かうプロセスを緻密に読み解く考察が眩しい一冊。
平野:ということは「閾値」に達するというのは、そもそもの起源に遡っていくということ?
齋藤:そうかもしれません。身体化と言語化のあいだにインファンティアがある。
高田:「そもそもその情報はどこから来たか」を縦に辿る方法と、連想で横に広げる方法で、行ったり来たりするうちに、思いもしない新しい何かに出会うことってありますね。奥にあるものを覗いてみたくなる感じでしょうか。
平野:閾値に達するのは急ですね。なにかの情報に接して、突如「あ、これだ!」が発現する感覚があります。異物に触れて化学反応するように、未知だったことの一端に触れて、なにかが破れる感です。普段は気に留めていない断片情報が、非線形で非連続につながる予兆を感知する。既知に触れるような直観です。
齋藤:そう。そこが編集学校を続けられる理由になっているはずです。学衆は自分にとっての「閾」にあたるモノ、それは特定の場所だったり出来事であったりもするでしょう。そういうモノを標的にして、推敲して錬磨しながら回答を続ける。師範代はそこに、まなざし入りの指南を手渡す。でも決して学衆の編集的自由を奪うことを師範代はしない。
平野:他者は絶対に必要ですね。他力といえば仏教、方法日本のバックボーンです。わからなさを敢えて許容して、先に進むと顕れる景色もあります。蓄積と研鑽の賜物は、実にアート!校長はアルス・コンビナトリアだと断言してました。
齋藤:はい。それこそ校長自身が作り出したアートに注目したいです。編集学校でアルス・コンビナトリアの最高傑作がありますね。高田師範、わかります?
高田:教室名ですね。
平野:花伝所を放伝して手にするモノは指南メソッドだけではない。校長と私とのインタースコアで生成されて「託したよ」と校長の思いを込めた教室名が手渡される。唯一無二の名、まさに結合術です。
齋藤:名づけられることで、この名に恥じぬようにという矜持ももてるはず。真っ新な教室とまだ見ぬ学衆の顔を思い浮かべて、ふたたび[守]の場に立つ。編集学校の使命をもって[花]から[守]に越境します。
高田:教室名をもらうとジワジワきますが、そこからは世界定めー場のしつらえー開講と時計の針が一気に動き出します。お題を出す側になっていく稀有な学校です。
敢談儀で『芸と道』図解について問答する高田錬成師範。入伝生の見立てをリバースエンジニアしながら学びを更新中。
平野:いくつかの門をくぐり、教室名にはじまる編集ロードですね。最初の編集マジックは名づけ。教室名にぎゅっと凝縮されている世界観を展いていく冒険譚なんですね。編集工学という現代の魔術を身に着ければこそ、新しい道や世界はいくらでも創出できるなんてワクワクします。編集稽古を継続する醍醐味は、はじまりが何度でもやってくる愉快を身体で知っているからですね。
(了)
文/齊藤成憲・平野しのぶ・高田智英子
アイキャッチ/高田智英子
アイキャッチ写真/後藤由加里
イシス編集学校 [花伝]チーム
編集的先達:世阿弥。花伝所の指導陣は更新し続ける編集的挑戦者。方法日本をベースに「師範代(編集コーチ)になる」へと入伝生を導く。指導はすこぶる手厚く、行きつ戻りつ重層的に編集をかけ合う。さしかかりすべては花伝の奥義となる。所長、花目付、花伝師範、錬成師範で構成されるコレクティブブレインのチーム。
「乱世こそ花伝所」。松岡正剛校長の言葉を引用し、花目付の林朝恵が熱く口火をきる。44[花]の問答条々、式目の編集工学講義は花伝所をけん引するツインターボ、林・平野の両花目付のクロストーク形式で行われた。2025年10月2 […]
「5つの編集方針を作るのに、どんな方法を使いましたか?」。遊撃師範の吉井優子がキリリとした声で問いかける。ハッと息を飲む声がする。本楼の空気がピリリとする。 ▲松岡校長の書いた「花伝所」の前でマイクを握る吉井師範 &n […]
先人は、木と目とを組み合わせて「相」とした。木と目の間に関係が生れると「あい(相)」になり、見る者がその木に心を寄せると「そう(想)」となる。千夜千冊を読んで自分の想いを馳せるというのは、松岡校長と自分の「相」を交換し続 […]
【書評】『アナーキスト人類学のための断章』×4× REVIEWS 花伝所 Special
松岡正剛いわく《読書はコラボレーション》。読書は著者との対話でもあり、読み手同士で読みを重ねあってもいい。これを具現化する新しい書評スタイル――1冊の本を数名で分割し、それぞれで読み解くシリーズです。今回は、9月に行われ […]
3000を超える記事の中から、イシス編集学校の目利きである当期の師範が「宝物」を発掘し、みなさんにお届けする過去記事レビュー。今回は、編集学校の根幹をなす方法「アナロジー」で発掘! この秋[離]に進む、4人の花伝錬成師 […]
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2025-11-25
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2025-11-18
自ら編み上げた携帯巣の中で暮らすツマグロフトメイガの幼虫。時おり顔を覗かせてはコナラの葉を齧る。共に学び合う同志もなく、拠り所となる編み図もなく、己の排泄物のみを材料にして小さな虫の一生を紡いでいく。
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泉昌之のデビュー短篇「夜行」(初出1981年「ガロ」)は、ふだん私たちが経験している些末なこだわりを拡大して見せて笑いを取った。のちにこれが「グルメマンガ」の一変種である「食通マンガ」という巨大ジャンルを形成することになるとは誰も知らない。
(※大ヒットした「孤独のグルメ」の原作者は「泉昌之」コンビの一人、久住昌之)