発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。

これは徹夜になるな。
その日私は、ツトメ帰りに会場である本楼上階の学林堂に向かった。到着し準備を始めたところに、松岡校長がふらりと現れ、離れたところに腰を下ろし静かに耳を傾ける。そして、私はうれし苦しい気持ちになる。
2023年9月29日、師範代研鑚の場である伝習座のリハーサルでのことである。51[破]第1回伝習座においてクロニクル編集術のレクチャー担当の私は、松岡校長の登場に高揚する反面、「やりなおーし」のひと声を恐れたのだ。
リハーサルでダメ出しをされると、数日後の本番に間に合わせるには徹夜が必要だった。松岡校長は『情報の歴史21』を作るほどの年表好きである。その年表を重視したお題がクロニクル編集術なのだ。今回はそのレクチャーだということが、私の緊張感をさらに高めた。
伝習座では、どのようなものでも年表になる、そして、歴史とは「関係の発見」の連続である、ということを師範代に感じ取ってもらい、学衆からの回答を心待ちにしてほしかった。であれば、レクチャー担当もワクワクとその場に向かってほしい、その願いから、原田[破]学匠から、「(白川の数寄の核にある)ポール・オースターと『情報の歴史21』をつかって、アメリカの現代史を語ってもらいたい」とのリクエストが出されたのだった。
オースターは、千夜千冊もされている『ムーン・パレス』(243夜)、『リヴァイアサン』などで、アメリカの正と負をモチーフにして物語を編み続けてきた、松岡校長もお気に入りのアメリカ作家である。原田学匠からのお題に対し私は、学衆が自分史と課題本の歴象を重ねてクロニクル編集術に取り組むように、オースター史とアメリカ史を重ねた。
リハで出したのは、その時点での自分の編集の尽くしだった。アメリカ文学を専攻し、英語を生業としている私だが、卒論や仕事以上にこのお題にのめり込み、方法を駆使した。とはいえ、自分のアメリカ文学好きが前景化してしまい、クロニクル編集術の仕組みや狙いを伝えるには不足がある自覚もあった。リハを終えた私はうつむいて、松岡校長のことばを待った。
白川のよいところが出ているよ
顔を上げると校長の笑みがあった。意外だった。これまでも褒めてもらったことはある。だが、そういう時は方法の使い方が是認されたのであって、内容ではなかった。
思えば、これまでずっと数寄にふたをしていた気がする。お前の数寄はその程度か。そんなことを松岡校長が言うはずもないのだが、無類の数寄者の前ではアケるのがためらわれた。松岡校長は「数寄に遊べ」と言ってはいたが、それには条件がついた。「やるならとことん」と。褒められうれしくはあったが、校長ならもっとコンパイルするはず、エディットするはずなのだ。
5時のサイレンが鳴っても帰りたくなかったあの頃のように、いくつもの「校長なら?」を問うているうちに朝が来た。振り返れば、『知の編集術』の序文がすべてを告げていた。いつだって松岡校長はそこにいる。
編集は遊びから生まれる
編集は対話から生まれる
編集は不足から生まれる
イシス編集学校 師範 白川雅敏
白川雅敏
編集的先達:柴田元幸。イシス砂漠を~はぁるばぁると白川らくだがゆきました~ 家族から「あなたはらくだよ」と言われ、自身を「らくだ」に戯画化し、渾名が定着。編集ロードをキャメル、ダンドリ番長。
とびきりの読書社会到来の夢を見る。 54[破]開講を2週間後に控えた「突破講」でのことです。[破]に登板する師範代研鑚であるこの会は毎期更新をかけていくのですが、54[破]は、「編集工学的読書術」を実践した […]
53[破]第2回アリスとテレス賞大賞作品発表!アリストテレス大賞 小笠原優美さん
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映画『PERFECT DAYS』が異例のロングランを続けている。アノ人も出ている、というので映画館に足を運んだ。 銀幕を観ながらふと、52[破]伝習座の一幕を思い出した。物語編集術の指南準備として、師範代た […]
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恋せよ学衆。 51[破]はコイの季節である。対象はもちろん編集だ。編集は奥が深い。そこで、51[破]は編集を研究する「コイラボ」を立ち上げた。 まず、「いじりみよ研究所」が一部局として開設され […]
コメント
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2025-07-01
発声の先達、赤ん坊や虫や鳥に憑依してボイトレしたくなりました。
写真は、お尻フリフリしながら演奏する全身楽器のミンミンゼミ。思いがけず季節に先を越されたセミの幼虫たちも、そろそろ地表に出てくる頃ですね。
2025-06-30
エディストの検索窓に「イモムシ」と打ってみたら、サムネイルにイモムシが登場しているこちらの記事に行き当たりました。
家庭菜園の野菜に引き寄せられてやって来る「マレビト」害虫たちとの攻防を、確かな観察眼で描いておられます。
せっかくなので登場しているイモムシたちの素性をご紹介しますと、アイキャッチ画像のサトイモにとまる「夜行列車」はセスジスズメ(スズメガ科)中齢幼虫、「少し枯れたナガイモの葉にそっくり」なのは、きっと、キイロスズメ(同科)の褐色型終齢幼虫です。
添付写真は、文中で目の敵にされているヨトウムシ(種名ヨトウガ(ヤガ科)の幼虫の俗称)ですが、エンドウ、ネギどころか、有毒のクンシラン(キョウチクトウ科)の分厚い葉をもりもり食べていて驚きました。なんと逞しいことでしょう。そして・・・ 何と可愛らしいことでしょう!
イモムシでもゴキブリでもヌスビトハギでもパンにはえた青カビでも何でもいいのですが、ヴィランなものたちのどれかに、一度、スマホレンズを向けてみてください。「この癪に触る生き物をなるべく魅力的に撮ってやろう」と企みながら。すると、不思議なことに、たちまち心の軸が傾き始めて、スキもキライも混沌としてしまいますよ。
エディスト・アーカイブは、未知のお宝が無限に眠る別銀河。ワードさばきひとつでお宝候補をプレゼンしてくれる検索窓は、エディスト界の「どこでもドア」的存在ですね。
2025-06-28
ものづくりにからめて、最近刊行されたマンガ作品を一つご紹介。
山本棗『透鏡の先、きみが笑った』(秋田書店)
この作品の中で語られるのは眼鏡職人と音楽家。ともに制作(ボイエーシス)にかかわる人々だ。制作には技術(テクネ―)が伴う。それは自分との対話であると同時に、外部との対話でもある。
お客様はわがままだ。どんな矢が飛んでくるかわからない。ほんの小さな一言が大きな打撃になることもある。
深く傷ついた人の心を結果的に救ったのは、同じく技術に裏打ちされた信念を持つ者のみが発せられる言葉だった。たとえ分野は違えども、テクネ―に信を置く者だけが通じ合える世界があるのだ。