インタビューをする際、無意識にこちらの「地」をずらしながら、相手との距離をつめている。読書も同じだが、今回はあえて大きく地を揺り動かしてみた。すると石見銀山に生きた女の一代記が、警世の書にも読めてくる。
│││血
ものがたりは血の「赤」と闇の「黒」にはじまる。
そして血の匂い、闇の音、手触り。
獣のように五感を研ぎ澄ませ読み進めよと、冒頭からカマエを問うてくる。
百姓の家にうまれたウメは、夜目が利く童だった。囲炉裏の火に照らされた女たちの影が揺れ動くのを見て、「闇は母親の肚のように得体の知れぬものを孕んで蠢く」、と思う。
一家は冬を越せないほどに貧しく、山の向こうへと夜逃げをはかるが失敗し、幼いウメひとりが落ちのびる。そこで喜兵衛という鬼才の山師に拾われ、銀景気に沸く仙ノ山で生きることになる。
本書の舞台は関ケ原合戦前後の石見銀山。尽きることのない銀が武将たちの権力争いを支える一方で、支配するものが尼子から毛利、そして徳川へと移りゆこうとも、銀堀(かねほり)たちの生活は変わらない。「間歩(まぶ)」とよばれる底無しの闇に吸い込まれ、這いつくばるようにして銀を掘り、闇より黒くなって銀とともに排出される。
そこは厳然たる男の世界であり、女の生きる道は女郎となり銀堀たちを慰めること、または銀堀の女房となって次の銀堀を産むこと、その二択しかない。
ウメはいずれの道も納得できない。喜兵衛の手子(雑用)となり、男もおそれる闇に入ることをえらぶ。
│││智
劣悪な環境で働く金堀たちは短命だ。著者の千早茜氏は、たまたま訪れた石見銀山で「石見の女は生涯三人の夫を持つ」と聞いたことから、本書の構想を練ったという。すさまじい時代考証と、においたつような生活の描写は、とても初の時代小説とは思えない。
そして執拗に描かれる自然と花々。
著者が幼少期をアフリカ・ザンビアで過ごしたと知り、妙になっとくした気になった。幼少の一時期を米国で過ごした自分自身との、ほんの僅かな「地」のつながり。自我がことごとく崩壊するような異国での生活に、あふれる自然があたえてくれた気慰みがどれほどのものだったか。同じ小西氏の二〇一七年の著作『ガーデン』にも、それは存分にあらわされていたと思う(因みにこちらにも赤と黒のイメージは横溢する)。
│││恥
喜兵衛のように間歩で稼ぐことを目指したウメだったが、血の道がひらき初潮を迎えると、穢れた存在とされ、周囲から間歩に入ることを禁じられてしまう。凝(こご)った血は間歩の闇が身の裡からどろりと流れでるようで、己の躰が己のものでなくなっていく感覚を覚える。
己のものでなくなってしまった躰に、穴を穿ったのは男たちだった。そしてウメの悦びも声にならない悲鳴も、奇妙に山の声と重なってくる。
銀山にもやがて、狂乱の大量生産の波がやってくる。著者とウメが慈しんだ自然は、山は、人間の底なしの欲によって、再生不可能なほどに穿たれていく。
│││地
ここである記憶が呼び覚まされる。埼玉県秩父市のシンボルである武甲山を初めて目にしたときの遠い記憶だ。日本武尊が東征の成功を祈願したという「神の山」が、石灰岩採掘という大義のもとに削られつづけ、誇り高かった山容は見る影もない「セメントのもと」になり果てた。
神が眠るとされた「聖域」も、絶滅危惧種の植物たちも、木っ端微塵に爆破され、石灰は戦後東京の高度経済成長を劇的に支えた。採掘は現在も続き、先のオリンピックにも武甲山石灰は使われた。
前に進みたがる人の欲にはかぎりがない。それを厭う自分すら、その欲のうえにこそ生活を立てている。
帰宅しても声を発することのできなかった衝撃は、本書の読書体験を「山を地にした」ものがたりへとずるりと変えていった。
徳川が岩見銀山を掌握すると、銀の筋を追いながらそろりそろりと進められていた掘削は、山を横から貫く横相という方式に取って代わられる。辺りの木々は伐り倒され、銀堀たちは昼夜別なく間歩に入るようになる。
「いったいどれほどの銀堀が岩を削ればこんな間歩ができるのか」──。
夜目が利くウメでもとらえられないほど大きく穿たれた、洞のような間歩の闇。
人の欲は水甕のようだ、と、ウメは思う。
銀を遣っては満たし、満たしては空にし、常に新しい銀を欲する。物々交換の村から来たウメの暮らしもまた、銀に支えられ、そこから逃れることはできない。銀を掘るほどに暮しは豊かになり、人は狂(たぶ)らっていく。
│││致
鉱物には心がないとは誰が決めたか。「銀」の運命もまた、奇妙にウメの苦悩と重なる。
山の胎闇(はらやみ)から生み出され、精製され美しく磨かれ、人々の慰みものとなる。はたまた次から次へと銭を生み出す使命を負わされる。
片や慰みものの女郎になるか、片や子産みのための肚とされるか。
ウメはそんな宿命に抗いつづけ、やがて老い、ついには自分自身がすべてを呑みこむ間歩の胎闇となった。
ものがたりは岩見銀山が衰退していく、その直前の際に余韻を残して幕を閉じる――。
│││おまけ
三人称のものがたりは徹底的にウメの目線で描かれ、ウメの夫となる三人のほかにも、女房タイプの代表として描かれるおとよ(しかし最後は思いがけない方法で遺志をつらぬく)、女郎の悲劇を象徴する夕鶴、時代を背負ったヨキなど、個性際立つ登場人物が絡んでくる。
しかも出雲阿国や、のちに実際の石見守となった大久保十兵衛長安、徳川家康から褒賞された記録のある山師・安原伝兵衛など、史実の人物たちも登場し深みを増す。
著者が「エンタメを意識した」と言うとおり、映像化が浮かんでくるキャラクター設定で、登場人物たちを俳優にあてはめてみるのも面白い読書体験だった。
因みに;
ウメ・・・主人公/売れる前の綾瀬はるか
喜兵衛・・ウメの庇護者で天才山師/ものすごく汚くした緒形拳
隼人・・・ウメのライバルで最初の夫/若くした萩原聖人
龍・・・・異国の血が混じりウメを慕う孤児/背を低くした宮沢氷魚
ヨキ・・・喜兵衛が囲うスパイ/若くした白竜
おとよ・・ウメの母代わり/井村屋あんまんのCMに出てた友里千賀子
いかがかでしょうか(笑)?
読後の皆で語り合うのも面白そうです。
読み解く際に使用した「編集の型」:
「地と図」「たくさんのわたし」
「型」の特徴:
同じ事象(図)も、それを見る視点(地)を動かすだけでがらりと意味が変わる。地と図はどのように動かすことも可能で、情報の多様なとらえ方を教えてくれる。それに伴い自分自身も多様な情報となって、「たくさんのわたし」を連れてくる。
『しろがねの葉』
著者: 千早茜
出版社: 新潮社
ISBN: 978-4103341949
発売日: 2022/9/29
単行本: 320ページ
サイズ: 19.1 x 13.2 x 2.5 cm
羽根田月香
編集的先達:水村美苗。花伝所を放伝後、師範代ではなくエディストライターを目指し、企画を持ちこんだ生粋のプロライター。野宿と麻雀を愛する無頼派でもある一方、人への好奇心が止まらない根掘りストでもある。愛称は「お月さん」。
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