宮谷一彦といえば、超絶技巧の旗手として名を馳せた人だが、物語作家としては今ひとつ見くびられていたのではないか。
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福澤美穂子が[守]に帰ってきた。30期代で番匠として冨澤陽一郎学匠を支え、その後、物語講座や多読ジムで活躍している。久しぶりの[守]は福澤の目にどのように映ったのか。注意のカーソルが寄ったのは足元だった。
感門之盟かと錯覚するほどに、伝習座当日の午前中のリハは熱かった。本気に満ちていた。ここ数年はイシス編集学校の秘境である物語講座と多読ジムに携わっており、[守]の伝習座の裏側に来るのは7年ぶり。
異次元だった。前々日のリハでは、師範同士が互いに遠慮なく指摘し合う。さらにそれを受けて変更をかけ、当日リハがぐっと引き上がる。ここまで真剣に、入念に準備するのか。[守]の熱量は凄い。
リハ開始前なのに身ぶり手ぶり大きく自主的に通しリハする角山師範。黒板の字は意外にきれいだ。遮られるまで語りを止めず、本番のように話し続ける相部師範と石黒師範。脇目もふらず、周囲を遮断し、打合せに集中する阿曽番匠と阿久津師範。
生ぬるさはみじんもない。その気迫のままに、勢いよく伝習座が始まった。「みなさんなら、そこまで行ける」と康代学匠の声が響く。
目を引いたのは、石黒師範の靴である。
ヘビ柄だ。色っぽい。
春風のようなやわらかな装いに一点、獲物を狙うヘビの気配。
3月半ば、用法1「わける・あつめる」語りを指名された石黒師範は「実はもう、構想がありまぁす!」と勢いよく手をあげた。国立科学博物館の特別展『大哺乳類展3 わけてつなげて大行進』を絡めたい、と前のめり。「時代がイシスに追いついてきましたね!?」と意気込みを語る。ヘビは哺乳類ではないが、石黒師範は何か関連するものを身に着けたかったのだろう。カテゴリーを「動物」に広げた自在な編集力で颯爽と本楼に現れた。登壇する石黒師範を守るように足元のヘビは静かに輝いていた。
今回の伝習座の参加者は、事前に第77回感門之盟校長校話「断点から断然へ」を視聴している。その中で校長は靴についてのヴィヴィアン・ウエストウッドの言葉を紹介した。靴から決めなさい、それから上に上がっていきなさい、靴を変えないでどうして女が変わりますか。靴という超部分に編集意図を込めること。石黒師範が体現したのは、このことだ。
ふと、冨澤陽一郎前学匠を思い出した。伝習座や汁講などここ一番のときに、気合いを入れてウルトラマンデザインのスニーカーを履いていた。「かっこいい靴ですね」と指摘したときの、はにかんだ、少し自慢げな笑顔がよみがえる。
時を越えて、足元編集のミームは受け継がれている。
文 福澤美穂子(53[守]師範)
アイキャッチ 石黒好美(53[守]師範)
写真 後藤由加里
★第53期[守]基本コース
稽古期間:2024年5月13日(月)~2024年8月25日(日)
申込はこちら
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