【追悼】半熟の松岡正剛(鈴木健)

2024/09/07(土)18:00 img
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ぼくは半熟の議事録係だった。

 

君にぴったりな面白い会があるから参加してみないか? 大学生だったぼくは、いまから考えても不思議な会に誘われた。参加者は当時三十代の官僚やビジネスマンが中心で、彼らを束ねる塾頭という立場にいたのは当時、経済産業省の官僚だった鈴木寛(すずかん)で、ぼくを誘った張本人。その会の塾長として毎回、講話をされていたのが松岡正剛さんだった。塾の名前は半塾といった。30代だから半熟というのはぴったりだろうというしゃれだ。

 

唯一の20代で参加させてもらうかわりに、松岡さんが話したことのテープ起こしをするという議事録係の仕事を拝命した。たしか、友達の紹介で霞が関の近くの喫茶店ですずかんと会ったぼくは、民主主義の限界について悩んでいるとかそんな話をした記憶がある。初対面だったにもかかわらず、きっと憐れんだすずかんさんが、刺激になるかと思ってそんな機会を与えてくれたに違いない。

 

半塾ではいろんな話題があったが、松岡さんは日本文化の特徴について多くを語っていた。それは後に「うつろい」や「おもかげ」という言葉を中心に語られることになる。なにも存在しないところにすべてを生成するちからがある、空と全のリバースモード、それが日本という方法だというのだ。

 

だから、ぼくは文章から松岡さんの存在を知ったのではなく、入口はその語りからであった。それはもう、べらぼうに面白かったし、刺激的だった。松岡さんは、桑田佳祐を語るときもジェイムズ・ジョイスを語るときも、カオス理論を語るときも万葉集を語るときも、その語り口は一緒だった。それらがくっついて、いりまじって、奇妙な感動を覚える洞察を導くのだ。語りを直接聞いて膝を打ち、文字起こしをしながらまた深く考える、そんな時間だった。いまでも松岡さんの本を読むときは、松岡さんの声が聞こえる。きっと議事録係の職業病なんだろう。

 

松岡さんは、まさにうつろいの人だった。とどまることを知らず、変わり続けることを体現しようとした人だったと思う。その評価を没後ですら固定化させようとしたら、うつろうということがどういうことなのかわかってないと叱られてしまうだろう。人間はみな半熟なんだよと。松岡さんから直接なにを学んだかといえば、あなたは何者かと問われてもそれを同定させることを拒否するかのような生き様だったかもしれない。

 

そして、松岡さんは、うつろいを体現しただけではなく、そのように世界を観るための手法が再現可能であると思っていた。だから、編集工学なんていう不思議な言葉を生み出して、学校まで作ってそれを多くの人に伝えていったのだ。

 

そんなISIS編集学校という学校のco-missionによんでもらって、いよいよ一緒にいろんなコラボができるかなと思った矢先であった。もっといっぱい話しておけばよかったなと思いながら、カリフォルニアの青空を見上げる。消えゆく飛行機雲の中に、松岡さんがくゆらすタバコのおもかげが重なる。あなたの広範な仕事の全体をひとりでカバーすることは難しいけれど、すくなくともあなたの志の一部は引き継いでいくので、見守っていてください。

 

ISIS co-mission 鈴木健

  • 鈴木健

    2009年東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了、博士。東京大学特任研究員。著書に『なめらかな社会とその敵』(勁草書房)など。「世界中の良質な情報を必要な人に送り届ける」ことをミッションに、2012年にスマートニュース株式会社を共同創業。2014年9月SmartNews International Inc.を設立し、現在は米国に在住。2023年、編集工学研究所が主催する「ISIS FESTA. 情報の歴史21を読む」にゲスト講師として登壇。

コメント

1~3件/3件

堀江純一

2025-10-02

何の前触れもなく突如、虚空に出現する「月人」たち。その姿は涅槃来迎図を思わせるが、その振る舞いは破壊神そのもの。不定期に現れる、この”使徒襲来”に立ち向かうのは28体の宝石たち…。
『虫と歌』『25時のバカンス』などで目利きのマンガ読みたちをうならせた市川春子が王道バトルもの(?)を描いてみたら、とんでもないことになってしまった!
作者自らが手掛けたホログラム装丁があまりにも美しい。写真ではちょっとわかりにくいか。ぜひ現物を手に取ってほしい。
(市川春子『宝石の国』講談社)

川邊透

2025-09-30

♀を巡って壮絶バトルを繰り広げるオンブバッタの♂たち。♀のほうは淡々と、リングのマットに成りきっている。
日を追うごとに活気づく昆虫たちの秋季興行は、今この瞬間にも、あらゆる片隅で無数に決行されている。

若林牧子

2025-09-24

初恋はレモンの味と言われるが、パッションフルーツほど魅惑の芳香と酸味は他にはない(と思っている)。極上の恋の味かも。「情熱」的なフルーツだと思いきや、トケイソウの仲間なのに十字架を背負った果物なのだ。謎めきは果肉の構造にも味わいにも現れる。杏仁豆腐の素を果皮に流し込んで果肉をソース代わりに。激旨だ。