2022年4月11日に開講したイシス編集学校の「多読ジムSeason10・春」では、出版社とコラボする新企画がスタートした。企画第一弾のコラボ出版社は太田出版、トレーニングブックは「それチン」こと『それはただの先輩のチンコ』。Season10・春終了後、10本もの渾身のレビューが「遊刊エディスト」に連打された。
今回、コラボ企画実現を記念し、太田出版の担当編集さんの協力を得て、著者の阿部洋一さんにインタビューをおこなった。インタビュアーは金宗代、堀江純一、吉村林頭。前半の[インタビュー01]を金が、[インタビュー02]をホリエがメインインタビュアーを担い、[01]ではコラボ企画にエントリーした10作品のなかから「それチン大賞」なるアワードを発表、後半の[02]では「マンガのスコア」の堀江が「それチン」の、そして阿部洋一の方法の秘密に迫る!
金宗代(以下、金) このたびはイシス編集学校の多読ジム企画にご協力くださってありがとうございます。今回、多読ジムの三冊筋プレスという三冊を結びつけてエッセイを書くお題のトレーニングブックとして阿部先生の『それはただの先輩のチンコ』(太田出版)を取り上げさせていただきましたが、自分の作品がお題として取り上げられるというのはどんな気分ですか?
阿部洋一(以下、阿部) 作品を発表するようになって、作品に対する感想や記事などをネットで検索して調べるようにしているんですが、他の本と掛け合わせて三冊のレビューになっているというのはとても新鮮でした。
それから、自分が言おうとしていることも他の本でもっと的確に表現されているんだなと思ったり、だから自分もこういう言葉を使えばよかったなという悔しさもあったり、それとは別に、ちゃんと共通認識をもってもらえる題材が書けていたんだなという安心感もありました。
■「それチン大賞」は誰の手に!?
金 この本をつなげてきたのは意外だったなというのはありましたか。
阿部 自分が作品を描き始めたときはテーマを理解して作品に落とし込んで、ということではなくて、むしろ発表することで、あるフィルターを通してあらわれた無意識のようなものが、どう受け取られて、レビューや感想として返ってくるのか、その言葉を読んで自分はこういうことをしたかったんだと発見するのが楽しみだったんですが、そういうものを読んでいるうちに、ある程度自分の無意識や意識にあるものが理解できるようになったと考えていたなかで、今回も「ああ、やっぱりそうだったんだ」と再発見できるレビューが多かったです。
印象に残ったのは、これまであまり感想やレビューで言われたことのないことが書かれていたもので、たとえば高宮光江さんが三冊目に村田沙耶香さんの『地球星人』(新潮社)を取り上げて、物語の中で夫婦が工場の一部として歯車のように交尾をさせられているということを書いていますが、こういうことは『それチン』の執筆中に意識はしていたものの、ぼくには作品内でうまく昇華出来なかったことでした。村田沙耶香さんの本はずっと気になっていて、買ってもっている本もあるので、ここで村田さんの本とつなげてくれているのは嬉しい発見でした。
https://edist.isis.ne.jp/cast/sorechin-03/
金 村田沙耶香さんといえば、告知記事の際に「たとえば本棚で村田沙耶香さんの小説の隣に並べてもらえるといいなと思いながら作っていました」という担当編集コメントをいただきましたよね。
担当 連載中に阿部先生と村田沙耶香さんの話をしたことはなかったんですが、ちょうど村田さんの本がいろいろ出版される時期と重なっていて、当時から勝手にイメージを重ねていたところはあります。ただ、連載中の作家さんに、他の作家さんの作品を紹介することで発想の枠を縛ってしまう影響もあるかもしれないので、そのときはお伝えするのは控えました。
今回のコラボレビュー企画では、「それチン」の連載は一旦完結していますし、阿部先生にというより読者の方に、マンガ以外で「それチン」に通じる様々なイメージのひとつとして村田沙耶香さんを例に出させてもらいました。
金 お二人が村田沙耶香さんのお名前を挙げたのはまったくの偶然ということですよね。奇しくも、この多読ジムの企画で村田沙耶香さんを通じて作家と編集者の両思いが可視化されたわけですね(笑)。阿部先生、他に気になった本やレビューはありますか?
阿部 一番最初に公開された石黒好美さんのレビューがすごいびっくりしました。
https://edist.isis.ne.jp/cast/sorechin-07/
金 タイトルが「それはただの日本のチンコ」ですね。絵画のタブローと接続して語ってくれましたね。
阿部 こんなこと考えたこともなかったし、「それチン」をこんな高尚な話に当てはめてもらえたことが光栄であると同時に可笑しさもあって、笑いながら読ませていただきました。この石黒さんの方法が三冊でやることのすごさが一番伝わってきたような気がしました。
それぞれの本がバラバラにではなくて、全部が渾然一体となったレビューになっていて、三冊の本がもともとこのレビューのためにあった本なんじゃないかと思わせてくれる内容でした。フェミニズムもあって、男性側の呪い、オタクの話もあり、最後に「それチン」のキャラクターたちが示唆している内容にも触れてくれていて、すごく印象に残りました。
金 阿部先生にそこまで言っていただけたら、嬉しくて泣いちゃうかもしれませんね。自分も描けばよかったと後悔しています(笑)。他に気になったレビューはありましたか。
阿部 佐藤裕子さんの「二次元志向型女子へ」は途中から本の話ではなくて、ご自身の家庭の話になって、ご主人や娘さんも出てきて…。
https://edist.isis.ne.jp/cast/sorechin-06/
金 壁にパンチしちゃったって話ですよね(笑)。「二次元志向型女子へ」は娘さんに宛てた内容になっていますよね。
阿部 まだどういう連載にしていけばいいかわからなかった時、最初の読み切りの感想に「少女漫画」に当てはめて感想を書いてくださっている方がいて、「そうだ、少女漫画だ」と思いました。本の発売後も少女漫画コーナーに置いてくれる本屋さんもあって、佐藤さんが娘さんに宛てたレビューにしているのを読んで、あらためてこの方向で間違っていなかったなと思うことができました。「教育」と言ったら大袈裟ですが、そのくらいに踏み込んだ内容のレビューを書いてくださって嬉しかったですし、すごく面白かったです。
金 佐藤さんの壁パンチはぼくもとても印象に残っています(笑)。さてここまでザッと感想を述べていただきました。ありがとうございます。今日は実は阿部先生に事前にお願いがしていることがありまして、今回のコラボ企画にエントリーしてくれた10名の方にはまったくお知らせしていないのですが、阿部先生に10本のレビューの中からこれぞという一本、「それチン大賞」を選んでいただきたいと思っています。ここまでの話の流れでおおよそ見当がついてしまうかもしれませんが、それでは阿部先生、それチン大賞の発表をお願いします。
阿部 それチン大賞は石黒好美さんの「それはただの日本のチンコ」です。
金 やはり石黒さん、おめでとうございます! 先ほどお話いただいた通り、この企画ならではレビューになっていて、全部入りと感じさせるところが評価のポイントでしょうか。タイトルもすごいですよね。それチン大賞作品、読者のみなさんにもあらためて、読んでいただきたいです!
阿部 はい、日本をも背負ってくれていますね(笑)。
https://edist.isis.ne.jp/cast/sorechin-07/
■世に出せるチンコと世に出せないチンコがある
金 ここまでレビューを中心に話を聞かせてもらいましたが、それチン大賞も無事に決定したところで、「それチン」の内容に踏み込んでもう少し話を伺いたいと思います。
さっそくですが、あの小動物のようなチンコのかわいらしいフォルムあるじゃないですか。あれは最初から「このチンコでいこう」と戦略的に決めきっていたものなんですか。ちょっとの加減でグロテスクなものになりうるし、キワどいにもなりうると思うのですが。
阿部 その通りです。それありきのスタートでした。世に出せるチンコと世に出せないチンコがあるなかで、平然と出せているのはダビデ像など石膏の彫刻芸術とかですよね。そうなると、ああいう形の包茎のかわいらしい形になります。その暗黙のルールを守って、内容もまじめであれば、性表現の点で批判されることはないと思いましたし、もし批判があったとしてもそれはそれで議論する価値があるのではないかなと思いました。なので、このチンコのフォルムが作品をスタートする前提になっています。
吉村林頭(以下、林頭) 編集学校には編集術に「ないもの」を考えるという稽古があるんですよ。阿部先生描いたチンコを見ていると、大人のチンコからいろいろなものが取り除かれていて、そこに「ないもの」ものがいっぱいあると考えてみるとすごく面白いなと思いました。
さっき金くんが言ったみたいに、ちょっした加減、何かが少し足されるだけで途端にグロテスクになりうるわけで、包茎で毛がない、セックスシーンもない、とこうやって阿部先生が何を取り除くことでフォルムを工夫していったのかを想像しながら読ませていただきました。
阿部 そうですね。ある要素が入ってしまうことで台無しになってしまうこともあるはずだと考えて、慎重に削ぎ落としていった覚えがあります。連載前にアイデアを出していた時点では、セックスを入れたストーリーも考えていたんですが、そうするとどうしても話がつながらなくて、先ほどお話した少女漫画を軸をしてみたら、露骨なセックス描写はいらないんだなと分かって、こういう取捨選択が面白くもあるんですが、大変な部分でもありましたね。
吉村 ぼくは「それチン」を読みながら、ヨシタケシンスケさんの絵本『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)を思い出しました。チンコのあり方をこんなに多様に考えたところに注意のカーソルを向けると、「それチン」って「チンコかもしれない」でもあるんじゃないかと(笑)。編集学校には「コップを何に使えますか」「コップの言い換え」という、一つのものに対して見方を変えることでどれだけ多様に使い方やあり方を考えられるかというお題があるんですが、阿部先生はどうやってこんなにもいろいろなチンコの使い途を思いついたのかなと考えると編集工学的に非常に興味深かったです。
ヨシタケシンスケ『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)
金 それから女性の視点から描かれるじゃないですか。「チンコ風呂」や「チンコのペット」など女性の読者からの反響はいかがでしたか。
阿部 公開のたびにエゴサーチをしていたんですが、読み切りの1話目を描いた時から女性からのコメントは多かったです。それもとても好意的に受け取ってくれているようで、批判的な意見はほとんどありませんでした。なので、これでいいんだと思えて、自信を持って描き進めることができました。
一度だけ「女性はこんなふうにはなりません」といった内容の意見をいただいたこともありました。ただ、ぼくも当然、女性のすべてが分かって書いていたわけではなくて、わからないからこそ面白くて、描きながら読者の反応も取り込みながら理解したいという思いもあったので、そういう意見をいただけたのはありがたかったです。
担当 たくさんコメントをいただいた中で、女性からはチンコを身体から切り離して愛玩化したいという意見が多かったですよね。特にあのタートルネックのチンコは一番引き合いに出されることが多かったです。
阿部 そうですね、ここまで多いのかというのはびっくりしました。
金 引用記事ランキングでも一位は「消耗品的な愛玩物です」でしたね。
金 宗 代 QUIM JONG DAE
編集的先達:水木しげる
最年少《典離》以来、幻のNARASIA3、近大DONDEN、多読ジム、KADOKAWAエディットタウンと数々のプロジェクトを牽引。先鋭的な編集センスをもつエディスト副編集長。
photo: yukari goto
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