◎ショクシツでイシツ!
(※ショクシツとは?:職質。狭義に過去/現代/未来の職業のこと)
「うーん、単純に仕事が忙しいということもあるんですけど、あんまり興味ないんですよね、自分について語るってことに。自己紹介も苦手だし。じゃあなんでノコノコインタビューに出て来たんだって話なんですけど(笑)。以前もある人と話してて、『仕事以外の中身は空っぽなんだね』って言われたことあります(笑)」。
実際、このイシツ人は〝仕事以外は空っぽ〟になるほど仕事をしている。現在は様々な肩書で4、5社と関わり、つねに10くらいのプロジェクトが周囲にぷかぷか浮いているんだという。自分に興味がないというより、次々とあたらしい課題の場に身を起き、自分を詮索している暇がない。
例えばジェンダーや差別について考える研修の監修、バズることが目的になってしまった動画配信サービスの真逆をゆく動画プラットフォームの構築、「見返り」を期待する投資ではなく「寄付」という形での社会支援…。昨夏には返礼をもとめない「贈与」について大人が真剣に議論し、集団で寄付先を決めるという新しい試みを立ち上げたばかり。
ここにはマルセル・モース(『贈与論』1507夜)やローレンス・レッシグ(『コモンズ』719夜)などイシスとの邂逅からシニフィアン連鎖のように湧き出す知の連想も見え隠れし、すべてのプロジェクトに不足から始まるフラジャイルな視点が貫かれる。
なぜそこまでやるかと問うても、うーんなぜなんでしょうねえと、内面フィルターの発動には消極的だが、話の「地」が社会に置かれたとたん、饒舌になる。
「社会をどう良くしていくか、みたいなことはずっと考えてるんですよ。僕がイシスに来たのは、会社経営をやっていながら自分にリベラルアーツの素養がすっぽり抜けていたことに気づいたから。それは僕だけの話じゃなくて、世界で人文学がどんどん軽視されている一方で、AIによる差別の再生産とか、GAFAの躍進による格差拡大とか、僕がリベラルアーツを勉強せずにビジネスをしてきたことは、結果という見返りだけをもとめて競争がシンプルに激化していく同質性の罠という意味で繋がってるんですよね」。
幼い頃、大の阪神ファンだった父は、阪神が出ていない試合も熱心に観戦し、「どっちを応援してるの?」と聞くと「負けてるほう」と答えた。根っから競争がキライで、サッカーの試合では草むしり、テレビゲームでは協力プレイばかりしていたという桂少年は、長じて儲けや効率で勝ち負けをスコアリングする社会に、静かに熱く一石を投じる。
「そうそう、石です、自分の力で社会を変えたいとか、そこで覇権を取りたいとか、まったく考えてないんですけど、投じられる石でありたいとは思ってます。100:0の世界を99:1にするような、根本的な問いを投げかけたいのかな。じつは1%ってすごく価値があって、囲碁の序盤みたいにその石の配置をいつも考えてるんですよね」。
◎スイシツでイシツ!
(※スイシツとは?:粋質。狭義に譲れない粋、矜持)
次々に出てくる、世界に一石を投じる「やりたいこと」。そのひとつが「ジェンダーレスな和服をつくる」こと。桂大介といえば感門之盟でのユニセックスな装いもお馴染みだ。
「美意識は強いかもしれませんね。カッコいいものが好きだし、洋服も好きだし。洋服好きな人って見ればわかるんですよ。人がどう見るかじゃなくて、自分の価値基準で服を選んでいる人は、僕とテイストがちがったとしてもやっぱりカッコいいと思います」。
30才を超えてからスカートを履くようになったのも、仕事と同じ、異質に飛び込み99対1の世界を見たいから。
「守の全38お題の中では『マンガのスコア』が好きですね。あれってまさに自分の価値基準をつくるってお題なんです。『ONE PIECE』が一番売れているかもしれないけど、自分はこの漫画がいい、なぜならこの作品のこういうスコアを評価したいからって」。
メインストリームはやりたくない、トレンドにものりたくない、新しくておもしろいことはいつだってサブストリームから始まるから。自分の価値基準でサブストリームを張り続けるということは、ある意味ひと時も気を弛められないということ。お酒を飲んで酩酊するとき、唯一自我がほどけてゆく。
◎イシツブツがイシツ!
(※イシツブツとは?:異質物。狭義にイシツ人こだわりの逸品)
「これ、ちょっと持ってみてもらえます?」。
終盤、イシツ人がカバンから取り出したのは手のひら大の透明なアクリル板。つるつるとした滑らかな触感と絶妙なサイズ感に、手渡されるとおもわず耳にあててしまう。あれ?この感触、知っている気がする…。
「そうそう。じつはこれ、iPhoneとまったく同じ形で、携帯が手元にないと不安になる“ノモフォビア”の人向けに、友人のアーティストが試作したものなんです。その名もunPhone(笑)。商品化されなかったけど、販売されたところでケータイ依存が治るわけじゃないし、たぶん何の役にも立たないですよね。そこが僕には非常にツーカイで。これだけ手に馴染んでしまう気持ち悪さとか、逆にアディクトされちゃいそうなアイロニーとか、これこそ社会に一石を投じている感じがするんですよね」。
何の役にも立たなそうだけれど、ツーカイに一石を投じる。社会をどう変えるかという意思より、いかにあたらしい石か、おもしろい石か。囲碁の指し手は宇宙人というより、配置やタイミングを見極めるためイシ(意思)を隠したイシツなイシ(石)だった。
【◎おまけ:イシツ人の読書法】
頭から後ろまで読まない。気になる箇所を拾い読み。分野はとにかく幅広い。経済からマルクス、ハイエク、公益性の問題へ。ジェンダーからフロイトやラカン、善の定義へ。料理から出汁、茶室、パースの描き方へ。どのルートを深めていくか、本を読むというより勉強している感覚。家で本を読んでいたらそれだけで満足。蔵書は3000冊。