元法政大学総長・田中優子は言った。「イシス編集学校は、一般の学校にはできないことをやっています。それは思考力そのものを鍛えるということ。それは教養のための学びではなく、創造のための学びです」 第78回感門之盟2日目の幕開けだった。なぜイシスでは、そんなことが可能になるのか。
学匠原田淳子は、突破式でそのカラクリを明かしてみせた。
「師範代が、『もっとこう考えたら?』と踏み込むからです」
イシスの指南は、アウトプットした作品に赤を入れるようなものではない。受講料と引き換えに、パッケージ化された知を授けるものでもない。ここではただひたすらに、学衆が作品を生み出す創造の過程を、師範代が面倒を見るのだ。
「アナーキーなんですよ、イシスって」
47[破]と同時期に開催されていたハイパーエディティングプラットフォーム[AIDA]では、文化人類学者の松村圭一郎氏、小川さやか氏をゲストに招いた。松村・小川両氏のとなえる「アナキズム」は、イシスの気風であると原田は語る。「お金を払ったから教えてもらえる、というのとは違うんです。それに学衆さんは気づいていきます」
市場の交換原理に乗らない、なにか特別な贈与が47[破]にはあった。
舞台後方では、師範代10名が勢揃い。学匠原田は挨拶ののち、先達文庫の紹介を始める。師範代たちは、それを一言たりとも聞き漏らすまいと耳を傾ける。突破式は、本の紹介を聞き、それが贈られる師範代が呼び込まれるというアケフセの効いた段取りで執り行なわれた。
◆佐藤健太郎師範代 (現象印象表象教室)
ザンビアで働いていたときに同僚から贈られたアフリカのシャツを纏った佐藤。「守破でさまざまなことに気づいた。けれど終わったあと、さらに複雑なことに気づいた」 師範代を経て、学衆時代に出たのは芽だとわかった。そこから根が生え、花が咲いたのは学衆との相互編集によるもの。
▽先達文庫:『十五の夏』上下 (佐藤優/幻冬舎文庫)
◆清水幸江師範代 (八客想亭教室)
清水は本の紹介を聞き、「こんなに素敵な本をもらえる人はいいなあ」と思っていたと語りだした。「破の師範代は、自分から見ると憧れの世界。遠くて遠くてどうやってたどり着いたらいいのかわからなかったけれど、その境地へ師範や学衆さんに連れて行ってもらった」と涙ぐみ、降壇後、松岡がおもわず抱き寄せた。
▽先達文庫:『ナボコフのロシア文学講義』上下 (ウラジミール・ナボコフ/河出文庫)
◆山口イズミ師範代 (泉カミーノ教室)
「自らの名を負った教室名のもと、”生きることそのものが編集に他ならない”というメッセージを全身で発した」と師範新井が声を詰まらせる。破師範代と多読SPを並行し、壮絶な喪失の経験とともに駆け抜けたイズミは、「一生懸命生きた」と目にハンカチをあてながら絞りだした。
▲地元名古屋の「有松絞り」で全身コーディネート。足元は「道」を意味するカミーノにちなんで、ウクライナカラーの地下足袋。
▽先達文庫:『繻子の靴』上下 (ポール・クローデル/岩波文庫)
◆小桝裕己師範代 (未知トポ教室)
アレクサンドリア図書館司書のカリマコスにあやかり、”カリコマス”としてお茶目に振る舞う一方、学衆の不足は師範代の不足。そう負を背負いながらの指南生活だった。「途切れそうになりながらも、なんとかつながって、感門を迎えることができました」 深手を負いながらも逃げ出さなかった小桝。そのかげには家族の支えがあった。
▲イヤイヤ期の子・未知を育てながらの師範代登板。スピーチの途中からイシス婚した妻・浦澤美穂への懺悔と感謝が止まらなくなった小桝を制し、校長が妻ミポリンを呼び出した。
▽先達文庫:
『漱石全集物語』 (矢口進也/岩波現代文庫)
『漱石の長襦袢』 (半藤未利子/文春文庫)
◆新井和奈師範代 (アイドルそのママ教室)
アイドルの母なのか、母のアイドルなのか。舞台袖から現れた師範代村井より花束を受け取った瞬間、新井の目に涙が光った。村井は新井が[破]学衆だったときの師範代だ。「私にとっての学衆さんは、推しのアイドル。不足をもつ英雄。家族」と、学衆アイドルズをアイドルそのままの100%の笑みと言葉で抱き締めた。
▽先達文庫:
『月の文学館』(和田博文:編/ちくま文庫)
『森の文学館』(和田博文:編/ちくま文庫)
◆長島順子師範代 (レディ・ガラ教室)
「強がりでやせ我慢。なりふり構わぬ風姿が時分の花」つま先立ちで踏ん張りつづけた長島を、渡辺は言葉を惜しまず讃えた。長島は「最後までまっとうできないかと思った。どうやって太刀打ちすればよかったんだろう」と切実を吐露。それでも「師範代ロールをしなければたどり着けない境地に立った」と遠くを見据える姿には、多くの聴衆が涙誘われた。
▽先達文庫:
『晴美と寂聴のすべて1』 (瀬戸内寂聴/集英社文庫)
『晴美と寂聴のすべて2』 (瀬戸内寂聴/集英社文庫)
◆堀田幸義師範代 (万事セッケン教室)
どこかの首長のような堂々たる出で立ち。これは堀田自身が白紙のカンバスとなり、着用アイテムを学衆が1点ずつ選んだ編集成果だ。師範代生活は「ハンティングに行ったつもりが、なぜか狩られる側だった」と笑いを交えて語った。「[守]で学んだ型は38個。38をべき乗してみれば、0が60個並ぶ。ほぼ無限大なんです」と[守]の型こそが武器になると説く。その説得力には校長松岡も頷いていた。
▽先達文庫:
『チューリングの大聖堂』上下 (岡本 太郎/角川文庫)
◆稲垣景子師範代 (オブザ・ベーション教室)
「破の稽古は、自分を膜にして、新しい世界を創造していくもの」「学衆さんは、問いによって膜を破っていきました」 ものを書くということは、世界と自分を出入りさせること。混ざり合う覚悟こそが大事だったと涙ぐんだ。次は15[離]へ。「火元に焼かれたい」と奮い立つ稲垣に、松岡は「焼いてあげるよ」とにんまり。
▽先達文庫:
『地球にちりばめられて』 (多和田葉子/講談文庫)
『穴あきエフの初恋祭り』 (多和田葉子/文春文庫)
◆華岡晃生師範代 (脈診カーソル教室)
北陸で医者として働くドクター師範代華岡。「全員突破、2度のAT賞で全員がエントリー」という快挙を成し遂げた学衆たちを誇らしげに讃え、「人体のなかの超部分である橈骨(とうこつ)神経を診る脈診という方法」とイシスの指南の方法を重ねた。青年医師は、いつしか「ハナオカン」と母のように慕われていた。
▽先達文庫:
『評伝 岡潔 星の章』 (高瀬正仁/ちくま学芸文庫)
『評伝 岡潔 花の章』 (高瀬正仁/ちくま学芸文庫)
◆細田陽子師範代 (時たま音だま教室)
「学衆さんの得意技はちゃぶ台返し」 知文エントリー前日に書き直し、物語も出来上がっているのに「納得いきません」とやり直す。「何度夜明けを見たことか」。師範代にとって嬉しく苦しい粘りの稽古に、舞台脇の同期師範代たちが「わかるわかる」と頷いた。互いをリスペクトした共読が、教室の通奏低音になっていた。
▽先達文庫:
『いまファンタジーにできること』 (アーシュラ・K・ル=グウィン/河出文庫)
『風の十二方位』 (アーシュラ・K・ル=グウィン/早川文庫)
涙の突破式の締めくくり、番匠野嶋真帆が挨拶に立った。
世界は平均的なものによって成り立っているが、
その価値は極端なものによってしか産み出されない。
イシス編集学校の母胎となったヴァレリーによる12夜『テスト氏』の一節を諳んじた。「型があるからこそ、冒険ができます」 冒険といっても奇をてらうわけではない。自分の書き方を、自分で裏切ることこそが冒険なのだ。
「みずからに知のクーデターを起こす」というヴァレリーの覚悟は、イシスの[破]でこそ可能になる。そしてこの47[破]には、小さな小さな知のクーデターがそこここに起きた期なのであった。
記事準備:松原朋子
写真:上杉公志
梅澤奈央
編集的先達:平松洋子。ライティングよし、コミュニケーションよし、そして勇み足気味の突破力よし。イシスでも一二を争う負けん気の強さとしつこさで、講座のプロセスをメディア化するという開校以来20年手つかずだった難行を果たす。校長松岡正剛に「イシス初のジャーナリスト」と評された。
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