コナラの葉に集う乳白色の惑星たち。
昆虫の働きかけによって植物にできる虫こぶの一種で、見えない奥ではタマバチの幼虫がこっそり育っている。
因みに、私は大阪育ちなのに、子供の頃から黄色い地球大好き人間です。

「守をちゃんと復習し終えるまで、破へ進むのはやめておこう……」 卒門後、そのように考える慎重な守学衆が毎期何人かいます。けれども、コップに始まりカラオケへ至った学びのプロセスによくよく照らしてみれば、「立ち止まって守を復習する」よりも、「破へ進むことを通じて守を復習する」ほうが、圧倒的に理にかなっていることは明らかです。どういうことでしょうか。
●編集稽古は塗り重ね
編集学校でよく聞く言葉として、「001番の中に編集稽古のすべてが詰まっている」というものがあります。守の稽古が進むにつれて、次のようなことに気がついたはずです。「コップの使い道」として「金魚鉢にする」と答えたとき、コップに馴染みの「飲む」という使い方から金魚を「飼う」という使い方へ、「要素・機能・属性」のうちの「機能」を動かしていたことに。あるいは「コップを壁に投げつけてストレス解消!」と答えたとき、日常的な場面から非日常的な場面へ「地」を変えることで、大きく「図」を動かしていたということに。さらには「ひっくり返して太鼓にする」と答えたとき、コップの形状を楽器に「見立て」ることで、連想が膨らんでいったということに……。
いくつかのお題にとりくんだ後でそれまでの足跡を振り返ってみたときに、お題の順序としては「新しく学んだ」はずの型を、それ以前のお題の中でも「無意識のうちに使ってしまっていた」ということが判明するのが、編集お題の不思議な魅力です。
イシスの稽古は「積み上げ」ではなく「塗り重ね」だといわれます。テニスと比較してみましょう。テニスでフォアハンドを学んだら、フォアハンドのかたちの中にバックハンドもスマッシュもドロップもサーブもすべて詰まっていた……と言うのはさすがに困難で、ひとつひとつのショットを積み上げ式に学んでいく必要があります。それに対して編集稽古の場合はどうでしょうか。先ほども見たとおり、最初に学んだ「コップの使い道」の中に、「要素・機能・属性」や「地と図」や「見立て」が詰まっていた……と言うことは、無謀な発言であるどころか、むしろまったく妥当で正統な理解だといえます。
型と型とを照らし合わせながら、お題を行ったり来たりすることで、重層的に方法への理解を深めていく。これを、「積み上げ」に対して「塗り重ね」と呼んでいるわけです。
●コップの使い道を延々考えても……
以上を踏まえると、次のようなことがいえます。「コップお題の中に、その後に続くお題のエッセンスがちりばめられていた。逆に言うと、その後に続くお題に取り組まなければ、コップお題の本質もあきらかにはならなかっただろう」と。
たしかに001番コップお題の中に「要素・機能・属性」や「地と図」や「見立て」などの型は入り込んでいました。ですが、そのことから、「001番にさえ取り組めば、残りの37題は不要だった。なぜなら、001番の中に他のお題のエッセンスも入っていたのだから!」という結論を導く人はいないでしょう。コップの使い道を延々4カ月間考え続けたとしても、38題達成後にコップへ戻って得られるような気づきを得られないのはあきらかです。もしも001番をちゃんと ”復習” したいのなら、その後に学ぶ型を踏まえたうえでなければ、本当の意味での ”復習” にはならないわけです。
●破に進んで守を振り返る
ひとまず進んで振り返る。すると、そこまでの学びの意味が明らかになる。ここに編集稽古の醍醐味があります。
そして実はこのことは、「お題」という単位から「講座」という単位にまで視野を広げても当てはまることです。つまり、守の学びの意味も、守そのものを復習するだけではあきらかにならない。破に進んでから守を振り返ってみることで、初めて38題の意味もあきらかになる。守破という基礎講座全体も、塗り重ねを通じて立体的に学びが深まるように仕立てられています(*1)。
これまでの話を踏まえると、破へ進まずに守の38題をひたすら復習することは、守で002番以降へ進まずにひたすら001番のコップの使い道を考え続けるのに等しいといえます。002番以降に進むことでコップのポテンシャルをあきらかにしたように、ぜひとも進破することで、守のお題全体がもっているポテンシャルをあきらかにしてください。稽古中の一知半解は必然です。わからないまま進むことを恐れてはなりません。手元の38題に潜む未萌の可能性の数々は、破稽古の中でめくるめく見出されてゆくことでしょう(*2)。
*1 編集学校の設立当初、[守][破]はわかれておらず、1年間にわたるひとつづきの講座でした。1年におよぶ長距離マラソンだと息切れしてしまう人が出てくるため、本来は一対だったコースをやむなくふたつの中距離マラソンに分けたという事情があります。ですからごく単純に[守]だけだと、松岡正剛校長が ”基礎講座” として絶必だと考えたコースウェアの半分にしか到達していないことになります。
*2 前のめりな人向けにかなり先走っていえば、[破]以降でも「進んで振り返って初めて分かる」という学習プロセスは繰り返されます。花伝所を経て師範代になってから腑に落ちる方法的仕掛けもあれば、世界読書奥義伝[離]を受講してようやく明かされる[守]の秘密もあります。学びを通じて未知が既知と化し、既知だと思い込んでいたことが新たな未知へ転じる――編集的な学びの快楽は、終わりなきミチ・キチのスパイラルにこそあるのです。
(文・アイキャッチ・図解/バニー新井)
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バニー新井
編集的先達:橋本治。通称エディットバニー.ウサギ科.体長180cm程度. 大学生時に入門後、師範代を経てキュートな編集ウサギに成長。少し首を曲げる仕草に人気がある。その後、高校教員をする傍ら、[破]に携わりバニー師範と呼ばれる。いま現在は、イシスの川向う「シン・お笑い大惨寺」、講座師範連携ラウンジ「ISIScore」、Newアレゴリア「ほんのれんクラブ」などなどを行き来する日々。
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2025-08-26
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2025-08-21
橋本治がマンガを描いていたことをご存じだろうか。
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とにかく、どうにも形容しがたい面妖な作品。デザイン知を極めたい者ならば一度は読んでおきたい。(橋本治『マンガ哲学辞典』)
2025-08-19
エノキの葉をこしゃこしゃかじって育つふやふやの水まんじゅう。
見つけたとたんにぴきぴき胸がいたみ、さわってみるとぎゅらぎゅら時空がゆらぎ、持ち帰って育ててみたら、あとの人生がぐるりごろりうごめき始める。