イシスの学びは渦をおこし浪のうねりとなって人を変える、仕事を変える、日常を変える――。
好評の連載エッセイ「ISIS wave」、記念すべき50回目に登場してくれるのは、53[破]イメージ・チューナー教室の師範代を終えたばかりの土田実季さん。数奇と散歩と編集をつなげた格別のエッセイをお届けします。
■■「わたしフィルター」の地図を手に
裏路地を目的もなく歩くことが好きだ。昭和の民家が並んでいるような住宅街は、とくにいい。間口の広いコンクリートの立方体が毅然と立ち並ぶ大通りから、ひょいと一つ裏に入るだけで、形も素材も凸凹で、夕飯の匂いが漏れ出すような無防備な世界が広がっている。私は、そんな一つ裏の景色が好きだった。でも、なんで好きなのかは考えたことがなかった。
街歩きが好きな友人と散歩をすると、見ている景色の違いに驚く。「雨樋の端っこ、菊みたいに細工してあ ったの、見た?」「さっきの看板、テープ文字だったね」「あの家、ツバメ専用の入り口がある!」。へぇ、そんなとこ見てたんだ、とやんわり感じていたこの差異は、編集学校に入ると、《フィルター》の違いなのだと気づく。タイルとすりガラスに目がない私は、どうやら「家主のこだわり」をキャッチするフィルターが備わっているようだ。カチャ、と誰かのフィルターと替えっこしたら、違う景色が目の前に広がりそうで、わくわくする。
▲「わたしフィルター」が掛かった地図は誰かとシェアすると何倍も楽しい。
編集稽古は心地よくて、どんどん奥に誘われた。鼻歌まじりに進んでいくと、《見立て》《メタファー》という方法に出会う。これが、楽しい。街の景色も何かに喩えられるかな? と、推しの水路を思い出す。金沢のまちに広がる用水のネットワークの中でも、私の推しは、立体交差している箇所だ。「用水ジャンクション」とネーミングしてみる。すると、高速道路を走る感覚が想起され、用水が通行可能な移動網のように見えてくる。道を歩くのではなく、水流に乗って街の景色を見たら、どんなふうに見えるだろうか。似たもの同士で関係線を引いてみると、いつもは見えない景色が広がっていく。編集術は、身近な景色をどんどんいきいきとさせてくれるものだった。
▲用水ジャンクション。なぜ、高さの違う用水が? できた年代が違うのだろうか
けれど、この頃ほとんど散歩の写真がない。ちょうど[花伝所]に入伝した頃からだ。のんびり散歩に行く時間がなかったのだなぁと、濃密な日々を思い出す。でも、不思議だ。以前は仕事が忙しいときほど散歩に行きたくなったのに、この一年半はそうではなかった。なんでだろう。Whyを考えると、はたと気づく。私にとって「師範代」を纏っての稽古は、うずうずして仕方ない、裏路地散歩と相似なものだったのだ。
学衆の回答は、ひとつとして同じものがない。それは、最適化された国道沿いの景色ではなく、「らしさ」と戸惑いが凸凹に滲む裏路地の景色のようだった。回答がうまれるまでの思考のプロフィールを想像しながら指南を届ける。対話を重ねていくと、言葉の端々にその人の好きなものやこれまで歩んできた道、見逃せない世界へのモヤモヤが宿っていると分かるようになる。回答は、その人その人の人生の物語の断片なのだ。
そして、また、ハッと気づく。裏路地散歩を私が好きなのは、「小花柄のすりガラス」や「用水の結節点」といった裏路地にちりばめられた情報の断片から、奥に潜む暮らしぶりや歴史の物語を想像したり、読んだりすることが好きだったのだと。
▲水路に注目して地図を眺めると、住宅街の中に気になる用水の結節点を発見。足を運んでみると、加賀藩時代の「木揚場」の景色の断片の樹が佇んでいた。
「裏路地散歩=裏路地を歩く」と思い込んでいたけれど、学びの場にも裏路地な景色があった。ならば、「地」を本に変えたら裏路地を歩くような読書ができるかもしれないし、裏路地散歩な部屋の掃除だってできるかもしれない。「裏路地」の意味も多様に広がってゆく。
雪解水が用水を潤す、散歩日和の春がやってきた。今年は、どこを舞台に裏の散歩をしようか。奥に潜む物語を読みに、まだ散歩をしたことがない「地」に繰り出したい。
文・写真/土田実季(50[守]外骨ジャーナル教室、50[破]モーラ三千大千教室)
編集/チーム渦(羽根田月香、角山祥道)
エディストチーム渦edist-uzu
編集的先達:紀貫之。2023年初頭に立ち上がった少数精鋭のエディティングチーム。記事をとっかかりに渦中に身を投じ、イシスと社会とを繋げてウズウズにする。[チーム渦]の作業室の壁には「渦潮の底より光生れ来る」と掲げている。
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