イシス編集学校では、いわゆる「書籍編集」「雑誌編集」の実務を学ぶ場ではない。ここで扱うのは、人間のすべての営みを対象とする広義の「編集」だ。しかし、学ぶ者のなかにも、指導にあたる者のなかにも、出版業界で編集に携わるプロが少なくない。編集のプロたちは、なぜここで「編集術」を学ぶのだろうか。イシスの推しメン14人目は、5年かけて翻訳家・柴田元幸がカズオ・イシグロや村上春樹へインタビューする奇跡の本『ナイン・インタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち』を手掛けたこの編集者に話を聞いた。
聞き手:エディスト編集部
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イシスの推しメン プロフィール
白川雅敏
株式会社アルク 編集者。英語雑誌『ENGLISH JOURNAL』元編集長。イシス編集学校には、2015年基本コース35期[守]入門。続けて応用コース[破]、世界読書奥義伝11季[離]を修了すると、花伝所を経て、2017年39[守]・39[破]全部らくだ教室で師範代登板。以来、師範を6期、番匠を1期、花伝師範を2期務めるなど、後進の指導を大きく任される名将。でありながら、名うてのいじられ役。感門之盟などのイベント前日にいつも無茶振りを喰らい、徹夜で対応するのが恒例。白川あるところに笑いあり。あだ名はラクダ、由来は顔、命名は妻。
■息子の宿題と『東京プリズン』が繋いだ
松岡正剛との縁
――白川さんといえば、2018年秋から休みなく[守]の師範や番匠を務められ、さらには花伝師範として師範代の育成を任されるほか、いまは[破]の師範として登板中。学衆にも師範代にもたいへん慕われているイシスが誇る名伯楽のひとりですね。
いやいやいや、やめてください。汗かいてきました。今日もだいぶ緊張してまして、ちょっといいマイクを用意してなんとかしようとしてるんですから。
――あれ、白川さん、耳のあたりに白いイヤホンが見えますが。
あ、そうそう、この黒いマイクはハリボテです(笑)。ほら(と言って、マイクをはずす)。音はぜんぜん拾わないんですけど、かっこいいかなと思って。Amazonで6000円。コロナ禍でオンラインのイベントが増えてから、学林局の八田英子律師から「オンライン汁講でも、しっかりしつらえをするように」と喝を入れられたんで、それ以来小道具で乗り切っています。今日はほらМシャツ(イシスTシャツ)もあります。
――さっそく名伯楽のイメージが音をたてて崩れていますが、気を取り直して。白川さんが入門されたのはいつなんでしょうか。
8年まえ、2015年の春ですね。イシス編集学校が主催した「イシスフェスタ」というイベントに作家の赤坂真理さんが出演されたことがあって、それに参加したのがきっかけです。
――イベントが最初の接点だったんですね。
そうそう、じつはイシスのことはそれ以前はぜんぜん知らなくて。そのイベントは赤坂真理さんご本人に招待していただいたんですよ。
――えっ?!
僕は、アルクという語学書をつくる出版社で編集者をしています。ふだんは英語教材などを作っているので、文芸の担当ではないのですが、個人的に文芸書が好きでたくさん読んでいるんですよ。それで、2015年はちょうど終戦70年という節目で……。
この話、長くなりますがいいですか?
――おもしろく話してくだされば。
わかりました。当時、東京裁判について自分なりに知ってみたくて、赤坂真理さんの『東京プリズン』を読んだんです。そうしたら、ふつうの作家とまったく違う書きっぷりに驚きまして、この方には会いたいなと思ったんですよ。
――『東京プリズン』はいまは[破]のカリキュラムのなかでの課題本の一冊。松岡正剛校長も「赤坂真理の天皇モンダイへの迫り方」には注目しておられますね。
でも、ほら、会おうと思ってもカンタンにはいかないじゃないですか。そこで、当時中学3年生だった息子に、赤坂真理さんへ手紙を書いてもらったんです。
――息子さんに?!
ちょうど学校から「東京をテーマにプレゼンしなさい」という課題が出ていたようなんです。そんな話を食卓で聞いたので、「オレいまちょうど東京裁判、調べてるよ」「『東京プリズン』おもしろいよ」なんて言ったら、本を読んだ息子が「著者に会ってみたい」と言い出したんです。
――うまいこと道筋をつけましたねえ。
子どもが書いた手紙を版元の河出書房に送ったところ、「お会いしましょう」となりまして、息子の通っていた中学校に赤坂真理さんが来てくださった。僕は、息子の通う中学校にノコノコ出向いて話を聞いてきたというわけです。
――そこで赤坂さんと面識ができて、イシスフェスタの案内が届いたというわけですね。
それが実は、赤坂さんは息子を招待していたんです。「本楼という本がたくさん並んだ空間を体験するのは、子どもにとってもいい体験になるから」という理由で。でも息子はテスト期間だったので参加できず、代わりに僕がお邪魔したんです。
――白川さんがイシス編集学校の本拠地である本楼に足を踏み入れるまでには、いろんなデコボコがあった模様。そこで松岡正剛校長と赤坂真理さんの対談をお聞きになって、いかがでしたか。
校長の博識ぶりに雷打たれましたね。出版業界にいるので、もちろん超人的な松岡正剛の凄さは知っていましたが、リアルの姿は圧倒的でした。
対談のなかで、赤坂さんが「どの本だったかわからないけれど」と前置きしたうえで内田樹さんのエピソードをお話されたんですね。僕は内田樹さんの著書はほとんど読んでいたけれど、出典がわからなかった。なのに、校長は間髪入れずに「あの本はね」って語り始めたんですよ。とんでもないなと思いました。
――かっこいい! そんな校長の博覧強記ぶりに感動して、入門を決めたと?
……と言いたいんですが、ほら、受講料がちょっと高いじゃないですか(笑)。なので、まず編集力チェックをやってみました、無料なんで。すると、返ってきた指南にこれまたびっくりして。師範代って「赤ペン先生」のようなものだけれど、予想もしていない指南でした。これはもうやらねば、と思って入門しましたね。
■断りきれず、流されて
たどり着いたのは、師範への道
――編集力チェックの指南に感動した白川さん、実際に入門してのご感想は?
とても不思議でした。同じ教室に10人の学衆がいて、みんなそれぞれ答えが違う。それに対して、福田恵美師範代がとっても楽しそうに真夜中に指南を返してくるんですよ。「これ、ぜったい大変だけどどうして楽しそうなんだ?」って。
――師範代の楽しそうな顔は、イシスのすべての学衆が気になる謎ですよね。
あとは、イシスフェスタで本楼に行ったとき、あの世界観にやられたんです。入門してみると、やっぱり校長の世界観が知りたくなって、世界読書奥義伝[離]を目指すことにしました。
――編集部の後藤さん、上杉さんとは11[離]傳当院の同窓生なんですよね。
後藤:白川さんはめちゃめちゃムードメーカーでした。おせっかいなおばさんみたいな感じで(笑)。白川さんが出てくるだけで、殺伐とした空気がホッと和んでましたね。
上杉:僕もあるグループワークで同じチームになったのを覚えています。二言三言交わすだけで、この人なら何を言っても大丈夫、一緒にできるって思いました。
白川:僕としては、後藤さんや上杉さんをはじめ、すでにキラキラしている師範代がいっぱいいたので静かにしてたつもりなんですが……
後藤:何言ってるんですか、めっちゃ目立ってましたよ(笑)
――師範代経験者と渡り合いながら、離で研鑽を積んだと。退院後に花伝所へ進んだのは、師範代への憧れが募ったからでしょうか。
入院するまえは、[守][破][離]で終えるつもりでした。正直、疲れたし(笑)。でも、[離]では校長や編集学校から、あまりにも多くのものを与えてもらったのを感じて、それを返さなくちゃって思って、花伝所に行くフリをしました。
――フリ?!
運良く、花伝所が満員だったんです。なので、田中晶子花伝所長に「入りたいです、でも満員なので諦めます」って健気なメールを送ったら、幸か不幸か受け入れていただきまして……。
――驚くべきことに、ここまでの話のなかで白川さんが自発的に選び取ったのは[離]の入院くらいですね。そういえば放伝するときも、白川さんは伝説を作っているとお聞きしましたが。
いやー、あんなことは初めてでしたよ。感門之盟で、放伝生代表として挨拶を任されたんですが、300人の前に立ったとき頭が真っ白になっちゃって、1分半無言だったんです(笑)。見かねた松岡校長がマイクで「白川は〜」とか話しかけて助け舟を出してくださって、その声は聞こえるんだけれど、どうしても自分の口から言葉が出ず。
――そのまま何も言わずに終わったんですか?!
それがね、最後に思い出して、早口でまくしたてて終わりました(笑)。大失態でしたね。
――そんな無言の挨拶の直前に、松岡校長からもらったのは「全部らくだ教室」という名前。
[離]で、自分をらくだに見立てた似顔絵を描いたからでしょうねえ。[守]の師範代をやったらさすがにもう終えるつもりだったんですが、[破]の師範代のお声がかかったら断れず。で、今に至るという感じですね。そういえば、うちに、いろんならくだコレクションがありますよ。これは学衆さんからもらったもので、これは三津田恵子師範代からもらったもので、これは……(続く)
■ENGLISH JOURNAL元編集長は
編集稽古の夢を見るか
――白川らくださんの普段のお仕事は?
イシスに入門した2015年はマネジメントを担当していましたが、いまはまた編集の仕事に戻ってきました。いい年なんで役職から離れましてねえ。最近は、TOEICや共通テストなど試験対策の本を作ることが多いです。その前は『ENGLISH JOURNAL』という雑誌の編集長をしたりしていました。
――白川さんといえば『ナインインタビューズ 柴田元幸と9人の作家たち』という書籍を手がけられたとお聞きしました。この本は、柴田元幸さんによるポール・オースターやカズオ・イシグロ、村上春樹など錚々たる9名の作家のインタビューが日本語と英語で併記され、さらにはインタビュー音源のCDまでついた豪華なものですが。
そうそう、その本は『ENGLISH JOURNAL』の編集長時代に企画したものです。翻訳家の柴田元幸先生とアメリカを横断して、作家を取材してまわりました。こんな贅沢な企画は、もうどの出版社も作れないと自負してます。
▲「ENGLISH JOURNAL ONLINE」には白川さんが登場。柴田元幸氏による前書きには「本を作るときにはいつも編集者にお世話になるものだが、この本の場合は特別である。2000年のインタビュー・ツアーの企画からはじまって、アルクの白川雅敏さんには文字どおり何から何までお世話になった」「この本は僕の本であるのと同じくらい、白川さんの本でもある」と熱烈な謝辞が刻まれている。
――編集者としてお仕事をされながら編集学校に通うと、学んだことがお仕事に直結したのでは?
それがねえ、僕はスローラーナーなんですよねえ。学衆のときは、楽しんでただけ。これだけ面白いから、なにかあるとは思っていたんですが、なにが面白いのか言葉にはできなかったです。だから、……あ、ここからエディスト的にはいい話です!
――お聞きしましょう。
学衆で終わっていたら、イシスで学んだことは活かせなかったでしょうね。師範代になってから、いや、師範になってはじめてお題の深さや意味がわかってきました。学んでいるうちに、自分が本や雑誌を作るときに使ってきた方法を、言葉にできるようになってきたんです。
――おぉー、今日はじめてタメになる話が出てきました。師範になってはじめて編集稽古の意味がわかった、と。
さきほどご紹介いただいた『ナイン・インタビューズ』という本は、イシスに入るまえに手掛けたものですが、これは方法を使って作ったものなんですね。
たとえば「ナイン・インタビューズ」というタイトルは、サリンジャーの短編集『ナインストーリーズ』に肖ったもの。「柴田元幸」「ナイン・インタビューズ」というキーワードを見ると、英米文学好きには「ははーん、英米文学に関する9つのインタビューを集めたものね」「僕らに向けた本なのね」と連想するはずなんです。当時、いろいろ工夫したことを、編集術を学んだ今なら振り返って言語化することができるようになりました。
――自分の過去の仕事を説明できるようになるというのはうれしいですね。
いまはマネジメントを経て編集の現場に戻ったので、若手を育てることも仕事なんです。そうなると、編集の方法を言葉で説明する機会がけっこう多いんです。そのとき編集学校で習った《見立て》とか《一種合成》なんていう言葉を使うと、伝えわりすいんですよね。
――教育にも編集術の言葉が役に立つと。いま出版業界は厳しい状況だとお聞きしますが、日々どんなお気持ちでお仕事なさってるんでしょう。
正直なところ、以前より本が売れなくて「大変だねえ」という話も仲間とはしますが、でも僕にとって本を作るっていうのは「遊び」なんですよね。小学生のころから「学級新聞」をつくったりするのが好きでしたし。いっしょに仕事をしている人には「白川さん、子どもみたいですよね」ってよく言われます。ものをつくるのって大変なんですけど、それでも苦労して作って、それを誰かが面白がってくれるのってすごく幸せなんですよね。
編集学校に携わっている人も、みんな遊んでいる感じがするじゃないですか。だから僕はイシスが好きなんだと思いますね。
――「編集は遊びから生まれる」という基本を体現しておられるわけですね。そういえば、そもそもどうしてアルクで編集者を始めたんですか。
中学校のときの英語の先生が、父親の知り合いだったんです。父に恥をかかせないようにと思って勉強していたら、英語が好きになって。大学でも英文学を専攻して、得意を仕事に活かしたいなあと思ってアルクを選びました。……あと、そのとき会社のすぐ近くに住んでいたんですよね。
――これまた消極的理由! でもよく言えば、つねに与件を活かしているという意味で、白川さんはとても編集的な人なのかもしれません。
はい、根っからの編集的ならくだです。
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梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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