師範代が教室や学衆に向ける情熱は、たびたび恋心に喩えられる。恋愛であれば盲目的な勢いも必要だが、ときには綿密な準備が功を奏することもある。
今回紹介するのは、次期48[守]師範代登板に向け1年半の歳月を準備に充てたイシツ人。ひとたびターゲットを設定すれば、ベースから綿密なプロフィールを描き揺らぐことなくまっしぐら。エンジニアらしい計画性で師範代としての準備もいよいよ万端。
休載宣言の舌の根も乾かぬ感門特別版インタビューで、師範代登板までの道のりをBPTする。
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【イシツ人File Vol.11 感門編】畑本ヒロノブ
42[守]、42[破]、33[ISIS花伝所]を経て14[離]へ。その後再び47[守]の学衆となり今期卒門。48[守]師範代登板予定。大学で電気電子工学を学び大学院では無線通信システムの研究に従事、博士後期課程まで進む。論文数が足りず学位を取らぬまま電機メーカーに就職、ITS やATMの開発に携わる。仕事と平行して論文投稿を続け博士(工学)の学位取得。その後ゼネコンに転職し土木分野におけるAIの研究開発等を行う。何ごとも極め尽くしたいテレビゲーム好きで、イシス編集学校の講座も[風韻講座]を残してコンプリート間近。
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~B は Big mouthで~
――「地」を知るため、まずは本業について教えてください。
2000年代後半から約10年間、電機メーカーで主にITS(Intelligent Transport Systems)と呼ばれる高度道路交通システムの研究開発に携わりました。
大学院の教授に紹介された職場ですが、勤続10年を迎えるころ、今のスキルを活かしつつ何か新しいことをやりたいという思いが芽生えたんです。車車間無線通信などのITSの高度化は、実用化がいつになるか分からないところがあって、もう少し短いタイムスパンで世のため人のためになることをやりたかったんですね、はい。
ゼネコンに移ったのは、転職エージェントの紹介によるご縁があったからです。現在の職場では主にICT(Information and Communication Technology)を使った工事現場の省力化や省人化のサポートをしています。
建設業の従事者人口は減りつつあり、AIを使った自動走行開発やコロナで需要が急増した遠隔臨場(遠隔地からの工事現場の確認)システムの導入サポートをしています。
――無線通信システムを専門とされていますが、そもそもなぜその分野に興味を?
父の影響で中高はワンダーフォーゲル部に入りました。携帯電話はまだ普及していない時代でしたから、登山中にトランシーバーで会話するためアマチュア無線の初級免許を取りました。それで無線通信っておもしろいなって。見えないものが見える奥深さというか、テレパシーのようなオカルトっぽさというか。
実家は関西で農業をやっているんですけど、一人暮らしをしたい目的と、農業以外の手に職を持つような選択肢があると良いと考え、大学は工学部を選びました。大好きだったゲームも禁止して受験勉強しましたね。私大だったら実家に残りましたが、国立大に受かったので両親も反対しませんでした。
――何ごとも用意周到、ターゲットを決め一つひとつブロックを積み上げるようにプロフィールを描くのですね。
それはおそらく私の好きな作家、森博嗣さんの影響ですね。大学3年の時に『すべてがFになる』に出会い、ゾッコンになりました。
森さんは工学博士の学位を持つ理系作家で、エッセイなどで思考に触れると〝計画が大事だよ〟とあって。
自分の決めたノルマに従うのは他者に決められるよりも楽しいし、より大きな自由のために不可欠である、という思想に共感しました。
大学で助教授をされていた時の講演を見に出かけたこともあります。
大学院入学までは準備通りに人生を進めてきたんですけど、博士後期課程在学中に学位を取れなかったことは、私の人生の中でけっこうな計画倒れでしたね(笑)。
~P は Preparatoryに~
――すべてに抜かりない理系男子がなぜイシスに?
2000年代後半に社会人になったと同時に関東に出てきたんですけど、松丸本舗で松岡校長のことを知り、でも当時はまだ編集学校にまで行きつかなかったんです。
その後2018年に42[守]の門を叩いたのは、先ほど言った10年の節目と同じ理由で、何か新しいことを始めなければと思って。千夜千冊大型本(通称赤本)も買ってはいたのですが、使いこなせている気がせず、やはり一度編集工学をきちんと学びたいと思いました。
電気系エンジニアなので量子力学や電子工学は理解できますが「編集」と「工学」の一種合成は初めて聞く言葉で、いったい何だろうと惹かれたところもありますね、はい。
――入門していかがでしたか?
42[守]では教室にあまり溶け込まず只々回答するだけの不良学衆でしたが、用法2あたりから工学っぽさのあるお題が出てきて楽しめました。それに用法3のBPTでプロフィールを動かすって目から鱗だった気がします。
師範代に興味を持ったのは42[破]からです。異常に楽しい教室でして、当時のリアル汁講を通じた教室内の一体感もあり全員突破したのが良い思い出です。
でもそのまま[花伝所]には行かなかったんです。現師範の齋藤幸三さんや師範代のFさんは[破]の同期ですが、彼らが入伝するのを知り、優秀な二人といっしょに行くのは比べられそうで危険だな、と(笑)。あえての戦略で[物語講座]に進み、入伝は半年遅らせました。悔しい思いをした物語編集術AT賞の雪辱を晴らしたい思いもありました、はい。
――33[花伝所]では私も同期としてご一緒しました。師範代というターゲット一点を見つめ、明確な緻密さで稽古しておられましたね。
あれは[離]にも勝るとも劣らない厳しさでしたよね。〆切感覚がシビアだし、速度という自分の不足を認識しました。
当時は師範代になるイメージを中々持てなかったのですが、放伝後に14[離]に入院し、擬きたいと思う師範代に出会いました。小坂真菜美別当師範代です。
地震工学の研究者で編集的先達はリチャード・ファインマン。指南文がシャープで的確で、不足はここだよと的を得たところにぽんっと手渡す。理系の方という観点でも真似びたい師範代です。
――放伝後は師範代登板するか[離]に行くか、どちらを勧めるかと花伝所の師範陣に尋ねていた姿が印象的でした。結局[離]を選んだのは?
多くの師範が「師範代登板だ」とご意見くださった中で、中村麻人錬成師範だけが[離]を勧められたんです。
〝離を出ることで松岡校長からミッションを手渡される。師範代ロールとしてその使命を実行できることはとても有意義な機会になる〟と。
この言葉が目に残ったことと、私はけっこう天邪鬼なところがありまして、つい少数派の意見を聞きたくなってしまうんですね(笑)。
じっさい入院を通じて、花伝所で感じた速度という自分の不足を解消することができました。校長から託されたもの? それはちょっと秘密です(笑)。
14[離]退院式。
――その後再び[守]に行かれますが、これも「あえての戦略」でしょうか?
48[守]師範代をターゲットとしていたので、再受講すれば経験が生きると考えました。リアルタイムで問感応答返のエディティングモデルの交換をしておけば、頭の中のイメージがけっこう変わると思ったんですね。良かったのは番ボーが2回になっていたのを経験できたこと(※)。入門した頃の同期の皆さんからだいぶ遅れましたけど、これはこれで良かったと思います、はい。
~T は Terseに~
――48[守]師範代登板を見据え、じつに1年半の準備期間を費やしました。
そうですね(笑)。心配性なので準備がないと不安で仕方がなかったと思います。懸念していた速度についても[離]に入院したおかげで時間編集術が身につきましたし。
師範代に向けての準備ではありましたが、私の性格って手が届きそうな範囲であればコンプリートしたがるところがあるんですね。中高は皆勤で、編集学校で残すは[風韻講座]のみ。リニューアルされる[物語講座]も再受講したいし、ってイシスに浸り過ぎですかね(笑)?
――満を持しての師範代登板ですが、意気込みのほどは?
現役の工学屋なので、編集工学に基づいた方法や型はしっかり身に着けてもらえる教室にしたいと思っています。コンパイル的な内容も意識しつつ、学衆さんが師範代になるとき指南の基礎となるような情報を届けたいですね。
将来的なTとして、学衆さんには編集工学を継続する習慣を身に着けてほしいんです。千夜千冊を定期的に読むところから始めてもいいし、日常の中に編集を溶け込ませる習慣づけの手伝いができれば。
なぜ編集工学を身に付けるのか? 根源的な問いは[離]にもつながります。先ほど挙げた森博嗣さんにも通じますが、自分の人生をより自由に動かすためじゃないでしょうか。プロフィールを自在に揺り動かし多様な答えを知り、何ごとにも動じない振る舞いを身に着ける。イシスというシステムをうまく使うことで停滞することなく日々思考をアップデートし、今までにない「たくさんのわたし」に出会えます。
さらに私にとって、編集学校は普段出会わない人たちと出会える場なんですよね。そもそも開発の仕事だけしていたら角山師範代のようなユニークな人には合えません(笑)。イシスを通じて多様な方々と相互編集し合えることが楽しくて。
編集学校から離れたところでは、私自身がAIの画像認識に関わっているのでいずれ言語認識の分野もやりたいと思っているんです。究極的にはAI師範代を作ってみたいです。一種合成やミメロギアの指南は人間師範代に近いものに挑めるんじゃないかなあ。
online de ネクタイはもはやトレードマーク。
【BPT後記】
花伝所同期の角山祥道師範代が「来期のスーパー師範代!NEXTイシスを支える人材」と推すNEW師範代の登場もまぢか。校長松岡がどのような教室名を付与するのか、感門之盟での教室名発表に刮目せよ!
(※)42[守]当時の番ボーは1回のみ。
羽根田月香
編集的先達:水村美苗。花伝所を放伝後、師範代ではなくエディストライターを目指し、企画を持ちこんだ生粋のプロライター。野宿と麻雀を愛する無頼派でもある一方、人への好奇心が止まらない根掘りストでもある。愛称は「お月さん」。
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