社会の変化のスピードが加速している。コロナ禍によってリモートワークが浸透するなど、変わりそうもなかったことまでが大きく変化した。普通も常識も変わり続け、「正解」だったはずの手法や理屈があっという間に劣化する。既存のアウトプットをそのまま採用していたのでは前例主義と言われかねない。その「正解」を生み出したのが自他かどうかに関わらず、である。
「正解型の思考を脱するには編集力が必要だ」
イシス編集学校の柳瀬浩之師範代は未入門者向けのワークショップ”エディットツアー”の冒頭でそう断言した。
編集術においては、思考のインプットとアウトプットの間を4つの段階に分けて考える。柳瀬は最初のステップとして、情報収集のための編集の型を披露した。
<注意のカーソル>
「注意を向ける」ことが「編集」を起動させる。モニターを駆け回るカーソルのように、頭の中で動き回り情報を収集する「意図の視線」を「注意のカーソル」と呼ぶ。
アウトプットの質を高めるには、意識的に情報を集めることが肝要なのだ。柳瀬は「注意のカーソル」をつかった問いを投げた。
注意のカーソルを動かして、学校に「あるもの」を集めてみよう!
談笑、競走、説教、呼び出し、話し声、忘れ物、同窓会、テスト
回答には「もの」だけではなく「こと」が含まれていた。参加者Fは、「注意のカーソルが記憶のなかを駆け回り、”そこに自分がいない”という情報にも着目していることに気づいた」と振り返った。この視線の動きに、柳瀬は思わずうなった。
注意のカーソルが拾い集めたモノやコトが書き込まれた参加者Fのノート。
では「学校にないもの」は?
大型バイク ジェット機 トリケラトプス 外科医 肉屋
参加者Fの注意のカーソルが見つけたのはただの「ないもの」ではない。風を起こすバイク。遠くへ連れて行ってくれるジェット機。子供のころ夢中になったトリケラトプス。外科医がいるわけではない保健室。揚げたてコロッケが自慢の肉屋。
情報はデータばかりを指すのではない。わたしたちの注意のカーソルは、記憶を呼び覚ますメロディや香り、懐かしい手触りなど、一人ひとり感じ方や意味が異なる情報、つまりカプタも同時に集めているのだ。
参加者Fはこう振り返った。
「あるもの」も「ないもの」も、はじめはモノばかりを書き出していたが、友達、居残りなど、出来事にも視線が動いていった。
注意のカーソルの軌跡をたどれば、どの時点で連想が加速し飛躍したのかが見えてくる。アウトプットされた情報からそのプロセスをたどり、自分の思考のクセや不足を発見できれば、そこから新たな発想を広げることもできる。
ここで柳瀬はさらなるお題を投じた。まるで関係がなさそうなものを並べて共通点を見出し、タイトルをつけるワークだ。
二冊の本と1つのオブジェ。この3つの情報に「三位一体」といえるような共通点を発見してネーミングしてみよう!
選ばれた二冊の本は『大航海 日本思想史の革新』『神々の闘争 折口信夫論』。これに並べられたのは、大阪庶民の味方、ビリケンさんだ。
参加者Fの注意のカーソルが縦横無尽に動き回り、データとカプタを集めていく。
「どれも神様に関係しますね」「信仰心が共通点かも」「庶民、山人、鳥人といった切り口はどうか」「超える、飛ぶ、座るなど動作に注目するのはどうだろう」「自然という切り口で共通点をみつけられないだろうか」
参加者Fは、この3つの情報に、自然とともにある日本人の精神性という共通点をみつけた。「日本人らしさ」「日本の信仰心」がこの3点に凝縮されているとみたのだ。つけたタイトルは日本のジオラマ。かくして参加者Fは、編集の型をつかって目の前の情報に新たな関係をみいだし、思ってもみなかった新鮮な見方を付与することができた。
「自分の思考は抽象的で人に伝わりにくいんです」という参加者Fは、実は注意のカーソルの動きが速いのだ。イシス編集学校では編集稽古を通して編集の型を身につける。回答のひとつひとつに届けられる指南によって、自身の思考の動きに自覚的になれば、誰かに伝えるためのアウトプットの質も高まるだろう。
最後に、ここまで読んでくれたみなさんへお題をひとつ。あなたがいまいるその場所に「ないもの」を集めてみてほしい。バイク?飛行機?そこに「ないもの」が、あなたの発想を広げてくれるはずだ。
なお、ワークショップを開催したイシス編集学校の本拠地「本楼」スペースには、バイクの模型が存在する。実物をご覧になりたい方、いますぐエディットツアーにお申し込みを。
■ISIS エディットツアー
オンライン開催日もあります。スケジュールと申し込みはこちら。
https://es.isis.ne.jp/admission/experience
阿部幸織
編集的先達:細馬宏通。会社ではちゃんとしすぎと評される労働組合のリーダー。ネットワークを活かし組織のためのエディットツアー も師範として初開催。一方、小学校のころから漫画執筆に没頭し、今でもコマのカケアミを眺めたり、感門のメッセージでは鈴を鳴らしてみたり、不思議な一面もある。
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