【別紙花伝】よりみちのモデリング -蟻の迷い方-

2023/06/17(土)08:37
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 子どものころ、帰宅路の途中で寄り道をしたことでちょっとした宝物を発見したり、未知に踏み出したような体験をしたことがあるのではないでしょうか。何か決められたルートや確定的なルール(左右交互に曲がるなど)から外れ、時々違うところへいってみるということは、何か思いもがけないものを見つける発見の方法です。正解がどのようなものか事前にわからなかったり、あるいは正解が唯一のものでない場合、このような確率的な探索が有効であることが多いです。AIの次の技術革新と言われる量子コンピューティングは探索を確率的に行い膨大な組み合わせを瞬時に解こうとしますし、セレンディピティとしてビジネスの現場で馴染んでもいます。なにより人間以外の生物も利用しているのです。


【蟻の寄り道モデル】
 私は、小学校三年の時の国語の授業で大滝哲也先生の「ありの行列」という文章に出会い、思いがけず蟻の行列の仕組みを知りました。蟻という生き物はランダムに歩くという行為を餌探索に取り入れるようです。蟻はランダムに歩き、餌を見つければ帰り道にフェロモンをつけながら戻っていきます。他の蟻はそのフェロモンの道があれば、それを辿って餌の元に向かいます。道がなければ確率的に動き、道があればある程度確定的に動くという行為を群れ全体で繰り返します。蟻は言葉を持たず、目もほとんど見えないため視覚的には道を認識しないにもかかわらず、フェロモンの受け渡しという単純な行為で長い行列を作ります。ランダムな探索から始まりますが、餌がある方向へ群れ全体に正のフィードバックを働かせるということで探索のための知能が生まれることはとても面白いと思います。


【フェロモンの道というスコア】
 モデル化をもう少し進めていきます。蟻がコミュニケーションに使うフェロモンには揮発してすぐになくなってしまう欠点があります。大きな欠陥のように見えますが、実はこのおかげで、道の評価が可能になります。というのも、フェロモンの濃度という「スコア」が生まれて道の生成(秩序)と消滅が起こるからです。餌が遠くにあったり無駄な迂回をしていると餌から巣までの道が長くなります。そうすると、フェロモンが揮発し餌から巣までの間に道が途切れてしまいます。これでは、他の蟻に道を伝えることができません。フェロモンの道が残るかどうかは揮発する前に多数の蟻がその道を辿り直すことで生まれるフェロモンの量(行き来の回数)が必要になり、蟻の群というシステムはこの仕組みを利用して最近や最短の行路を選別しているのです。


【蟻の探索アルゴリズム】
 自然界で見られる方法を学術に応用していくという発想は基本的な科学的思考です。蟻は1億年前からこの方法で自然淘汰をくぐり抜けてきており、数学的な保証はないのですが、なにやらどうもうまくいっているよう。蟻の方法は蟻コロニー最適化という探索アルゴリズムとして数理的に処理するのが難しい問題に対して応用活用されることがあります。このような生物現象や物理現象を肖りながら求解計算をすることを「ヒューリスティクス(発見的解法)」といい、他にも金属をモデルにしたものや遺伝をモデルにしたものなどがあります。蟻コロニー最適化アルゴリズムとして活用するまではしませんが、蟻の探索方法をモデル化しそれにあやかることで、編集稽古や編集プロセスを突出させることができます。


【ヒューリスティックな常態】
 非線形の世界で未知の解を探索していくには、確定的であるよりも発見的であることが大切です。花伝演習5か条のひとつに、「一、ヒューリスティック(発見的)な常態であるよう工夫する」がありますが、発見的であるためのひとつのヒントが、先ほどの蟻の探索モデルに潜んでいます。

 

1)確率的に探し回ることで発見の手がかりを得ること。

2)その過程をスコアとして残しておくこと。

3)他個体と連携してシステムとして探索すること。

 

 この3つに編集工学を掛け合わせ、相互編集の方法としてモデル化してみます。

 

 確率的に探し回るとは例えばどういうことでしょう。それは、3A(アナロジー、アブダクション、アフォーダンス)を活性化させることです。あらかじめ見えているスジのみに沿おうとするのでなく、3Aで発想の寄り道をするのです。その情報がどんなものと似ているか。受け取った情報からどこまで類推ができるか。今抱えている問題同士に何か関係線がないか。編集工学では、「やってくる偶然」と「迎えにいく偶然」というように偶然への積極性を2つの態度で示しますが、3Aを駆動することは「迎えにいく偶然」へ分け入っていく行為そのものです。その場・その時・その人ならではの情報を際立たせ、自分自身を「ふいに気がつける」状態にさせることができます。

1′)3Aでふいに気づいていく

 

 そして、編集活動の中で出会った偶然的な情報を記譜しておきます。スポーツの実況中継や実験のログのように、気づきや発見、あるいは疑問や問いとして言葉やスコア、モデルにしておきます。これは、記録のためだけではなく、発見を相互化し「編集は対話から生まれる」を呼び起こすためです。

2′)「編集は対話から生まれる」ためのスコアリング

 

 気づきを含むテキストは他の学び手にとってのフェロモンです。偶然的な気づきは「生もの」で時間をあけると色合わせてしまいますが、記譜して場に放つことでその場にいる他の誰かが気づきをトレースし、対話が重なることがあります。このタイミングでインタースコアが起こり、相手の連想・類推、さらにはイメージの辞書が重なります。対話は察知のアルゴリズムを呼び寄せます。相手の理解「私もわかったぞ」を生むだけではなく、相手の察知「こういうことですよね」を呼び込み、脇道へ分岐していくことができます。偶然の気づきを場に放ち、他者の察知を取り入れて過程をスコア化するとは、個別の行為としては素朴です。しかし、対話で発見を相互記譜していくことは、その場全体をシステムとして発見の主体にすることでもあります。

 

 花伝演習5か条「一、演習時のあらゆる相互作用を最大限に生かす」はこうしたコネクティブ・ブレインを表出させるため。一座建立とはこのような超偶然的な相互編集のシステムのことなのです。

3′)その場全体をシステムとして発見の主体にする


【ヒューリスティックな変容を】
 自己というモデルを何かに変容させていくということは、正解があるものではありません。実際、我々も生物として確定的な進化をしてきたのではなく、環境に応じた確率的な進化を遂げてきました。遺伝の仕組みにあやかった「遺伝的アルゴリズム」は代表的なヒューリスティクスです。「こう進むのだ」という確定的な道のりを初めからイメージするのでなく、ランダムやノイズを楽しみながら、その時々の記譜を場に刻み、対話でインタースコアを起こしていく。師範代に成っていく道ゆきは、そういう脇から生まれていきます。寄り道含みの稽古道に楽しみたいものです。

 

  • 中村 麻人中村麻人

    編集的先達:クロード・シャノン。根っからの数理派で、大学時代に師範代登板。早くから将来を嘱望されていた麻人。先輩師範たちに反骨精神を抱いていた若僧時代を卒業し、いまやISIS花伝所の花目付に。データサイエンティストとしての仕事の傍ら、新たな稽古開発にも取り組み毎期お題を書き下ろしている。

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