空中戦で捉えた獲物(下)をメス(中)にプレゼントし、前脚二本だけで三匹分の重量を支えながら契りを交わすオドリバエのオス(上)。
豊かさをもたらす贈りものの母型は、私欲を満たすための釣り餌に少し似ている。

数寄のない人生などつまらない。その対象が何であれ、数寄を愛でる、語るという行為は、周囲を巻き込んでいく――。
開講間近の52期[守]師範が、「数寄を好きに語る」エッセイ。「器数寄が昂じて生活道具を扱うギャラリーを運営している」という小野泰秀が語る。題して「器と共に育つ」。
器ときいてどのようなものを思い浮かべるだろうか。料理を盛り、飾り、食べるための道具。典型的なイメージだとそんなところだろうか。勿論それだけではない。一つのお気に入りの器は、何気ない日常に彩りをもたらす機能を持つ。毎日使う器には思い出が宿り、記憶を定着させる媒体としての機能を持ち合わせる。数寄が進行すると、網膜の表面上に投影された認識の像として映る器の、その見えない内側や裏側にも意味を見出していくようになる。
一歩引いてみた時、器は空間に溶け込むインテリアの一部となる。空間との親和性や取り合わせの妙といった、別の要素が掛け合わさることの相乗効果が生まれる。茶人を「地」にすると設えの一つであり、客人をもてなす為の道具となる。写真を「地」にしたときには、被写体の対象へと変化する。どの視点、誰の視点から見るかによって、器の存在感そのものが変わってくる。
少し寄ってみよう。「石はぜ」(素地(きじ)中の砂石が、焼成中に表面に弾けでて現れたもの)が覗く焼けた土肌。人はここに景色を見出してきた。鑑賞としての「見立て」である。あの人は器の大きい人間だ。器という言葉は人間の器量を表すメタファーとしても使用される。口縁のまるい厚みは女性の唇に見立てられる。口当たりの良さを擬人化したメタファー。魂の容れ物として身体を器に見立て、人間存在そのものにも言い換えられる。霊媒師や巫女などは自身を器として降霊する役割を担っている。大人気漫画『呪術廻戦』の主人公 虎杖悠仁は宿儺の器として物語が進行していく。今は器が物語の主題となる。あの魯山人も驚嘆する時代なのだ。
器をひっくり返す。器通になってくると、この見えないお尻(高台)にまで、きちんと作り手の意識が向いてるかと「注意のカーソル」が動く。唇だったりお尻だったり、器は官能美(エロティクス)としての対象に擬く。焼締という釉薬の掛かっていない器がある。土そのものの素材感と、薪窯の高温の火に当てられた偶然性を内包する無骨な表情を持つのが特徴だ。この土と火の潔いシンプルかつ素朴な焼締の器に、料理の油が少しずつ沁み照りが出始め、歳月をかけて使い手と共に育っていく。そんな過程を含めて愉しめる焼締が個人的に好きだ。使用する前に米の研ぎ汁で目止めをするなどの一手間の工程が必要となるが、その無骨だけど構ってほしい、ツンデレな性格の焼締に触れると、脳内にMr.Childrenの「抱きしめたい」を「地」に替え歌にした、「やきーしーめたいー♪」がリフレインする。
文・写真/小野泰秀(52[守]師範)
◆イシス編集学校 第52期[守]基本コース募集中!◆
日程:2023年10月30日(月)~2024年2月11日(日)
詳細・申込:https://es.isis.ne.jp/course/syu
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