自らの体内から這い出したコマユバチの幼虫たちが作った繭の塊を抱きしめるシャクトリムシ。科学者は「ゾンビ化されて繭を守るよう操作されている」と解釈するけれど、これこそ「稜威」の極北の姿ではないだろうか。
イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
アムステルダム在住の石田利枝子さんは、オランダにある400もの美術館を鑑賞できる「ミュージアムカード(Museum Kaart)」を使って、いつでも好きな時にアートを鑑賞している。そんなアート好きな石田さんだが、イシス編集学校の講座を進むうちにアート作品から見える景色が変わったという。
[守][破][花]と休むことなく進む石田さんと一緒に、アートを巡る旅へ出かけてみましょう。
■■灯火を抱え黒い森を出た先に見えるのは?
ある日、[守]と[破]の道を進んで狐を追いかけていったら、祠の扉が少しだけ開いていた。扉には御札が貼られていてそこにはこう書かれていた。「アート鑑賞は相互編集。3つの神器(A)を駆使せよ」と。その力があれば、現実と想像の二つの世界を自由に行き来できるのだ。おお、なんと! これまで美術館に足を運んでも、ウワバミだけ見て中に飲み込まれた象が見えなかった私には狐のお告げだ。
実際に狐を追いかけたわけでも、祠を発見したわけでもない。もちろん御札もない。でも私にとってイシス編集学校体験は、「見えていなかったもの」を追いかけることだった。私はアリスのように「編集の方法」を追いかけ、気づいたら、「相互編集」という方法と、アフォーダンス、アナロジー、アブダクションという3つの神器(3A)を手に入れていた。
3Aを片手に、先日アムステルダム市立近代美術館へ、ルーマニア出身のアナ・ルパスの展示を見に行った。最初の部屋には、古い布をツギハギして作ったコートやシャツが数十点展示されていた。
茶色、黄土色、灰色、黒色の土と鉄の色の布から、農民や工員の節くれだった指や光のささない工場が垣間見える気がした。丁寧にツギハギされ同じサイズになったシャツはすべて額縁に入り、行進する兵士のように並べられていた。
1940年生まれの彼女はコンセプチャルアーティストとして頭角を表した。しかし共産主義独裁体制下では、ルパスは農村に身を潜めた。白い生地を何十枚と洗濯ロープにかけるといった、農地をキャンバスに見立てた巨大ランドアートを作り上げても、写真を撮るだけですぐに解体した。身を隠した農村で制作した伝統や自然をテーマにした作品には、反抗だけではない農民や伝統を慈しむルパスも見えた。
展示室を巡るうち、真っ暗で、空っぽの部屋にたどりついた。見る対象がない暗い空間に放り込まれた私は、真っ暗な押入れに入って空想と現実を行ったり来たりしていた子どもに戻っていた。真っ暗な中、スポットライトが照らしているのは、作品の横にあったはずの名札のみ。シャガール、ブランクーシ、カンディンスキー、クリストーーロシアや東欧のアーティストたちの名前が並んでいた。
名札に記されたアーティストたちは、生まれた地から旅立ち、革命や迫害、共産主義と戦い、ディアスポラとして別の地で成功を収めていったに違いない。アートという灯火だけを持ち黒い森を彷徨い、見えない遠くの光を追いかけていったアーティストたち。ルパス自身の名も光の中にぼんやりと浮かび上がっていた。
アナ・ルパスの作品を鑑賞した後、かつて上っ面を見るだけで足早に通り過ぎた美術館が思い浮かんだ。ドイツのホンブロイッヒ美術館だ。広大な60ヘクタールの森の中にいくつものパビリオンが点在する。私はアートという灯火を手に、その森の中の建物へ向かいたい。そこは、雨に濡れた傘を手に、土足で入っても警備員はおらず、アート作品には作家名もタイトルもない。「さあどうぞ。私を見て」と作品が話しかけている。何を見て、何を感じ、何を連想するかはどの美術館でも自由だが、ホンブロイッヒ美術館では自由の矢があちらからびゅんびゅん飛んできて相互編集を迫られるに違いない。レンブラント、クリムト、マティスから現代アートや原始アートまでが無頓着に展示されているその館で、私は作品と交じりあい、ぶつかり合い、語り合ってみたい。再訪は歩き始めた花伝所で鍛えたあとのお楽しみにとっておこう。さて何が見えてくるのだろうか。
▲国外の美術館にも通う石田さん。フランスのクリュニー美術館。
文・写真/石田利枝子(52[守]白墨ZPD教室、52[破]ダイモーン維摩教室)
編集/大濱朋子、角山祥道
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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コメント
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2026-01-13
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